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下種共が流刑地にて狂い咲き  作者: 氷純
第一章 農業の邪神

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第九話 邪神さんの忘れ形見

「……ここは?」

「目が覚めましたか?」


 ベッドの上で上半身を起こしたマルハスに、エイルは声を掛けた。

 不思議そうに部屋を見回すマルハスは状況を理解していないらしい。

 エイルは隣に座っている金髪の少女、レフゥにマルハスの視線を誘導しつつ、状況を説明する。


「ここは邪神ラフトックの肉体が封印されている遺跡です。マルハスさんはラフトックの精神体に憑依されてこの遺跡に辿り着きましたが、ここにいるレフゥさんの封印魔法でラフトックの精神体が封印されたことで自由になり、そのまま丸一日眠っていました」

「あぁ、そうか。そういうことか。おぼろげながら記憶がある。えっと、リピレイ、さんだったか。彼女は今どこに? それと、兵士が何人かいたはずだが」

「兵士はパッガス様が殺すなというので森に放しました」

「放したって、そんな虫じゃあるまいに」


 エイルの物言いにマルハスが顔をしかめた直後、部屋の扉が開かれる。


「エイルお姉さま! 精神体を封印した依り代の隠ぺい完了しました」


 部屋に入ってきたのは尊敬に目を輝かせるリピレイだった。


「邪神の肉体と精神を同じ場所に置いてなおかつその上に村を作って住むだなんて、最高に危険な発想。これが物語なら邪神が完全体として復活する流れですよ。楽しみですね」


 碌でもない未来を想像してうきうきしているリピレイに白い目を向けるマルハス。

 エイルは先ほどのマルハスの質問に答えるべく口を開いた。


「見ての通り、リピレイさんはこの村で働く事になりました。文官として優秀なのもありますが、この村には魔法を教えることができる人員が私しかいませんでしたので、現状では非常に頼りになります」


 リピレイは元々本国の学園で成績がトップクラスだった才女だ。戦闘以外のほとんどをこなせる能力の持ち主であると同時に、計画性も高い水準で持ち合わせている。何も言わずとも最低限の人、モノ、金で目的を達成しようとしてくれるため、未だ余裕のないこの村では得難い資質の持ち主でもあった。

 マルハスは頭痛を覚えた様に頭を押さえた後、かろうじて口を開く。


「村長さんを呼んでくれるだろうか」

「――ちょうど来たとこだよ、おっさん」


 リピレイの後ろからくすんだ赤髪の青年が顔を出す。村長パッガスだ。


「目が覚めたんだな。気分はどうだ?」

「体調には特に変わったところはないよ。ベッドを貸してくれてありがとう」


 マルハスは礼を言ってから、パッガスを観察するように眺める。

 パッガスが不愉快そうな顔をしたのに気付いて、マルハスは頭を下げた。


「ずいぶんと若い村長さんだと思ってね。そもそも、ここは単なる遺跡で人は住んでいなかったはずだが」

「今は俺たちが住んでる」

「そのようだね」


 外からキャーキャーと子供たちの騒ぐ賑やかな声が聞こえてくるのにマルハスは眩しそうに目を細める。


「私もこの村に住んでいいだろうか。遺跡に住むと一口に言っても、保全なども考えねばならない。そういった専門知識を持っている者がいた方がよいと思うのだが」

「生きていくので精いっぱいの俺たちに遺跡の保全だの保護だのなんて三角教の説法と同じくらい役立たずだ。興味ないね」

「そうか。では、私が提供できる知識や技能はないか」


 残念そうなマルハスに、パッガスは冷たい視線を注いでいる。孤児をまとめていた彼にとって、大人のほとんどは自分たちを食い物にする敵でしかないからだろう。

 だが、意外にもレフゥがマルハスを擁護した。


「勉強を教える人が必要」

「……それはエイルやリピレイに任せればいい」


 パッガスが苦い顔をしながら言い返す。パッガスとて、エイル達の負担は気にしているのだ。

 知識を持たない孤児の集まりであるこの村で、まともな教育を受けた者はリピレイだけ。エイルは独学で学んできている。両者とも、村外部の商人との折衝などパッガスが補完できない仕事を任せているため仕事量が多い。

 子どもたちの教師としての仕事を軽減できるマルハスは村にとって有益ではあった。

 だが、パッガス以外にも大人に対する警戒心が強い者が多いこの村でマルハスがどこまで教師としての仕事を全うできるか、疑問符も浮かぶ。

 苦い顔のパッガスにエイルが声を掛ける。


「パッガス様、これから村を発展させるにあたり、子供たちの自立は必要ですし、村外部の大人との接触も増えると思われます。初めての交渉相手が荒くれ者となるより、学者肌でお年を召しているマルハスさんで経験を積ませるのは子供たちのためにもなるかと」

