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下種共が流刑地にて狂い咲き  作者: 氷純
第二章 ラデン花の種

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第七話 飛び入り参加のお客様ですね?

 エイルとリピレイは街の料理屋にいた。


「確実に生活レベルや給金が減る事になりますが、引き換えに本国で私たちが学んだ知識をお教えできます。そこから独立するもよし、私たちの村で功労者となることも出来ます」


 エイルがパッガス村の簡易的な説明と提供できる知識をざっと教えると、引き抜きに応じた人々は渋い顔をする。


「物的なメリットは提供できないってわけか」

「現状では難しいですね」


 エイルはうっすらとほほ笑みながら肯定する。渋い顔をしている彼らがその実、この引き抜き話を受けると確信していた。

 エイルとリピレイが引き抜きを掛ける人材に求めた条件は、建築、農業、薬学、工芸といった技術を持ちながら所属団体や村に飼い殺しにされて活躍の場を奪われていること。

 建築技術は村が安定期に入ると活躍の場が減ってしまい、段々と立場が弱くなってしまう。農業知識はどこでもありがたがられる反面、すでに村には主導的な立場の人物がいるのが常で、活躍の場は最初から用意されない場合がほとんどだ。

 特に薬学や工芸といった知識は不用意に頭角を現すと既存の利権団体を刺激し、小さい村では碌な目に遭わない。

 ここがエルナダ大陸である以上、知識や技術を活用するためにはそれを守る武力が必要となる。

 その点、パッガス村にはエイルがおり、所在地も森の中で他所とは離れていて安全性が高い。リニューカント執政軍と共闘関係を築いているのもポイントが高い。

 とはいえ、これらの条件がなくても目の前の人々は引き抜きを受けるだろう。


「子供達だけじゃ確かに回らないだろう。そもそも、子供は遊ぶのが仕事だ。教育を施すにしても仕事漬けってのは不憫だ」


 一人が言うと、同意するように他の面々が頷く。

 パッガスがつけた条件は子供たちを蔑ろにしない人格者であること。

 エイル達はパッガスの求めに応じて、子供好きであることを周囲の評判などから確定した上で声を掛け、パッガス村の現状を訴えかけたのだ。

 元々今の所属団体に不満を持っていたところでやりがいを保証されれば心が動く。


「では、パッガス村に移住してくださるという事でよろしいでしょうか?」

「あぁ。だが、すぐには無理だ。幸か不幸か引き継ぐ仕事の類もろくにないが、それでも義理は通さないとならない」

「承知しています。村を出る際に何か条件を付けられたら、ご相談ください」


 引き抜きに良い顔をする経営者はいない。エルナダ大陸であれば、暴力に訴える者も出てくるだろう。

 話がまとまり、エイル達は店の前で別れる。各々の村へと帰っていく人々を見送って、エイルはリピレイを見た。


「これで魔物素材の加工や日用品、農具を自給できますね」

「エルナダ大陸の気候風土にあった作物や栽培方法も分かります。工芸作物だけでなく食品の栽培にも踏み切れます」


 食品の栽培を行うと、食品輸入を経済基盤にしているリニューカント執政軍に睨まれかねない。

 だが、対三角教で共闘している今、リニューカント執政軍はパッガス村に干渉しにくい状況である。多少刺激してもなし崩し的に栽培を続けられる可能性が高い。

 だが、今回の引き抜きでサウズバロウ開拓団との対立が明確化する。農業の神ラフトックを狙う三角教も敵。今は共闘しているリニューカント執政軍も三角教と決着が付けば敵に回るだろう。

