51話:敵敵敵敵敵
〜前回のあらすじ〜
巫女が発動した"転移の奇跡"の力により、神秘の森の上空へと移動した三人のエルフと魔王。
これまでの戦いとは規模の違う激しい戦いが繰り広げられるが、味方に有利なフィールド上で高範囲高火力の技を持つ巫女と接近戦において最強の騎士団長を軸にグラシアが援護することで、エルフ達は魔王との戦いを確実に優勢へと進めていく。
一方その頃、別の戦場では……
※今回はアミナス兵団所属の一魔導士による視点です
レーニス・トゥローノは焦っていた。
初めて経験する大戦────敵味方が入り混じる大規模な戦場に。そして、遠方から感じる強大な四つの力の反応に。
「はぁッはぁ…ッ!」
身体中から嫌な汗が止まらない……こんな事は生まれて初めてだった。
彼女はこれまでの人生、何事も卒無くこなしてきた。
魔法学校にて優秀な成績を収めて中級魔導士となり、武勲を立てる為に入団したアミナス兵団では持ち前の魔力の操作精度の高さで活躍した。
風の飛行魔法による高速移動で偵察任務等を何なくこなし、戦闘が発生すれば敵の攻撃が届かない遥か上空から一方的に雷魔法を落とす……それが通じない強敵には躊躇なく撤退の選択を取るだけ。
そうやって彼女は今日この日まで、効率良く戦果を上げてきた。
────だが、今日の戦場は今までとは違った。
「グオオオォォォォッ!!!」
「ひっ!!」
今目の前に広がるは、彼女の独壇場だった上空を無数の魔龍族が飛び交う光景。
上も下も、右も左も……
敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵
交錯する魔法、悲鳴、怒号……その全てがレーニス・トゥローノの体力・精神力をジリジリと削り、追い詰めていく。
「危ない!!」
「え!?」
やがて憔悴し集中力が切れかけた時……不意に聞こえてきた声に振り返ると、眼前には自身に向かって襲い掛かる魔龍の姿。
防御魔法の生成が間に合わない──────自身に迫る"死"を前に、レーニスは思わず目を瞑ってしまう。
『ザシュッ!!』
しかし痛みが来ることはなく、恐る恐る目を開けると……その先には斧を構え、神獣に跨るエルフの騎士の姿があった。
どうやら庇われてしまったらしい。
"グリフォンナイト"
鷲の上半身と獅子の下半身を持つ神獣グリフォンを用いた兵種の一種であり、大国アミナス教国が誇るスーヤ騎士団の主戦力の一角。
空中での高い機動力から一撃離脱戦法を得意とし、その速さを活かした回避力・攻撃力の高さから空における騎馬と呼ばれている。
また巡回・偵察任務にも重宝され、その万能さから聖地・アミナス教国において"神秘の森"に並ぶ国防の要として扱われている。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
魔龍を倒し、尚戦闘を続けながらも此方に声を掛けてくる飛行兵。
本来であれば彼等の援護をするのが自分の役目なのだが、逆に守られ心配されている始末……
──────出来損ないだと侮っていた自身の妹……レヴィン・トゥローノに決闘で負けた時と同じか、それ以上の屈辱にレーニスは打ちのめされていた。
「私だって……私だって……!!」
あの日から、悔しさをバネにするが如く彼女は必死に訓練に打ち込んだ……だというのに今突き付けられてるのは、大規模な戦場では自分は足手纏いだという受け入れ難い現実。
飛行魔法という優位性を敵味方共に同様に持ってるこの戦場では、レーニス・トゥローノという人間は凡庸な一魔法使いでしかなかったのだ。
「新手が来るぞ!気をつけろ!!」
「!!」
そんな彼女に追い討ちを掛けるように、目の前に新たな敵影が現れる。
「なに……アレ……?」
それは、今まで見たことがない奇怪な魔物だった。
魔物……どころか生物とさえ言っていいのか、見上げた先に浮かんでいたのは鉄屑を凝縮したような鋭利な銀色の塊。
「皆気を付けろ!!コイツは強い……!」
飛行兵が武器を構え、周囲の味方に警戒するよう呼び掛ける。
その言葉通り、奴からは強い魔力反応が感じられた。
手配書にはいなかった筈だが、恐らくは上級魔族かそれに匹敵する怪物……また新種の魔物だろうか?
