それから(3)
アシュらしくない真面目な説教が続き、リリーもシスも、あらためて目の前の闇魔法使いが、おちゃらけだけの存在でないことを知った。
そんな風に見直されていることなど知るよしもなく、闇魔法使いは静かにダージリンティーを口に注ぐ。
「ああ……そう言えば、テスラ先生はどうだい?」
「セナっていう裏切り者が熱心に看病してますよ。私は、どういう神経で看病ができるのかわかりませんけどね」
「ず、随分と辛辣じゃないか」
アシュが思わず苦笑いを浮かべる。
「当たり前です! だって、あいつが意味不明な行動を起こさなきゃ、テスラ先生は瀕死の重傷を負わなくて済んだんですよ!?」
「それは……まったく同意見だが、各々事情は異なるんだ。そこは、理解してあげなさい」
「「……っ」」
ど、どの口が言うの!? とシスとリリーは思った。
「まあ、元気そうで何よりだね。ミラ、療養しているところはどこだね?」
「サン・リザベス大聖堂内の診療室です」
「……じゃあ、数万本のバラの花びらを降らせたまえ」
「新手の嫌がらせですか?」
「「……っ」」
ひ、酷いとシスとリリーは感じた。
「でも、本当に腹が立つ。なんで、あんな裏切り者に中位天使なんて譲渡したのかしら。あんな、裏切り者に」
リリーはプリプリと怒る。どちらかと言えば、アシュ寄りの思考を持つ彼女は、テスラの考えは理解できない。
そんな中、おずおずとシスが口を出す。
「……あの、弱いから……じゃないかな?」
「えっ?」
「なんとなくだけど、テスラ先生は彼が誰よりも弱いから、誰よりも強くなれるって……そう思ったんじゃないかな?」
「なにそれ?」
「……っ、なんとなく……そう思っただけだけど」
キョトン。
リリーはこれ以上ないくらいキョトンとした。シスも、単に感じたことを口にしただけなので、要領としてはまとまっていない。
そして、それは論理的思考の鬼であるリリーには解さない感情だった。
「まあ……シス君の言っていることが正解なのだろうな」
「……アシュ先生はわかるんですか?」
「全然」
「わ、わかんないんだったらなんでそう言い切れるんですか?」
リリーがむくれ顔で尋ねると、アシュはポンポンと頭をなでる。
「物事には感覚で掴むことだって必要だということだよ。誰もが倫理的な生き方で規則正しく生きているわけじゃない。テスラという女性は、アリスト教の教義という者の中で、内部を司る者なのだよ。だから、彼女の行動は理屈では捉えられない」
「……」
「この戦いで唯一僕が負けた者がいるというのなら、テスラ先生にだろうね。彼女は、僕が課した思想の呪縛から、セナを救い出した。混沌の深淵から、引きずり出したんだ。一度、墜ちた者を救うことは難しい。それは、人を堕とすことより、遙かにね」
アシュは、そう彼女を評した。
さりげなく、リリーに負けた事実をなかったことにしながら。
「あー、でも惜しかったなあ。あいつさえ、いなければ中位天使の譲渡をしてもらえたかもしれないのに」
「……恐ろしくデリカシーのないことを口にするね」
「……っ」
間違いなく大陸一デリカシーがないであろうアシュに、デリカシーがないと言われた。
もう、死ぬしかない、とリリーは思った。
「まさか……もう、ねだったんじゃないだろうね?」
「じょ、冗談ですよ!? 冗談に決まってるじゃないですか!」
「不謹慎過ぎて、僕でも口にしないよ。君はどれだけの苦痛と覚悟を伴って魅悪魔と契約を交わしたんだい? 中位悪魔と同等の天使を使役すると言うことは、同じほど壮絶ななにかがあったと想像できないかな?」
「……あっ」
「はぁ……想像力の欠如した者は、ろくな人生を歩めない。君の脳内にある教科書に刻んでおきなさい」
「……ぐぐっ、はい」
大陸一他人への想像力が欠如しているキチガイ野郎に指摘されて、心中穏やかでない金髪美少女。だが、こうも完膚なきまでの正論を諭されれば、頷かざるを得ない。
「でも、先生……どうしたんですか?」
「ん?」
「……なんだか、今日は凄く……その……」
シスが言いにくそうに小声で『優しいので』と言い、顔を真っ赤に染め上げる。そんな蒼色髪の美少女の反応を、面白そうに眺めながら闇魔法使いはフッと笑い、
これも、僕さ、と答えた。
・・・
「さて……そろそろだな」
「えっ? どういうことですか?」
「ああ君たちが来ると聞いていたのでライオールを呼んでおいたのだよ。僕はこの通り動けないからね。重要な相談をするには、来てもらうしかないだろう?」
「「……っ」」
なにを考えているんだと、シスとリリーは唖然とした。
ナルシャ国で一番忙しいであろう元老院議長兼ホグナー魔法学校理事長が、大陸一暇であること間違いなしの療養魔法使いに呼び出される。まさしく、正気の沙汰ではない。
そんな中、秒単位のスケジュールを縫い、ライオールが急ぎ足で部屋に入ってきた。秘書のエステリーゼも一緒である。かなり無理をしてようで、2人とも汗だくで疲労感が半端じゃなかった。
「はぁ……はぁ……お待たせしました」
「まったく……5秒遅刻だよ。相変わらず君は時間の管理が足りないな」
「はぁ……はぁ……ふーっ。申し訳ありません。なんせ、最南端からの突然の呼び出しだったもので」
「それだけ重要な要件だということだよ」
「……はい。お伺いしましょう」
ライオールの表情が急激に引き締まる。
シスもリリーも思わず固唾を呑んだ。最高の魔法使いと大陸から評されている彼を急遽呼び出しての要件。いったい、どんな重要な事柄が――
「文化祭の出し物、なににする?」
闇魔法使いは歪んだ笑顔で笑った。
第7章 END




