37話:スーヤ教の巫女レイア
〜前回のあらすじ〜
エルフ族により治められる始まり国────アミナス教国。
大国に連れて来られた勇者アルス一行は、大陸最強と名高いスーヤ騎士団からこれまでの戦いに関する事情聴取を受けた後……これまでの戦いの疲れを癒すべく各々自由に活動する。
そんな風に久しぶりの平和な日々を過ごしていたある日、アルスの下に一通の手紙が届く。
「……まだ来てないようだな」
「流石に早く来すぎたかもね〜」
「でも……ほんとに凄く立派な建物です……!」
────アルス達が宗教国家アミナス教国へ来てから数日……一行はある人物に呼び出され、入国初日にも訪れた白を基調としたお城を彷彿とさせる建物の前に集まっていた。
"ヤーラ大聖堂"
この国の首都ヤーラに位置するスーヤ教の本部にして、その象徴たる巫女が棲まう城の役割も兼ねているという巨大な建築物。
降臨祭等の特別な行事を除き、スーヤ教の司祭以上の聖職者やスーヤ騎士団員以外の立ち切りは基本的に禁じられている。
「グラシア様……一体何の用なのかしら?」
「遂に伯爵の野郎をとっ捕まえたんじゃねえか?」
「流石に来国してくるにはまだ早すぎると思うが……」
「あ、待って!来たみたい!」
そんなわけで仲間達と話しながら待機していると、不意に大きく響いたのはレヴィンの声。
その視線の先には────アルス達を呼び出した件の人物……グラシアの姿があった。
大陸最強のスーヤ騎士団の筆頭格にして、一角獣に認められたエルフ……
その肩書きと此方を見下ろす長身、そして冷たい色の瞳により対面すると思わず威圧感と緊張を覚えがちだが、実際には物腰の柔らかい人物であることを短い関わりながらアルスは知っている。
そんなアルスの思い浮かべた印象の通り、彼女は「すまない、待たせたか?」と気遣いを見せる。
その問いにアルスが首を横に振ると、エルフの騎士は「そうか……では、このまま私に付いてきてくれ」と後ろに一纏めにした金髪を靡かせながら大聖堂の方へと足を向けた。
「えっ……もしかして大聖堂の中に……?」
「聖職者の端くれとしては夢みたいですが……いいんでしょうか?」
本来であれば司祭でもスーヤ騎士団員でもないアルス達はまだ入ることは許されない筈────当然のように上がるレヴィンとフィルビーの疑問の声に、グラシアは「大丈夫だ」と返し、更に言葉を続ける。
「……レイア様が君達に直接会いたいと仰っている」
レイア────初めてこの地に訪れた日、今から招かれる建物の一室から姿を覗かせていた少女の名。
大陸中で信仰を集めるスーヤ教の最高指導者にして、この世界で唯一女神の啓示を受ける事が出来る巫女だという。
……そのような存在が一介の魔王討伐隊である自分達に会いたがっているという話に、アルスは当然首を傾げる。
「巫女が直接……?」
「疑問を抱くのも当然だろうが、会えば分かる……お優しい方だが、一応言葉遣いに気をつけて貰えると有り難いな?」
「なんで俺を見んだよ……」
そんなアルスの疑問を余所に、突如向けられたグラシアとレヴィンの視線にウォルフは気まずそうに顔を逸らしていた。
……だが、これから会う相手が大国アミナス教国における実質的な王であることを踏まえれば、二人の懸念は最もなものと言えるだろう。
それどころか大陸中央諸国を支配下に置いているこの国の最高権力者は、大陸タルシスカにおける皇帝と言っても過言ではない。
エルフ族であれば容姿と実際の年齢に乖離はあるのだろうが、肩書きの重さに似つかわしくないあの麗しい少女は一体何を考えているのか、どんな人物なのか……
────そんなことを考えている内に、間も無く謁見の時はやってきた。
「レイア様……件の勇者一行を連れて参りました」
大聖堂の奥へと進み、『ギッ……』と重い音を立てて扉が開かれた先……
目の前には、あの時の美しい少女が静かに佇んでいた。
