54話:蠢く虚森
〜前回のあらすじ〜
戦いは人類側が優勢だった。
空の戦いはエルフ達の活躍により優位に進め、地上の方もまた神秘の森の加護と成長したアルス達の力により襲来した魔族の群れや上級魔族を難なく撃破するに至る。
全てが順調────そんな時、突如轟音と共に大地の揺れがアルス達を襲い……直後、彼らは"森自体が蠢く"不可思議な光景を目にするのだった。
※今回は再び一角獣の騎士であるグラシアが視点の話なります。
「〜♪」
「【風の精霊の怒り】!!」
「【裁きの雷槍】!!」
聖地・アミナス教国の防衛線の一つ"神秘の森"の上空では、依然人類と魔族の頂点同士による超常決戦が繰り広げられていた。
普段は静けさ漂う聖地上空で展開される奇跡と魔法の激しいぶつかり合いは流星同士の交錯を彷彿とし、遠くから見れば美しさすら感じるだろう……が、その実態は生死入り混じる薄氷の均衡の上に成り立っているもの。
戦況は先程と変わらず、神秘の森の加護により戦闘中負った傷や天力の消耗を癒しながら、三人の天使が協力して魔王を追い詰めている状態。
一対一なら確実に負ける──────悔しくもそう確信してしまう程に敵の力は圧倒的だったが、これは多対一の戦い。
たとえ魔王という強大な闇が相手だろうが、巫女の歌が魔樹を斬り払い、騎士団長の赫剣が敵の本体に斬撃を入れ……一角獣の騎士"グラシア"の雷槍が二人の路を照らす。
──────三天を以て、勝利という名の一天を導く光となる。
「ハァッ!ハァ……ッ!!」
……とはいえここまでの戦闘は常に"死"と隣り合わせのもので、極度の緊張にグラシアは息を切らす。
戦う場所も、人数も、戦略も……全てに置いて対策を貼り圧倒的に此方が有利な状況にも関わらず魔王は致命傷を回避し続け、果てはグラシアを何度も殺しかけてきた。
これまで幾度となく死線を潜り、上級魔族を何体も斃してきたグラシアをしてギリギリな戦い────そんな中で今も生きて戦っていられるのは……間違いなく巫女と騎士団長の助けと、神秘の森の加護あってのことだろう。
「グッ……!!」
それでも開戦当初に比べて、確実に魔王に与えているダメージは大きくなっていた。戦闘が長引き魔力を消耗させたことで、奴が"絶対防御"として身に纏っていた凝縮した魔力の鎧にも綻びが生じ始めたのかもしれない。
森の加護のおかげで天力にもまだまだ余裕がある。別の戦場で戦っている味方のためにもこのまま奴を……
「──────間に合ったようだな……」
そう希望と覚悟を抱いた時、不意に魔王が一言呟く声をグラシアの耳は捉えた。
『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!』
直後、突如として地響きのような音が鳴り響く。異変を感じたグラシアは思わず地上の方に視線を移すが……
「アレは……!!」
目の前に広がったのは、毒々しい靄を撒き散らす大樹が……神秘の森から突き破るように複数伸びる信じ難い光景。
「これは瘴気……!?」
巫女も驚愕するその靄の正体は──────かつて大陸中を襲った厄災たる猛毒の空気……"瘴気"。
現在の大陸にも魔族の出生地である魔界から流れ出てくる瘴気が既に蔓延してはいるものの、この大樹から流れ出ているのはそれを遥かに超える濃度……
しかも複数本生え出した大樹自体、恐らく今まで魔王が使用していた魔樹魔法で生み出したのと同質の生成物だ。
「そんな……どうして森からアナタの魔法が……!?」
「魔法陣……詠唱とは異なる術式により発動する私が編み出した新たな魔法技術だ」
「なんですって……!?」
「天才なのはお前だけではない、ということだ……ククッ…どうやら我が優秀なる配下達が上手く事を成してくれたようだな……────【逆世界樹】!!」
突然の事態に動揺を露にする巫女に対し、魔王は嘲笑いつつも原理を説明する……が、生憎グラシアには奴の言葉が意味するものを完全に理解する事は出来ない。
そうしている間に魔王は新たに呪文を唱え、次の瞬間には奴の身体から伸びた樹木が地上から生えた大樹と結合してしまう。