「エイルの言う事にも一理あるか……。分かった。受け入れる。だが、皆との摩擦が増えないか心配だから、住む家は少し離すぞ」

「パッガス様はこうおっしゃっていますが、マルハスさんはどうしますか?」

「それでかまわない。今回の一件で懲りてしまってね。考古学者としてのフィールドワークは終わりにしようと思うんだ」


 パッガスが思い出したようにレフゥを見る。


「レフゥはこれからどうするんだ? ラフトックの封印は済んだけど」


 問われて、レフゥはエイルの服の袖を握った。


「ここにいる。封印の監視が一族の使命」

「なら新しい家を用意しないとな」


 すんなりと受け入れを決めるパッガスに、マルハスは苦笑した。


「儂とずいぶん扱いが違うなぁ」





 ミチューはパッガス村を出て街へと戻ってきていた。

 ラフトックの封印成功から早一日。まだ事実が広まるには早いが、ティターがばらまいた噂の影響で金髪の少女は異端者ではなく、邪神封印を行う使命を帯びている事は広く知られているはずだ。

 すなわち、異端者のレッテルを貼られたミチューの扱いも変わっているはず。

 街中を歩いても誰一人ミチューには注目しない。少なくとも異端者のレッテルははがれたようだ。

 適当に見つけた料理屋に入る。


「おや、ミチューさんではありませんか」


 テーブル席にいた男性が声を掛けてくる。


「ティター先生。相席いいですか?」

「えぇ、かまいませんよ」


 向かいの椅子を勧めるティターに礼を言って、ミチューは席に着く。

 ウェイトレスの反応を見ながら注文を済ませたミチューの表情は曇っていた。


「あの、誰にも気にされないんですけど」

「でしょうね」


 ティターは当然のように答えた。

 ミチューの予想では、異端者のレッテルを貼られながらも邪神の再封印を手伝った功労者として迎え入れられるはずだった。

 だが、実際は誰もミチューの事を気にしない。

 こうなったら、自分を異端者として三角教と一緒になって捕えようとしたダックワイズ冒険隊の輸送部隊に顔を出してみようかと考えていると、ティターが果実水を飲みながら話しかけてきた。


「三角教に先手を打たれましてね」

「え、どういうことですか?」

「今朝、三角教が声明を出しました。金髪の異端者を内々に処刑した、と。つまり、今街中を歩いている金髪の美少女は総じて、異端者とは全くの無関係ということになりますね。誰もミチューさんに注意を払わないのは当然です」


 ティターに説明されて、ミチューは目論見が外れたことに気が付いた。

 レッテルは確かにはがれたが、同時に事件の当事者ですらなくなってしまったのだ。これでは見返すことなどできようはずもない。


「でも、あれからたった一日ですよ? 先手を打つとしても早すぎませんか?」

「私もそれが気にかかっていましてね」


 ティターは片メガネをはずして太陽光に翳した後、拭き始める。


「ラフトックが再封印されたことを知ってから動いたのなら早すぎます。となると、すでに目的を達していた可能性が高い。目的を達成していたからこそ、異端者の生死に意味が無くなり事態の収束を図ったと考えれば納得もいきます」

「その、三角教の目的ってなんですか?」

「そこが分からない。マルハス氏は何か言っていましたか?」

「今朝、目を覚ましましたけど、憑依されている間の事はおぼろげにしか覚えていないそうです」

「そうですか。この件は私の方でも引き続き調べるとしましょう」


 三角教の動きを俯瞰してみれば確実に裏がある。それを暴き立てれば、三角教に対する世間の目は確実に変質するだろう。

 ティターは目標を再認識しながらもどう探ったものかと思考を巡らせる。

 その時、ミチューが「あっ」と何かを思い出したように小さく呟いた。


「どうしましたか?」

「いえ、リピレイさんが、ラフトックが憑依したマルハスさんと一緒にいた時、逗留先の宿に三角教が訪ねてきたと言っていました」

「ほぉ、そう言えば、ラフトックは三角教の兵士を連れて村を訪れたそうですね」

「はい。二十人いたそうです。ただ、目撃者はエイルさんとリピレイさんだけですけど」

「ラフトックに兵を貸し出していた点から攻めるのは難しいと。まぁ、異端者を処刑したと公表された時点で邪神との繋がりをつつくのは無理筋でしょう。それで、宿を訪ねた三角教は?」

「種を増やしてほしいと頼んでいたそうです。どんな種かはリピレイさんもわからないと」

「種、ですか……」


 邪神の力を借りてまで増やしたい種。どれほど希少な種子なのか。


「探ってみましょう。ミチューさんもどうですか?」

「いえ、他人の評判には興味ないので」


 あっさりと断って、ミチューは運ばれてきた料理を食べ始めた。



これにて一章終了です。

明日以降、二章に入りますので引き続き楽しんでいただければ幸いです。

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