44話:降臨祭
〜前回のあらすじ〜
城塞都市クヴィスリングでの戦いの報告、トーキテ王国領主であるクス伯爵伯爵の告発。
かねてより大陸の中心である宗教国家アミナス教国に訪れる理由となった二つの目的は達成された。
そしていよいよ……一年に一度のアミナス教の祭事"降臨祭"が幕を開ける事となる──────
「ママ!わたあめ食べたい!」
「このクジほんとに当たり入ってんのかよおっちゃん!!」
「あっちで綺麗なチャンネーエルフの舞踏見れるってよ!!」
「魔的やってるよ〜!当てたら豪華景品!!」
「遂に生の巫女様を見れる日が……」
「俺はグラシア様を拝みたい!あの冷たい目で蔑まれてぇ〜」
────降臨祭当日、聖地・アミナス教国は多くの人々の姿で溢れ返っていた。
その中には人間だけでなく普段よりも数多くのエルフ族の姿もある。
聞いた話によると、普段は都市外の神秘の森にある集落に住んでいるエルフ達もこの日ばかりは都市部へと集まるらしい。
普段の宗教国家然とした荘厳かつ物静かな雰囲気とは異なる賑わいっぷり……その差異にシオンが「まるで違う国みたい」と感嘆の声を上げる。
全ての始まりの国────アミナス教国の建国記念日にして、女神が依代たる巫女の身に降臨する一年に一度のこの日……
それがアミナス教国の民だけでなく大陸全土の人間にとって特別な意味を持つことは、視界に広がる人集りを見れば明らかだった。
「おーい!オメーら!」
「待たせたわね!」
そうやって感慨に浸っていた時、不意に聞こえたのはよく知っている仲間の声。
見れば、街中に並ぶ屋台群からレヴィンとウォルフが駆け寄ってくる光景が目に入る。
その手には買い込んだのであろう飲食物があった。
大柄なウォルフはともかく、アルスより遥かに小さい目の前の少女が食べ切れるとは……とても思えない量だ。
「大分買ったな……全部食えるのか?」
「お腹、壊しちゃいますよ?」
当然心配してフィルビーと共に声を掛けると、金髪の彼女は口をへの字に曲げて「ばか、みんなの分もあるに決まってるでしょ!」と串付きのソーセージを突き出す。
「いや俺は……むぐっ」
「つべこべ言わないの!アルスもフィルも普段あんま食べないんだから!」
「そうだぞ!食え食えオメーら!」
「ちょっとレヴィン……ウォルフさんも、強引過ぎますよ」
「あははっ!ま、今日くらいはいいんじゃない?」
思わず遠慮するも口を無理矢理に塞がれるアルス。
その光景にジト目でレヴィンとウォルフを窘めるフィルビー。
対照的に笑いながら見るシオン。
────アルスは内心少し呆れながらも、幸せな想いを噛み締め……出かかった言葉をソーセージと一緒に飲み込んだのだった。
・・・
祭りをある程度楽しみ、日が落ち始めた頃……アルス達はヤーラ大聖堂で催される舞踏会に備え、一度宿に戻って衣装を着替え直した。
「チッ…動き辛ぇな」
「まぁ我慢するしかないな」
アルスはというと、事前に女性陣に見繕ってもらった燕尾服なるものを身に纏っていた。
ウォルフが愚痴る通り普段の服に比べて窮屈だが、舞踏会には上流階級の人間も多く集まる。
故に我慢するしかないのだが……練習した通りに動けるだろうか、とアルスの胸中に不安が渦巻く。
「お、お待たせ……!」
「わぁ!お二人ともすごく似合ってますよ!」
「かっこいいよ!アルス」
────が、そんな小さな悩みは華やかなドレスで着飾った女性陣の登場と共に露となって消えた。
レヴィン・フィルビー・シオン……三人共それぞれ趣向は異なるが、普段とは違うドレス姿は新鮮でかつ女性としての魅力を最大限引き上げている印象を受ける。
その中でも特に目を引いたのは……
「ど、どうかな……?」
恥ずかしそうに朱に頬を染めながらも上目遣いで感想を求めるレヴィン。