────────まずい。
グラシアは焦った。
神秘の森がこれまで魔王の影響を受けなかったのは、加護の力……もとい森全体から放たれる防御結界に守られていたからだ。
しかし地上から魔王の魔樹が生成されてしまった以上話が変わる。最早加護の力は及ばず……容易に魔王による干渉の影響を受けてしまう筈。
このまま大樹を通じて地上に直接干渉されれば、神秘の森全体が────────
「【裁きの雷槍】!!」
「〜♪」
思い浮かぶのは最悪な未来。気が付けばグラシアを始め、その場の全員が一斉に動き出していた。
グラシアが敵の動きを止め、巫女が地上に作用せんとする魔樹を叩き斬る。そして……
『ザシュッ!!!!』
──────騎士団長ペルデールが接近し、魔王の身体を真っ二つにした。
「駄目だ……結晶がない……!」
……が、ボロボロに崩れる奴に対する騎士団長の悔しそうな呟きを聞いてグラシアは全てを察する。
失敗した。間に合わなかった。
この場には奴の本体がいない。ならば何処に消えた?直前まで地上の大樹と繋がっていた事から考えて恐らく……
「グラシア!ペルデール!今から地上へ降ります……結界を身体の周りに展開するように」
──────やはり大樹と結合したあの時既に、魔王は地上へと移動していたようだ。
巫女の言葉により憶測は確信へと変わり、その指示通り一角獣の騎士は天力を身体に纏わせて……他二人の天使と共に地上へと舞い降りるのだった。
・・・
「あ……が……」「痛い……痛いよぉ」「たす……け……」「うッ……」「おええええぇぇぇ……ッッ」「ハァッ!ハァッ……!」「お願い……目を覚まして……」
瘴気に侵された森の中に入ったグラシア達を待ち受けていたのは地獄絵図だった。薙ぎ倒された木々、破壊され尽くした自然……
──────そして原型が分からない程に拉げてしまっている数多くの味方の亡骸。
僅かに生き残っていた者達も大半が身体の一部を欠損し、そうでない者も口元を塞ぎたくなるような高濃度の瘴気によって苦しみ……その場で蠢いていた。
「あぁ……なんて事を……!!」
まるで何か大きな災害が通った後のよう……目を覆いたくなるような惨状を前に、彼ら人間を愛する麗しき巫女は力が抜けたように大地に膝を突いてしまう。
「待ってろ!今……うっ……!」
グラシアもまた負傷者の応急処置に向かおうとするが、途端に足元がふらつく。
視界が霞み、意識が朦朧とする。防御結界を張った状態でこの息苦しさ……この穢れの濃さはまるで魔界の瘴気そのものだ。
「グラ、シア……」
「!!」
そうやって周囲を包む薄暗い靄に苦しめられている時、不意に自身を呼ぶ声が微かに聞こえた。
「エル!!一体何が……」
「上級魔族が……ハァッ……大地に変な模様を……そしたら何故か、こんなことに……」
声がした方向に目を凝らすと、その先にいたのは今回の戦いにおいて味方に指示を出す指揮官の立場を務めていたエルフの一人……"エルフィリア"。
息を荒げながらも状況を報告する彼女の身体は全身傷だらけで足を引き摺っている。
現代の大陸を生きる……瘴気への耐性をある程度持っている筈の人間達でさえ苦しむ濃度だ。満身創痍の彼女にとっては耐え難い苦痛だろう。
早く手当てをしなければ────グラシアは当然彼女の身を案じて駆け出す。
「あっ……」
──────が、次の瞬間エルフィリアの身体は地中から生えた鋭利な木々によって、グラシアの目の前で無惨にも貫かれてしまった。
「エルッ!!!」
「グラシア!来るぞ!!」
「皆、伏せてください!!」
一瞬止まりかけたグラシアの思考……それはすぐに騎士団長と巫女の声により呼び醒まされる。
しかしその時既に地中から次々と鋭利な木々が生え──────グラシア達の目前まで迫っていた。
『バキャアッ……ッッ』
なんとか対処しようと武器を構えた直後、それより早くグラシアの前へと出た巫女が不可視の斬撃で地面を抉り、襲い掛かる無数の樹木を一人堰き止める。
