会議(1)
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先日行われた国別対抗戦から半年後、極秘中の極秘で首脳会談が行われた。護衛の要人も数人ほど。どの国に入国してもVIP扱いの彼らが完全にお忍びで集まっているこの状況は、異常なほど異質であった。
大陸の4分の1を占める超大国のセザール王国筆頭大臣リデール=デンドラ。貿易で莫大な富を築いているダルーダ連合国元首のフェンライ=ロウ。最近、軍事にて革命的な魔法戦士隊を編成したギュスター共和国の陸軍魔法総長のバルカ=グンゼ。
「皆さん、大変お忙しい中、よく集まってくれました」
まず、声を発したのはダルーダ連合国国家元首のフェンライ。とてもじゃないが、先日送られた不幸の手紙を一国で背負う気にはなれず、先日のツテを頼った形である。
「アシュ=ダールの名を出されれば、来ざるを得ないだろう。それを、あなたもわかってらっしゃるはずだ」
「……今、大陸で最も危険な男の1人。その認識を共有できて嬉しい限りです」
フェンライは、陸軍魔法総長のバルガに笑いかける。老練な政治家である彼は、同時にギュスター共和国と結び技術を盗めないかと模索する。
しかし、若き鬼才の軍事家は、そんな話になど聞く耳を持たず、一枚の洋筆紙を広げた。
「これは?」
「……私にもこれが届かなければ、もしかしたら無視していたかもしれない」
『僕の生徒の中に、ミランダ=リールという生徒が軍事魔法学に興味を持っている。君は確か、魔法剣という新技術の開発に取り組んでいるそうだね。彼女は柔軟な思考を持っているから、君の進歩的な考えの一翼を担うことになるだろう。卒業後は、彼女を預けたいのだが、返事をくれ――アシュ=ダール』
それを見たとき、各国の要人がにわかにザワつく。
「魔法剣……だとっ。あの、ヘーゼン=ハイムが考案した秘匿技術か。貴様……そう言えば確か、昔ライオール=セルゲイに師事していたと聞くが」
「……ギュスター共和国という小国と言えど、あの技術は危険だ。下手をすれば、大陸の勢力図を書き換えるほどの」
フェンライが机をガンガンと叩き、リデールは、額から吹き出た汗を拭う。バルガという男は、誰もが周知する危険な男だ。まさか、ライオールがそこまで彼に知識を伝授しているとは思ってもみなかった。
「……重要なのは、そこではない。大陸有数の諜報員を保有するあなた方にすら知られていない技術が……あの闇魔法使いに流れていること。そして……奴が自分の生徒を我が国に送り出し、支援しようとしていること」
「「「「……」」」」
各国が沈黙を貫く。ギュスター共和国とナルシャ国は隣国同士だ。当然、技術的に流出はしやすいが、もちろん国家の超機密。厳重に保管されていたはずだ。
「ライオールが漏らしたのでは?」
「それは、あり得ない。あの方とは契約魔法を結んである」
「「「……」」」
一同の背中に冷や汗が吹き出る。
「あの……私の方にもこれが」
セザール王国筆頭大臣のリデールも忌々しげに洋筆紙を広げた。
「ジスパという平民上がりの魔法使いが、君の著書である『魔法法律論』に非常に感銘を受けたそうだ。その思想だけでなく、超大国という鎖に縛られながらも改革を断行した行動力に感動したと言っている。彼女は君と同じく苦労人だ。平民上がりという共通の生い立ちもあるので、ぜひとも君の下で働きたいそうだ。彼女は優秀な魔法使いで、必ず君の右腕となる存在だよ。僕が保証する。彼女を受け入れるかどうか、返事をくれ――アシュ=ダール」
「まさか……あなたの元にも来ているとは」
フェンライが爪をガリガリと噛む。この豚似の国家元首は、こんな手紙は自分の所にしか来ていないと思いこんでいた。苦しみを分かち合おうと考えていたのに、逆に打ち明けられるなんて思ってもみなかった。
「……私が平民上がりであることを知る者は、1人だけしかいない。両親はもうすでに死んでいるし、妻も娘も、私が貴族である時代しか知らない。30年前のセザール王国では致命的なスキャンダルになるからな」
「……確かに。しかし、その1人が漏らしたのでは?」
「その方はライオール=セルゲイ。しかし、あの方ではあり得ない。私もそれを打ち明けたとき、契約魔法を結んで頂いたから」
「「「「……」」」」
各国の首脳はゴクリと生唾を飲む。
「今までは、まったくと言っていいほど表には出てこなかったのに」
「……恐らくは、ヘーゼン=ハイムが死んだからだろうと思われる。奴が周到だったのは、死後30年が経つまで注意深く潜伏していたことだろう。忌々しいが、相当慎重な性格である男だと言わざるを得ない」
「そして……奴は自分の教え子を……我々の国に派遣しようとしている」
「「「……」」」
誰もが沈黙を貫く中、
フェンライがボソッとつぶやいた。
「始まったのかもしれないな」
「……何がだ?」
「アシュ=ダールによる大陸侵略……」
「「「……」」」
誰もが息を止め、口を閉ざした。




