53話:神秘の森の戦い・後編
〜前回のあらすじ〜
魔王軍の行進により、戦いの舞台は神秘の森へ移行する。
配置に着いた後早速敵が現れるものの……これまでの冒険で培った仲間達の成長と、忽然と起こった不可解な現象により戦いは優位に進められ、危なげなく終わる。
アルスはシオンの発言により、その現象は"神秘の森の加護"ではないかと推察するが……
「ふぅ……大分倒したな」
「正直張り合いねえな……前の戦いに比べりゃ全然楽だぜ」
「そうね……私もちょっとは成長したのかな?」
「それは勿論……ただ、この森の力も凄いと思うんです」
「確かにね……まさかこれ程までとは思ってなかったわ」
────神秘の森"エリュシオン"の力は本物だった。
土の魔人を倒した後、何度か魔族の襲来に遭ったのだが……その実態はどれも今のアルス達であれば比較的容易に倒せる強さの敵ばかり。
まるで自分達にとって戦いやすい相手がこの場に誘導されているような……そんな錯覚を覚えそうになるほどだ。
それだけではない。
戦闘中に先程と同じように敵が木の根に引っ掛かり転倒する場面が不自然なほど多発したり、仲間が手傷を負った際にまるで回復魔法でも受けたかのようにすぐ治る不思議な現象が見られた。
味方にとって都合の良い超常現象が起こる領域────かつて一角獣の騎士が言っていた"神秘の森の加護"……その効力の強さを、アルス達は現在身を以て実感していた。
「皆、特に問題なさそうか?必要なら今のうちに水分補給を……」
戦闘が一段落したタイミングで、アルスは勇者として仲間達の調子を今一度確認する……が、結果は皆一様に問題なし。
今の所は全て順風満帆。このまま巫女の作戦通り上手くいくと良いが……
「きゃあああああああああッ!!!」
「!?」
──────そんな風に考えていた時、突如として上空から悲鳴が響き、同時に何かが近くの茂みに『ガササッ!』と落ちてきた。
「え?レヴィン……!?」
「私じゃない!今の声まさか……」
聞こえてきた声にフィルビーが戸惑いを見せてる間に、真っ先に音がした方へと駆け寄るレヴィン。アルスも後を追うとその先にいたのは予想通りの人物。
「レーニス姉様!?」
「ぅ…ぁ…レ…ヴィン……?」
"レーニス・トゥローノ"
レヴィンの姉であり、アミナス兵団に勤める風・雷魔法使いの中級魔導士。レヴィンとは仲が良くないらしく、再会した時には一悶着を起こし"衆人環視の場での姉妹による決闘"という一騒動にまで発展させた人物なわけだが……
──────そんな彼女が今、どういう理由か身体中が土塊・葉っぱ塗れの状態で倒れていた。
しかし身体の状態や受け答えの様子を見るに、どうやらダメージ自体は少なそうだ。
恐らくは彼女自身の風魔法により落下速度を緩和したのと、生い茂っていた草木が衝撃を吸収したおかげだろう。そうでなければ死んでいた筈だ。
「一体何が……」
「早く逃げないと……アイツが……!」
「アイツ……?」
蹲る自身の姉に対し事情を聞こうとレヴィンは屈む……が、当のレーニスは酷く震えながら何かをブツブツと呟いていて会話にならない様子。
反応から察するに、何かに追われているようだが……
「!!」
直後、アルスの脳天を強烈な殺気が貫く。見上げた先には此方に降り注ぐ鉄の破片の数々───────
『キィンッ!』『ガキィッ!!』『カァンッ!』
それら全てをアルスは剣で斬り払う。同時に仲間達もまた、手持ちの武器や防具を以て防いでいた。
「ほゥ……撃ち漏らした獲物を追って来てみれば、丁度良く手柄になりそうなのがゴロゴロいるじゃねェか」
突然の攻撃をなんとか凌いだ一行……だがその上空から不意に何者かの声が響く。
視線を向けた先、浮かんでいたのは大きな鉄塊────その上には鋭利な角が特徴的な一つ目の魔物が乗っていた。群青色の一等身に見合わぬ空気がヒリつくような魔力……どうやらいよいよ"上級魔族"のお出ましらしい。
「さっきまでより狩り甲斐ありそうな敵じゃねえか!!」
「皆気を引き締めろ!!コイツは強いぞ……!」
ここまでの戦いが消化不良気味だったのか、久々の大物との戦いに笑みを見せ斧を構えるウォルフ。その隣でアルスは仲間達に警戒を促すと共に自身も剣を構え直す。
「テメェらの首を土産に、あのクソエルフにリベンジを挑んでやる……────【緑の下】!!」
瞬間、戦いが始まった。