「はぁ……ッはぁ……ッ」
間一髪助かった……が、グラシアの心は落ち着かない。
魔王との戦いの圧力、目まぐるしく変わる戦況、瘴気に侵蝕されてしまった神秘の森、変わり果てた姿になった仲間達、親友の死……
積み重なったもの一つ一つが確実に、グラシアの身体と心を疲弊させていったのだ。
「クソッ……!!」
それでも……ここで倒れるわけにはいかない。
まだ周囲には生きている仲間がいる。ここで動けなければまた何も守れない。全てを失うことになる。
それに自分が諦めてしまえば、恩師であるレイアとペルデールを裏切る事になる。だからまだ、心を折るわけにはいかない。
────そうやってグラシアが自身を奮い立たせ武器を構え直した……その時だった。
『ヴオオオオオオオオォォォォン……ッッッ!!!』
突如として森全体に轟く凄まじく巨大な咆哮……瞬間、思わずグラシアは耳を抑える。
何故ならそれは彼女にとって怖気が走り、身の毛が弥立ち、そして頭が痛くなるような……心の底から不快感を感じる鳴き声だったから。
『メキメキ……ッ』『ズシン……ッズシン……ッ』
やがて咆哮が止んだ後、森の奥から鳴り響くのは巨大なモノが移動するような重苦しい音。
────────何か来る。
「馬鹿な……」
グラシアは目を見開いた。
目の前に現れた巨大な影……それは本来、ここにいるはずのない存在だったから。
「なんで……ここに……!?」
"大魔竜ゲオルギース"
グラシアが生まれるより遥か昔から存在する……上級魔族を凌ぐ強大な力を持つとされる大魔獣の内の一体。
樹木で構成された巨躯を誇り、その容貌から魔龍族の元となった存在──── 原初の竜と呼ばれる。その力は大魔獣の名に違わず圧倒的で、広大な地形そのものを変えてしまう程だったらしい。
文献によれば魔竜は他の大魔獣と異なり過去一度も大陸に現れた記録はなく、長い間魔界に生息し続けていたようだが……そんな存在が何故か今、グラシア達の目の前にいた。
『……【地獄の業土】』
忽然と現れた魔竜を前に固まる一同……だが直後、知性を持たない筈のヤツの口から呪文が響き渡る。その声は……魔王ハイルと全く同じものだった。
『ピシ……ッ!』『ビキビキ……ッ』『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッッ!!!』
刹那、亀裂が入り……大地そのものが盛り上がり、激しく揺れ動く。
まるで自然災害そのものな規模の範囲攻撃────咄嗟にグラシアを含めた三人のエルフが風の奇跡を発動し味方を助けるも、全てを救うには至らず……戦いの中で負傷し、あるいは散っていた英雄達が深い谷の底へと呑み込まれていった。
「嘘だろ……」「今のが、魔法なのか……!?」「なんだよ、これ……」「次元が……違う」
やがて揺れが収まり、地形が元に戻った後に聞こえたのは……助けた味方達の空虚な呟き。
たった一体の生命体が魔法で引き起こしたとは思えない超常現象を目の当たりにして、その場にいる皆が完全に戦意喪失してしまっていた。
『──────【星の産声】』
絶望的な状況……そこに更に追い討ちを掛けるように魔竜の口から放たれたのは、魔王のみが扱える凡ゆる生命を生み出す魔法の呪文。
「グオオオオオオオォォォォッッ……!!」
「キシャアアアアアアァァァァ……ッッ!!」
「オロロロロロロロロロロッッッッ!!!!」
瞬間、大魔竜の前面に出現した闇色の靄から夥しい数の魔物が現れる。
生命の誕生という尊い印象の言葉とは掛け離れた……気色の悪い鳴き声を発する異形の化け物達が大量に生まれる悍ましい光景────それを見て、グラシアは確信を深める。
突如目の前に現れた"大魔獣ゲオルギース"……その正体は、グラシア達が今まで戦ってきた"魔王ハイル"で間違いない、と。
「どういうことだ……?」
────しかし、同時に疑問も生まれる。
魔王ハイルと大魔竜は同一の存在だったのか?それとも魔王ハイルが大魔竜を使役しているだけなのか?または自分の想像し得ない別の理由があるのか?
