議論
キチガイ魔法使いの言動に、いちいち戸惑うアリスト教徒たち。ミラによる軽蔑の眼差し。シスのキョトンとした表情。リリーの唖然とした表情。
混沌としたサン・リザベス大聖堂だったが、そんな中、極力平静を保っているランスロットは、側近に耳打ちして、彼の代弁をさせる。
「双方納得のいく答えなど、出るわけがないでしょう?」
「なぜ? シス君の中にある物質を取り出すという目的は、僕らも君たちも同じだ。そこで、なぜ争いになるのかが、僕にはよくわからないんだよ」
「……」
「わかるかい? 君たちがいかに姑息なことをしていたのかが。僕がいかに正々堂々と議論しようとしているのか。この提案は、君たちの平和と平穏を願う気持ちとマッチしていると思うのだが、どうかな?」
「……っ」
戸惑う側近を尻目に、ランスロットは歯を食いしばる。仮に、今ここでアシュと戦うとすれば、明らかに分が悪い。ライオールがいないとはいえ、ミラ、リリー、シスがいる状態で戦って、勝てる保証はない。
そして、それは教義的にもマズい。建前として、アリスト教徒は平和的な宗教だ。敵側が平和的な解決を提案している今、それに逆らって武力を使うことは、信者への求心力低下に繋がる。影で刺客などを送るか、敵側から危害を加えられない限り、ランスロット側からすれば手も足も出ない状況である。
「だから、話し合おうと言っている。君たちと僕が納得のいく答えを、納得のいくまで。時間は気にしなくていい。1時間でも、10時間でも、100時間でも……1000時間でも。君たちが平和的な解決を望むのなら、僕は君たちと議論を交わす覚悟がある」
「……っ」
地獄過ぎる、とアリスト教徒の信者たちは思った。なにが悲しくて、こんな不快な男と議論を交わさなくてはいけないのか。むしろ、1秒たりとも同じ空間にいたくない。
一方、アシュとしては望むところである。彼は不老不死で時間の制約はない。心配なのは唯一『飽きること』であるが、もし飽きれば、猛烈な論客であるリリーに任せて、その隙にタリアを口説いて、シスとイチャイチャしていればいい。
エロ魔法使いの脳内は、お花畑満載だった。
「……一度、今日の話を踏まえて、回答を検討してあらためて回答します」
「ふざけたことを言ってもらっては困るな。ここで、決断を下すんだよ。君たちのトップである大司教は今、ここにいるのだから、検討はここでもできるだろう?」
「……」
「もう少し言えば、堂々と宣言してもらおう。書面も交わして、契約魔法も交わして、互いに裏切ることがないように」
逃がさない。闇魔法使いは歪んだ笑みを浮かべる。ここで帰れば、有耶無耶になって、後日またどこかで刺客を送り込む気だろう。
アシュが相手に与える選択肢は2つしかない。この場でアシュの主張を認めること。もしくは、アリスト教徒側に手を出させて、自身の醜さを曝け出させること。
「ふぅ……なにが気に入らないかが、わからないな。あまり、わがままを言わないでくれ。君たちが姑息にも、卑怯にも、厚顔無恥にも、人の間隙をついて、自分たちの有利にことを運ぼうとしているのはわかる。でも、そんなことをして得られた結果で幸せになって嬉しいかい? 神に堂々と自分たちの行いを誇れるのかい? 僕ならできないな。いや、恥ずかしすぎて人様の前には金輪際出られないな」
「……」
ミラは、嘘だ、と思った。
姑息、卑怯、厚顔無恥、人の間隙をつく。まさしく、アシュのような者にあるような言葉である。なぜ、そんなに堂々と生きていられるのかというのは、激しく問いかけたい有能執事は、主人の自覚がなさ過ぎて、逆に恐ろしい。
そんな中、ランスロットは気持ちを整え、決心した。自分たちに分があるのは、信者の数。それを最大限に利用できるよう、側近に耳打ちをする。
「アリスト教内の論説家を全員連れてこい。一人残らずだ」
「わ、わかりました」
命令を受けた側近は、慌てて席を放れた。