呪文と共に奴の後方────木々の隙間から一斉に無数の鉄屑が放たれる。打撃武器として使えそうな鉄塊から鋭利な形状のモノまで……まともに受ければ無事では済まないだろう。
「【風の通り道】!!」
しかし此方には規格外の魔力を持つ、魔法の撃ち合いに関しては最強格の味方がいる。その期待通り、彼女が放った突風は見事襲い掛かってきた鋼鉄の雨を全て跳ね飛ばした。
「悪りぃな……使わせてもらうぜ」
──────が、そこは敵も上級魔族。
跳ね返された自身の攻撃を旋回しつつ躱して、奴は身体から魔力を解き放つ。何かが来……
「グッ!?」
直後の事だった。
突然の視覚外からの衝撃にアルスは地面を転げ回る。同時に周囲から仲間達の悲鳴と呻きも聞こえてきた。
吹っ飛ばされながらも攻撃の正体を目で追うと、先に在ったのは──────先程倒した土魔人の残骸が宙に浮かぶ異様な光景。
原理は不明だが恐らく固有魔法……先程飛ばしてきた鉄屑と同じようにアルス達にぶつけたのだろう。
「先ずは……お前だァッ!!!!」
結果崩された此方の陣形……その隙に奴は瞬時に片腕に鉄屑の槍を形成し、一直線にレヴィンへと襲い掛かる。恐らく直前の攻防を受け、彼女こそが一番の脅威だと認識したのだろう。
「グッ!?なんだコイツ速すぎんだろ……ッ!!」
仲間の危機──────それを感じた時には既に身体は動いていた。
瞬時に鉄の槍ごと自身の腕を斬り飛ばしたアルスに驚愕を見せながらも腕を再生させ後退する一つの目の魔物……
その間に、仲間達は体勢を立て直していた。
「チッ、もういい……!コレで一気にケリを付けてやる!!」
しかしそこで敵の攻撃は終わらない。
気が付けば、奴は最初に吹き飛ばされた鉄屑を呼び戻し、土魔人の残骸と共にアルス達の周囲に一瞬で展開させていた。どうやら圧倒的な手数・物量を以てこの戦いに終止符を打つつもりらしい。
「じゃあな……オレが新たな英雄になるための礎となって──────死ね」
そして次の瞬間、攻撃が一斉に放たれる。
上下・前後左右全方位から絶え間なく襲い掛かってくる攻撃の嵐は、まるでかつて戦った上級魔族"シルク"の糸魔法を彷彿とさせる激しさだ。
「"風の奇跡"!!」
「【翠の庭園】!!」
……だが、アルス達の強さはシルクに成す術もなく敗北しかけた当時のままではない。
かつては守られるだけだったレヴィンの防御魔法が向かい来る攻撃の第一波を吹き飛ばし、新たに仲間に加わったシオンの放った矢が土魔人の残骸を媒介に、周囲一帯に植物の壁を展開して第二波を受け止める。
「【不全なる器】!!」
「なッ!?」
そうして生まれた僅かな弾幕の隙に、フィルビーが麻痺の魔法を撃ち込み敵の動きを止めてみせた。
後衛の少女達の活躍により、窮地が一転して好機に変わる──────その瞬間を、前衛二人は逃さない。
「「うおおおおおおおおおオオオオオッッ!!」」
アルスは剣を、ウォルフは新たに双剣を手に、それぞれ前方の敵に向かって一直線に駆け出した。刹那、此方の進路を妨害するように第三波の攻撃が放たれるが……そんな事は今のアルス達にとっては関係ない。
冒険を始めた当初のあの時とは違う。後ろの彼女達の力を信じ、託すことが出来る。だからこそアルスは今、ただ目の前の敵を討つために全力で前へと進むことが出来るのだ。
「なんなんだコイツら……ッ!?クソがァッッ!!」
降り注がれる鋼鉄嵐を的確に捌き、ひたすらに前進を続けるアルス達──────その姿は敵の目に恐怖そのものに映ったことだろう。
狼狽する奴を前に、アルスはウォルフに合わせるように剣を振り被り……一気に解き放った。
『『バキィンッッ!!!』』
仲間達がここまで紡いできた軌跡・想いを乗せた渾身の一撃……それは確かに打ち砕いた──────攻撃を放つ直前、突如として目の前に現れた鉄屑を。
「ガハッ……!ま、まだ……!!」
驚いた事に奴は、それまで攻撃に用いてた鉄屑を咄嗟に防御に転用することで直撃を回避したのだ。
荒技だが見事な機転……だが衝撃を全て吸収出来たわけじゃないようで、前方へと吹っ飛んだ一つ目の魔物は既に満身創痍の状態。もう一度攻撃の機会があれば確実に倒せるはずだ。
「ここで死ぬわけには……オレは……ッ!!」
……が、形勢が不利であることを察したのか、敵は即座に呼び寄せた鉄塊に掴まり戦場からの離脱を図る。
追撃しようにも距離が空いてしまった今では接近はおろか魔法すら届かない。