 どこもかしこも敵だらけ。だからこそ、リピレイはご満悦の様子。

 エイルは今回の引き抜きの成功でパッガスに早く褒めてもらおうと村へ戻るべく大通りに足を向けた。


「エイルお姉さま、何か騒々しくありませんか?」

「そうですね。リニューカント執政軍の憲兵も動いているようですし、誰か要人でも暗殺されたのでしょう。私たちには関係のないことです」

「そうですね」


 憲兵や三角教所属らしい人々が何かを探すように走り回る様子を横目に見つつ、エイル達が街の外へと通じる大通りを歩いていると、行く手に検問が張られていた。

 リニューカント執政軍の憲兵が武装して検問を越えようとする商人たちを止めている。

 腐敗組織と名高いリニューカント執政軍が真面目に仕事をしている姿は珍しく、通行人も何事かと噂し合っていた。


「なにか、よほどの大事件が起きたようですね」

「それにしては、街の人たちが悠長に構えているのも気になります。エイルお姉さま、どうしましょうか?」


 リピレイに問われて、エイルは思案する。

 仕事は終わっているため、これ以上街に滞在する理由はない。村にはマルハスがいるため対外折衝は可能だが、武力面ではまだまだ脆弱で村が襲われたら一たまりもない。

 今は一刻も早く村に戻るべきだと思うが、目の前の検問がパッガス村の最高戦力であるエイルの足止めを目的としていた場合、強行突破してでも村へ急がなくてはならない。


「リピレイさん、物陰に隠れていてください。検問の理由を探ってきます。場合によってはリニューカント執政軍と衝突しますから、その時は単独で村へ帰ってください」

「エイルお姉さまのそういうところ、憧れます!」


 リニューカント執政軍と敵対する可能性にわくわくしているリピレイを置いて、エイルは検問へと近づく。

 憲兵たちがエイルに気が付き、武器を構えて威嚇した。


「止まれ!」

「何でしょうか」

「検問だ。三角教の教会から何かが盗まれたとの事で、犯人を逃がさないようこうして確認を取っている」


 憲兵は検問の理由を説明しながらもエイルの身体を好色そうな目で見つめていた。


「身体検査をしなくてはならないからな。詰所まで来てもらおうか」


 ニヤニヤと下品な笑みを浮かべる憲兵は有無を言わせぬ口調でそう言って、エイルの腕を掴もうとした。

 すっと腕を引く事で憲兵の手を躱したエイルは口を開く。


「それはリニューカント執政軍の上層部の意向と考えてよろしいでしょうか? もしそうならば、こちらは今回の取引についても考え直さなくてはいけません」

「え?」


 突然何を言い出すのかと憲兵は戸惑ったようにエイルの顔を見て、そこに浮かぶ表情にたじろいだ。

 リニューカント執政軍はエルナダ大陸最大規模の組織であり、そこに所属している限り横暴も許される。それが憲兵にとっての常識だったが、目の前の女は憲兵に弱者を見る目を向けていた。


「我が主はあくまでも対等な立場での取引を望んだはず。それを破棄するというのであれば、致し方ありません」


 エイルの言葉の内容を聞けば、憲兵ごときが相手に出来る存在ではないと分かる。

 まして、自分のせいで何らかの取引が立ち消えになるのだとしたら、上司からどんな目に遭わされるか分からない。

 憲兵は自分が死地に立っている事に遅ればせながら気が付いて顔から血の気が引いた。


「ちょっと待ってください。上に確認を――」

「――現場レベルの判断で私の足を止めたと?」

「申し訳ありませんでした!」


 お忍びで取引をしてきた相手方の上役の足を止めたと勘違いした憲兵は必死に頭を下げる。

 エイルが共闘関係にあるとはいえ孤児を寄せ集めた村の一住人に過ぎないとは思いもよらない。


「三角教から何らかの種が盗まれたとの情報があり、我々は検問を敷いておりまして――職務に従ったとはいえ柔軟性が足りなかった事を謝罪いたします。本当に申し訳ございませんでした」


 焦った憲兵が訊いてもいない事までは喋り出すのを黙って聞いていたエイルは穏やかに微笑んで見せた。


「なるほど。そういう事でしたら話は別です。どうやら不幸な行き違いがあった様子ですし、お互いに忘れましょうか?」

「は、はい」


 どうやら助かったらしいと憲兵は青ざめた顔のままほっと息をつく。

 そんな憲兵にエイルは背を向け、来た道を戻り始めた。


「あ、あの、街を出るのでは?」


 エイルの背中へ戸惑ったように声を掛けながら道を開けた憲兵に、エイルは肩越しに振り返った。


「この騒ぎに興味が出ました」


 不思議そうな顔をする憲兵を無視して、エイルはリピレイが隠れている路地に入る。


「リピレイさんが聞いたという、三角教が生贄を使ってまでラフトックに増やしてもらった種子が盗まれたようです」

「……それ、私たちが手にいれたらどうなりますか?」


 エイルに訊ね返しながら、リピレイは興奮したように上気した頬を押さえて笑う。

 確実に、三角教は奪還を狙い、リニューカント執政軍は種子を譲れと脅しをかけてくるだろう。

 荒事を呼び込む種ではあるが、同時に強力な交渉カードとなり得る。

 正に破滅と隣り合わせの危険。そんな種子を交渉カードに何を引き出し、村の発展計画を前に進めるか。

 想像すればするほど興奮するリピレイに、エイルは笑いかける。


「種子を手に入れれば三角教とサウズバロウ開拓団、リニューカント執政軍の三者を相手取る立場にパッガス様が踊り出ます。無視できない新興勢力としてパッガス様は注目される事でしょう」


 そんな注目の的となったパッガスに認められたらどんなに嬉しいだろうかと、エイルはいまから楽しみで仕方がない。


「種子を手に入れますよ」

「はい、エイルお姉さま」


 エイルとリピレイは種子強奪戦に参加するべく路地の奥へと消えていった。


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