いつもの学生服とは違う、可愛らしいフリルの付いたドレス姿……それだけでも興味深いが、普段勝ち気な彼女のしおらしい態度も相まって、その魅力を何倍にも増していた。
「に、似合ってる……と思うぞ」
アルスが正直な感想をぎこちないながらも伝えると、彼女は見せたのはホッとしたような笑顔。
それを見れただけでも、降臨祭に参加してよかったと赤髪の青年は思った。
・・・
そして夜……遂に一般へと解放されたヤーラ大聖堂────その大広間にて繰り広げられるは、多種多様な人種による美しい舞踏。
アミナス教国に住む人々だけではない。
各国の王族・貴族と思われる人達も皆一様に笑顔を浮かべて楽しそうに踊っている。
まるで人種や身分の差などないかと錯覚しそうになるほど、その場は幸せな空気で満ち溢れていた。
アルスもまた、仲間達と共に幸福の輪の中へと入り…… 時に相手を変えながら踊りを楽しんでいた。
こういう場に慣れてないこともあり、もっと緊張するかと思っていたが、思いの外上手に踊る事が出来ていた。
練習の成果だろうが、女性陣がヒールを履いたお陰で身長差が縮まった影響もあるのかもしれない。
────そんな風に心の底から仲間達とのダンスを楽しんでいた時、不意に彼女が小さく囁いてきた。
「アルス……ちょっといい?」
・・・
「わぁ……やっぱ綺麗……!」
「あぁ……すごいなこれは」
舞踏会の途中、レヴィン・トゥローノから連れられてきたのは大聖堂の側廊テラス。
そこからの景色は文字通り絶景の一言。
夜空には眩い月明かりに星屑が散らばっており、その下の街並みに灯る明かりの数々はまるで星達が地上に降りてきた跡の様。
その外側には広大な自然────神秘の森がどこまでも深く、深く広がっており……壮観な光景を形作っていた。
まだ舞踏会の途中だからか、周囲に他の人の姿はない。
故にこの美しい夜景を楽しんでいるのは今、アルスとレヴィンの二人だけ。
二人だけの世界だった。
「それで……話ってなんだ?」
「……アルスはさ、優しいよね」
「……?」
舞踏会を抜け出してこの場に連れて来た理由を聞こうとしたところ、返って来たのは意外な返事。
イマイチ呑み込めない彼女の真意────返す言葉が見当たらず、無言で視線を向けて続きの言葉を促すと……夜風に長い金髪を揺られる彼女は、前の景色を見つめ続けたまま改めて口を開いた。
「私の我儘に付き合って一緒に踊ってくれたり、今だって舞踏会の途中で抜け出してここまで来てくれてさ……」
「……」
「それだけじゃない……初めて会った時、私アナタにすっごく酷い事をした……それなのに、私を見捨てないで守ってくれて、褒めてくれて……ここまで連れてきてくれた」
「そんなの……仲間なんだから当然だ」
「そう……アルスは、私が仲間だから優しくしてくれるんだよね」
その内容は彼女からアルスへと贈られた今までの感謝。
────思えば、初めて会った時に差し伸べた手を振り払われた時から随分と遠い場所まで来た気がする。
感傷に耽りながらも返事をすると、彼女は「でも……私にとってはそれだけじゃないの」と言葉を続け、此方に向き直った。
「私は……アルス、あなたのことが好き」
次の瞬間、勇者の思考は止まった。
何を言われたのか理解出来ない。
自分の耳を疑う。
「強くて、かっこよくて、優しくて……仲間のために頑張っているあなたの事が大好き」
そんな彼に構わず、彼女は息を吸って思いの丈をぶつけ続けてくる。
そこで漸くアルスは、今の言葉が幻想でも幻聴でも聞き間違いでも勘違いでもない事に気付く。
「お願い……私の恋人になって」
愛の告白────アルスへと想いを伝えた彼女……レヴィン・トゥローノの顔は、薄暗い月明かりの照明の中でもハッキリと分かるくらい赤くなっていた。