「クソ人間共が、覚えてろ……!次会った時はちゃんと殺してやる……!!」
何も出来ない此方を尻目に敵は一瞬で森の奥へと退避し、アルス達の視界から消え去る。
後に残ったのは樹海に響く……奴の憎悪に満ちた捨て台詞だけだった。
「た、たすかった……」
戦いが終わった後、不意に後方から聞こえてきたのは……それまでずっと座り込んでいたレーニス・トゥローノの声。
呆けた表情を浮かべ息を吐く彼女に対し、アルスはゆっくりと近づいて手を差し伸べる。その行為は、かつて彼女の妹にしたのと同じものだ。
「大丈夫か?」
「え、えぇ…ありがとう……それと、ごめんなさい……前に色々とその、ご迷惑をお掛けして……貴方達のこと、悪く言ったりして……」
此方の手を取ったレーニスの態度は以前会った時とは別人かと錯覚しそうになるほど、しおらしいものへと変わっていた。
それ程までに決闘で妹に負けたことが堪えたのか、それとも上級魔族と会敵したことで心が折られてしまったのか……
────どちらにしろ、今は彼女から事情を聞かねばならない。
「そんなことはいい……それよりも、一体何があったんだ?」
「えっと……私は神獣部隊と一緒にこの上の空で戦っていたんだけど、今の魔物に襲われてここまで落ちてきたの……それでこのザマよ」
「……そうなのか」
そう考えて話を聞いたところ、現在上空の人類連合軍と魔王軍の戦いは神獣部隊の活躍により此方側が優勢らしいことが判明した。
その情報にアルスは軽く安堵し、次にある確認のため「それで……」と再び口を開く。
「君はこれからどうする?また自分の持ち場に戻るのか?」
「それが飛行用の杖を失くしちゃって……アレがないと上手く飛べないの……だからもう、どうしようも……」
「それなら……俺達と一緒に行動しないか?」
「え?い、いいの……?」
結果、今のレーニスには居場所がないらしい事が分かったため同行を促してみると、彼女は目を丸くして驚いていた。突然の提案だったが周囲の反応を窺う限り、仲間達からも異存はないようだ。
「勿論だ……色々あったが、今は同じ戦場で戦う仲間だからな」
「あ、ありがとう……」
どの道、負傷している彼女を一人で放っておくことは出来ない上、彼女も中級魔導士である以上戦力にはなる筈────その判断の下での、アルスにとっては当然の提案だったのだが……それに対しレーニスは小さくお礼を述べるのだった。
こうしてレヴィンの姉"レーニス・トゥローノ"が一時期的に部隊に同行する事になったのだが……その直後、森から反響する程の大きな声が響き渡る。
『戦況を報告する!現在神秘の森に侵入した魔族は諸君らの活躍により各個撃破されているが……一部の区域では上級魔族が暴れた結果、森自体に被害が生じている!!』
その声は、開戦直後に指揮官としてアルス達に指示を飛ばしてきたスーヤ騎士団員のもの。降臨祭の時の巫女と同様の森全域にまで透き通る声で、戦況が次々と伝えられていく。
『よって各部隊は自然破壊された場所ではなるべく戦闘を避けるように!また上級魔族には迂闊に手を出さず、我々スーヤ騎士団員の指示の下で共に討伐に当たること!!』
報告を聞くに、他の場所でもアルス達と同様の激しい戦いが繰り広げられているようだが……やはり上級魔族の相手は苦戦しているみたいだ。
『そして現在敵と交戦していない者は、新たに敵が来るか指示があるまでその場に待機!以上、諸君らの健闘を祈る!!』
やがて最後の指示を皮切りに報告は終わり、森に反響する声は聞こえなくなった。どうやら一先ずはこの場で待機らしい。
アルスは改めて仲間達の調子を確認しようと周りを見回すが……
────────その時の事だった。
「きゃっ!」
「な、なに!?なに!?」
「今度はなんだよ!?」
突如として、轟音と共に激しく揺れ始める大地。唐突に訪れた異変に仲間達が動揺の声を上げる中、シオンが「アルス!アレ見て!!」とある方向を指差す。
「なんだ……アレは……!?」
アルスは自身の目を疑った。視線の先にはこれまでも見ていた神秘の森の景色の一端……だが、これまでとは明らかに異なる点が──────
『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッッ』
それは、まるで生きているかのように森自体が畝り始めている……不気味な光景だった。