「【竜の息吹】!!」
「【風の通り路】!!」
考えている内に戦闘は始まる。
味方の魔導士達が敵に向け放ったのは炎と風の複合魔法。
それに負けじとレーニスも杖を構えて詠唱する。
「【雷神の怒り】!!」
瞬間、雷鳴が轟き白い閃光が視界を覆う。
上下左右、全方位からの一斉攻撃──────たとえ上級魔族だとしても、これだけの攻撃を浴びせれば……
「がっ……」
「うっ……」
「え?」
そう思った直後の事だった。
突如起こったのは、周囲の魔導士達が呻きと共に血を流して落下していく不可解な現象。
全員が全員優秀な風魔導士……彼らが力を失った鳥のように次々と散っていく異様な光景にレーニスは強い恐怖心を覚える。
「待って……嘘でしょ……」
更に最悪な事に、奴はまだ生きていた。
視界が晴れた先……レーニスの瞳に映ったのは奴を覆うように無数の鉄塊が浮かぶ異質な光景。
妙な事に、奴自体は先程に比べて体積が小さくなっている。鉄屑の一部を切り離して此方の魔法を防いだ……?
「来るぞ!!」
事態はそんなレーニスの思考を待ってはくれない。
次の瞬間、浮遊していた鉄塊が一斉に此方に向け放たれ────────
「ぐぁッ!!」
「ぎゃあッ!!」
「うっ!!」
一方的な殺戮が始まった。
四方八方から飛んでくる銀色の嵐……ある者は滅多打ちにされ、ある者は首を斬られて鮮血を散らし地上へと堕ちていく。
その様子は先程見た不可解な現象と同じものだ。
「くっ……!」
咄嗟に風の防御魔法を全面展開して場を凌ぐレーニス─────が、その間も鋼鉄の嵐は自身を狙ってるかのように周囲を舞い続けている。
風浮遊魔法の維持に魔力を割いてる今、これ以上防御魔法の出力強化は出来ない。
だが、このままでは防御魔法を解いた瞬間八つ裂きにされる……こうなってしまうともう、魔力が枯渇するまでの時間の問題だ。
「うぅ……ッ」
出現してから僅かな時間で一つの部隊を壊滅まで追い込む圧倒的な力……これが"上級魔族"……!!
妹は……レヴィンはこれまでこんな怪物を相手にして、倒してきたのか────────
名門貴族の生まれにして、アミナス兵団の一魔導士であるレーニス・トゥローノはそこで漸く自身の認識の甘さを痛感し……絶望を抱えて終わりの時を待った。
「【風の精霊の息吹】」
────そんな風に全てを諦めかけた時、不意に歌声のように綺麗な詠唱が耳に届く。
その声はグリフォンに乗っていたあのエルフのもの……鋼鉄嵐の中、彼女は生きていたのだ。
『ビュオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!』
詠唱による奇跡で起きた突風が周囲の鉄塊を無理矢理に巻き上げる。
敵の魔力が作用している物体をあれだけ……凄まじい奇跡の力だ。
『カァンッ!』『ガキィッ!!』『ガァンッ!!』
次に起こったのは鋼鉄同士による激しい衝突。
飛行兵が反撃として放った鉄塊群を、敵は自身から新たに分離したそれを盾状に展開して正面から受け止めたのだ。
「はあああああッ!!」
しかしその行動は恐らく彼女の想定内……
鉄の盾が前面展開された一瞬で飛行兵は奴との間合いを一気に詰め、盾の目前で急上昇────その手の斧を盛大に振り被った。
先程の攻撃は、敵に接近するための囮だったのだ。
『バキャア……ッッ』
渾身の力を以て振り下ろされた斧が上げたのは強い衝撃音。同時に鉄屑で出来た敵の身体がボロボロに崩れ散ってゆく。
勝った、助かった。
戦闘を終え、レーニスは漸く心の底から安堵を見せる。
多大な犠牲を払った上級魔族との戦い……その結果は飛行兵の活躍により、なんとか勝利に終わった。
──────そう思い、防御魔法を解除した直後……事態は一変する。
「グオオオオオオオオオオオォォォ!!!」
飛行兵の渾身の一撃の後、突如として轟いたのは劈くような咆哮。
同時に分解していく鉄屑の中から奴の本体と思われる魔物が姿を現す。
ソイツは落下しながらも最後の悪足掻きかの様に魔力を解放し、周囲に残った鉄屑を一斉に全方位へと放った。
「え!?」
瞬間、レーニスの視界は反転し平衡感覚が激しく狂う。
奴の放った攻撃が、自身が跨っていた長杖に命中して体勢を崩されたのだ。
「レーニス!!」
一方でグリフォンに跨ったエルフの騎士の方はそれらを難なく捌き無傷な様子。
最後まで警戒を解かず斧を構えていた彼女と、油断して防御魔法を解除してしまったレーニス────慢心・経験の差……二人の命運が明確に分たれた瞬間だった。
「きゃああああああああああああッ!!!」
レーニスはそのまま体勢を立て直すことが出来ず、先に逝った仲間達と同様に地上へと真っ逆様に落ちていく。
彼女の耳が最後に捉えたのは、自身の名を叫ぶ飛行兵の声だけだった。




