41話:一角獣の騎士の思惑
〜前回のあらすじ〜
ひょんなことから大陸中央のアミナス教国にて再会してしまった名門貴族の姉妹────レヴィンとレーニス。
レーニスがアルス達を侮辱した事から始まった決闘……その結果はこれまでの努力と戦いの経験により、レーニスが想定していなかった成長を見せたレヴィンの勝利となる。
周囲が湧き上がる中、この決闘を仕組んだ人物は……
※今回はスーヤ騎士団所属のエルフであるグラシアが視点の話です。
「ご苦労だったな、レーニス」
「グラシア様……私は……ッ」
決闘を終えた自身の部下───レーニス・トゥローノに、立会人を務めたグラシアは労いの言葉を掛けた。
ずぶ濡れではあるが、見たところ目立った外傷はない……が、当の声を掛けた彼女は酷く怯えた顔を見せる。
それも当然だろう────上司である自身、果ては公衆の面前で無様に敗北する姿を晒してしまったのだから。
そしてその状況を作り出した張本人は……他でもない、決闘を容認した上ここまでの観客を集めたグラシア自身だ。
「責めはしない……レヴィン・トゥローノは強い魔法使いだった」
心を痛めた一角獣の騎士は少しでもレーニスの心が軽くなるよう言葉を掛けつつ、今回の決闘の内容を振り返る。
最初の攻防────レーニスが放った大技をレヴィン・トゥローノは全開出力よりも抑えた防御魔法で防ぎ切った。
自身の防御魔法に余程自信があったのか、魔法の威力を知っていたのか……いずれにせよその事が原因でレーニスは彼女の防御魔法の範囲を誤認し、敗北に繋がった。
「ごめんなさい……私、アミナス兵団の名誉に傷を……」
物思いに耽っていた最中、不意に聞こえてきたのはレーニスの謝罪の言葉。
敗北した責任感からか……いずれにせよその謝罪は見当違いだと、震えた声にグラシアは首を横に振った。
「……上級魔族を三体も討伐した有望な魔王討伐隊の隊員に負けて、何の傷が付く?」
「え……」
その反応にレーニスは唖然とした表情を見せる。
まるで言われた言葉の意味が分からない……とでも言いたげな反応だ。
「今回の決闘……敗因があるとすれば、相手に下を見て油断した事かもしれないな」
────その根底にあるのは、恐らくは魔王討伐隊という存在そのものへの差別意識。
「私は油断なんか……」
「相手の力量を測るために放ったであろう雷神の怒りはともかく、その後もお前は魔力量の差を考慮せず攻め続けた」
「……!!」
グラシアを相手に珍しく不服そうな顔を見せながら反論するレーニス。
そんな彼女に窘めるように言葉を続けた瞬間、身体をビクッとさせて言葉を詰まらせた。
きっと図星だったのだろう。
「その結果、魔力切れに追い込まれ……勝負を焦ったお前は迂闊にも自ら突っ込み足を掬われた、というわけだ」
お互いに条件は同じだった筈。
離れていた期間に成長したのはレヴィン・トゥローノだけではない。
ならば、勝負の明暗を分けた要因は……
「普段のお前ならもう少し用心した筈……それが出来なかったのは無意識に相手を侮っていたから……そうではないと否定出来るのか?」
────冷静に相手を分析した妹と相手は何も変わってないと決めつけた姉……その差にあったのではないか。
「……ぅ」
「実戦ではそういうところが命取りになる……肝に銘じておくといい」
グラシアの指摘にレーニスは何も言い返さず……ただ蹲っていた。
最早言う事は何もない────そう考えたグラシアは最後に忠告だけ残し、その場を去ろうと歩き出す。
「うぅ……ッ」
その時、後ろから聞こえたのはレーニスの嗚咽。
聖地・アミナス教国を守護するアミナス兵団の魔導士としては、些か情けないその姿にグラシアは……
「……」
────完全に戸惑い、固まっていた。
グラシアとしては彼女が今後、痛い目を見ないようにするための助言のつもりだった。
しかしよくよく考えれば彼女はまだ若い。
決闘の敗北直後で心が安定していない時に精神的負荷を掛けすぎただろうか……?
そんな風にどうしていいか分からず、ただ呆然と立ち尽くしていた時……
「レーニスさん!大丈夫ですか!?」
「ずぶ濡れじゃないか……立てるか?」
何人かがレーニス・トゥローノの元へと駆け寄った。
それは……先程まで決闘を観戦していたレーニスと同じ部隊の者達。
「貴方達……どうして」
彼等に対しレーニスは不思議そうにしながらも、貴族としてのプライドか……涙を見せまいと顔を背け目頭を拭っていた。
「どうして?仲間じゃないか!当然だろ」
「惜しかったな!お前もよく頑張ったよ」
「アイツらに負けないよう訓練頑張らなきゃな!」
それでも彼等は臆さず彼女に近づき、温かな声を掛けながら肩を貸す。
その行動にレーニスは「…ふ、ふん、当然よ……!」と強気に返しながらもされるがままだった。
強がりだろうが、あの調子ならもう大丈夫だろう。
「……ふぅ」
一連の騒動を終えて、一角獣の騎士はホッと胸を撫で下ろす。
「あの御方の仰られた通り……上手くいったな」
今回の決闘、レヴィン・トゥローノの実力については想定以上だったが、結果については概ね予想通りだった。
周囲の活気や先程の兵士達の奮起した発言を見るに、この敗北を受けてアミナス兵団はより一層強くなることだろう。
勇者アルス一行のスーヤ騎士団への勧誘の話を噂として流した事を始め、裏で色々と動いた甲斐があった。
「全ては大陸の平和ために……」
────そして、女神様のために。
訓練開始時刻を前にして既に活気溢れるアミナス兵団所有の訓練場の中、スーヤ騎士団筆頭格のエルフ……グラシアは大空を見上げて静かに呟いたのだった。




