第百六十四話 魔道具作りとエール
「ワシの心の様に白くて綺麗な紙じゃな」
親方の工房で魔道具作りを始める銀次郎。
異世界にあれば便利だなと思う電化製品を、紙に書き出して準備をしていたのだが、親方の興味は紙から離れない。
仕方がないのでネットショップで子供用の和紙手作りキットを購入し、みんなで和紙を作る。
子供用の手作りキットだったが、作り始めると意外と楽しい。
結局お昼過ぎまで和紙を作ってから、魔道具作りに取り掛かるのであった。
「まずはこのガラス製のドリンクサーバーを冷やせる様に出来ますか?」
ヴェリーヌさんのお店で使おうと考えていた、ガラス製のドリンクサーバー。
この中に果実水を入れて提供を考えていたけど、冷やせるのなら冷やしたい。
魔道具の冷蔵庫の様に冷やす事が出来ないか親方に聞く。
「冷やすだけなら魔法の氷を入れれば良いが、魔道具となるとこのガラスがちと弱いな」
映える事を考えてガラス製のドリンクサーバーを購入したが、魔法の氷と魔法陣を用いての魔道具作りにはガラスでは強度が弱いらしい。
ガラスにミスリルをコーティングすれば問題ないのだが、それでは中身が見えなくなってしまう。
「透明なガラス製のドリンクサーバーが売りだったので、諦めますね」
銀次郎が諦めると伝えるが、物作りのプロである親方は何を言ってるんだとばかりにキョトンとしている。
「話を聞いてたか? 冷やすだけなら魔法の氷を入れれば良いのじゃ」
親方は魔法の氷を手に取り、ブツブツと何か言いながら考えている。
「ロビン。一番でっかいハンマーを持ってきてくれ」
お弟子さんが大きなハンマーを持ってくると、親方はそのハンマーで魔法の氷を叩き始める。
最初はゴン、ゴンと叩くが、ハンマーが弾かれるだけで魔法の氷の板には変化がない。
だんだんとハンマーの力は強くなり、最終的にはハンマーを担いで全身を使い打ち下ろしたが、魔法の氷はヒビすら入らない。
「アントニオ。あのナイフを貸してくれ」
アントニオさんが親方に渡したナイフ。
それは銀次郎には見覚えのあるナイフだった。
三十六ヶ月熟成の生ハムの原木を購入すると、一緒についてくるナイフ。
それを酔っ払った親方が研ぎ直し、アントニオさんが貰ったのは知っている。
しかしハンマーで無理だったものが、そんなナイフで切れる訳がないと思って見ていると、嘘の様に魔法の氷は切れていく。
生ハムの薄切りと同じ状態になった魔法の氷。
それをミスリルでコーティングして、いくつかの魔法を付与していく親方。
「ここに魔力を流せば完成じゃ」
銀次郎が氷に触れていくと、所有者登録が完成。
銀次郎と、銀次郎が許可した人間しか使えない液体を冷やす魔道具が完成した。
ガラス製の魔道具に冷えた水が完成した。
グラスに水を注ぎ一口飲むと、冷たい水が身体の中に流れていく。
「親方も飲みます?」
「ワシは火酒じゃな」
親方にウイスキーが呑みたいと言われたが、まだまだ魔道具は作って欲しい。
ウイスキーをストレートで呑み始めたら、親方も銀次郎も止まらなくなるので、今はエールにしておこう。
アイテムボックスには、ソフィアの友人のアイリスさんから貰ったエールがあったので、樽の中に氷の魔道具を入れて冷やしてみる。
お弟子さん達には、ドリンクサーバーにコーラを入れる。
もちろん氷の魔道具も入れて冷やす。
「ちょっと休憩しましょう。おつまみ用意するんで、エールを呑んで待ってて下さい」
「スキヤキが食べたいのぅ」
「まだお昼ですよ」
銀次郎はこの後の魔道具作りの為、簡単な軽食とおつまみを作るのであった。
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「どうしてじゃ? うまく出来ん」
銀次郎が軽食とおつまみを作って、作業場に戻る。
親方はすでに呑っていたので、銀次郎はエール用のグラスを取り出して冷えたエールを注ぐ。
「この厚さが一ミリ未満の薄いグラスで呑むエールはサイコーなんだよな〜」
エール樽から少し離してグラスを持ち、まずは勢い良くエールを注いでいく。
グラスがエールの泡だらけになった後、グラスを近づけて泡の中にエールを静かに流し込んでいく。
エールの泡が落ち着くのを待った後、二度目のエールを注ぐ。
そして三度目のエールを注いだ後、泡の表面の部分だけ取り除く。
この部分が好きな人もいるが、この方法で注いだエールの泡は苦味が強いので、あえてその部分を外して呑み口が優しい極上のエールに仕上げた銀次郎。
「プロージット!」
昼間から呑むエール。
しかも冷えているので、サイコーなのは決まっている。
呑み口の薄いガラスに口をつけると、エールの独特の香りが鼻腔をくすぐる。
この時点で幸せしかないが、銀次郎は目を瞑って喉に冷えたエールを流し込む。
ゴキュっゴキュっと喉を鳴らしながら、冷えたエールを楽しむ。
この薄いグラスだと、喉のエールがうまいと感じる場所にピンポイントに流し込んでくれる。
苦味が多い部分の泡は取り除き、三度に分けてエールは注いだのでシルキーで極上だ。
それはまる天使の羽根で頬をフェザータッチされたかの如く、優しさで包まれる銀次郎。
「この一杯に生きている……」
親方がそれを呑んでみたいと言ってきたので、天使の様なエールを注いであげる。
すると親方は一口呑んだ後、グラスを持ったまま考え込んでしまった。
お弟子さん達は冷えたコーラを楽しんでいたので、レモンを入れてあげる。
コーラにはやっぱりレモンでしょ。
「二杯目のエールはあれだな〜」
銀次郎は新しいグラスを斜めにしてエール樽のレバーに当てる。
泡立たないようにゆっくりとエールを注ぐ。
ゆっくりとゆっくりとグラスを戻して行って、泡のないエールが注ぎ上がる。
「このグラスを見ててくださいね〜」
エール樽とグラスを遠ざけて、グラスの中に少量のエールを落とす。
するとエール内に閉じ込められていた炭酸が、一気に溢れ出し泡が溢れ出す。
日本のビールサーバーじゃないから出来るか心配だったけど、うまく注ぐ事ができたな。
親方がこっちも呑んでみたいと言ってきたので、エールを注いであげると、注ぎ方でこんなに味が変わるのかと驚いている。
職人である親方の興味が、冷えたエールとその注ぎ方に移ってしまった。
結局この日の魔道具作りは終了して、親方が注いだエールをずっと呑み続ける一日になったのであった。
更新が遅くなり申し訳ございませんでした。
冷えたエールの話を書きましたので、今日はビールを呑もうと思います。