『クーックックックック……!形成逆転だなァ……レイアよ』
思考を巡らす中、不意に頭の上から降ってきたのは魔王ハイルの嘲笑うように語り掛ける声。直後、巫女が「ハイル……ッ!!」と憤りを露わにするも、大魔竜と化した魔王は気にする素振りなく……此方を見下ろしたまま言葉を続ける。
『無駄な抵抗は止めろ……!!大人しく貴様と他の天使共の命を差し出すのなら、貴様が愛でている……そこらの哀れな人形共は一先ず生かしておいてやってもいい』
「……私達を殺した後、子供達をどうする気ですか?」
『知れた事を……!!我が悲願────貴様に奪われたモノを取り戻す……それを成す為の贄となってもらう、ただそれだけだ……!!』
「……!!」
『尤も……成し遂げるまでに人形共が何体壊れるかは、分からんがなァ』
その内容は、人類連合軍への降伏を迫るもの。
ただでさえ受け入れ難い"同族の根絶"という最低条件に加え、魔王が最後に吐き捨てた言葉に巫女は「そうですか……」と返し、ヤツに剣を差し向けるのだった。
「ハイル……やはりアナタという罪深い存在は、信用するに値しません……!!」
『愚か也、スーヤ・レイア……!!ならば愛するお人形達と共に、この父なる大地で果て……地獄で贖罪するがいい』
「いいえ!そうなるのはハイル……アナタの方です」
『ククク……先の言葉、そっくりそのままお返ししよう……!どうやら戦況が見えていないようだなァ?周りの状況を見ろ……!煩わしかった"森の加護"とやらは消え、貴様の周りには恐怖で動けぬ木偶人形ばかり……!!加えてこの戦力差……貴様らに勝ち目がないのは、誰の目にも明らかだろう!?』
「……」
『戦いは、もう終わったんだ……!始まりから今に至るまで、何の意味も!価値もない全てが……!!いい加減もう諦めろ……偽りの巫女よ』
あくまでも気高く魔王へと立ち向かう巫女……しかし実際、魔王の言う通り戦況は最悪なもの。
瘴気に汚染された此方にとって不利な領域、大きく削られた自軍の戦力、敵の強大さを前に下がり切った味方の士気、生命創造の魔法により生まれた敵側の増援……
「いいえ……私は決して、諦めたりしません」
────しかしそんな状況を前にして尚、女神の依代たる巫女"レイア"は毅然として言い放つ。
「どれだけ戦況が悪化しようと、状況が絶望的だろうと……私の子供達はいつだって最期まで戦い抜きました……!ハイル……アナタという巨悪を倒す、ただそれだけを望んで……!!」
『……!』
「彼らの母たる私が、彼らを裏切るわけにはいかない……!だから私も最期まで"巫女"としての役割を全うします!!私は……折れたりしない、挫けたりなんかしない……絶対に
────────絶望なんてしない!!」
その言葉は……グラシアに、または周囲の人々に希望を、そして魔王に立ち向かう勇気を与え、今一度立ち上がらせるのだった。