サファイアの宝石を思わせる綺麗な瞳、鮮やかな空色の長髪、一見儚げながらも慈愛に満ちた表情……
それらに一瞬また目を奪われかけたが、先頭に立つグラシアが胸に手を当ててお辞儀をしたのに倣い、アルスも仲間と共にお辞儀をして名乗る。
「……お顔を上げて、楽になさってください」
僅かな空白の後……聞こえてきたのは透き通るような声。
通常であれば国の権力者に同じようなことを言われても緊張は解けないであろうが、その優しい声色のおかげか不思議と少し気が楽になった感覚をアルスは覚える。
「ぅーん…?」
「……!?」
────そうしたのも束の間、レイアと呼ばれた少女は突如として驚くべき行動を取る。
「……あの、何か……?」
「ん?あぁ、ごめんなさい……良い顔をしてるなぁ、と思いまして……」
悠然と此方に歩み寄ってきたかと思えば、なんとそのままアルスに密着してしまいそうな距離まで近づき……まじまじと顔を見つめてきたのだ。
余りの不意打ちに結局緊張してしまい思わず顔を逸らすと、美しい少女は申し訳なさそうに距離を取りながらも胸に手を当て……改めて口を開く。
「初めまして、私の名はレイア……スーヤ教の巫女を務めております」
……直後、訪れたのは静寂の間。
分かってはいた事とはいえ、改めてその名を名乗られると大陸に住む者としては身体を強張らせざるを得ない。
「そんなに畏まらないでください……今日はあなた方を讃えるために呼ばせて頂いたのですから」
そんなアルス達の思いを察してか、レイアは口元を隠して笑うと……軽く息を吸って続きの言葉を紡ぎ出す。
「"魔王軍の参謀シルク"、"紅い竜巻フラスト"、そして"黒鉄のザヴォート"……三体もの上級魔族を討った功績を認め、アルス・フェルシングとシオン・フェルシングの二名には上級魔導士の資格を、レヴィン・トゥローノ、ウォルフ・ソリダン、フィルビー・マーガレットの三名には中級魔導士の資格を与えます」
────その内容は、アルス達の昇格を意味するものであった。
魔法使いは魔族と同様に下級・中級・上級に分けられており、中級魔導士から一人前として認められる。
階級が上がればその分高難度の任務を受けられるようになり、達成した時の報酬も大きいものになるという制度だ。
「ウォルフさんとフィルビーさんについては正式な魔王討伐隊の隊員ではなかったとの事なので、今回我が国で新たに隊員として登録させて頂きました」
アルスとシオンの二人は以前から魔王討伐隊として活動して実績を積み上げることで中級魔導士となっていたが、レヴィンは学生の見習い魔法使いという立場から、ウォルフとフィルビーは孤児だったことから三人は下級魔導士のままだったのであろう。
つまり、今回の上級魔族討伐の件で一行は魔法使いとしての階級が一段階上がったことになる。
……そんな風に考えていると、話を続けていた巫女は今度フィルビーの方に顔を向ける。
「そしてフィルビーさん……貴方には司祭の任を与えたいと思います」
「わ、私が…ですか……?」
「……マーガレット司祭は素晴らしい御方でした」
「え……もしかして先生の事を……?」
「えぇ、今回の訃報は大変残念に思います……フィルビーさん、どうか彼の意志を継いで人々を救ってください……!」
「は、はい……!私、頑張ります……!」
「ありがとうございます……貴方の選択が希望に繋がるよう、私も祈ってます」
話を聞くに、どうやらフィルビーは聖職者としての階級も上がったらしい。
彼女の答えに対し満足げに頷くと、レイアは改めてアルスを見つめ「さて…ここからが本題なのですが、アルス隊の皆さん……」と真剣な面持ちで言葉を続ける。
「────スーヤ騎士団に入りませんか?」
「!?」
「えぇっ!?」
「は!?」
……それは、驚くべき提案だった。
スーヤ騎士団────大陸最強と謳われ、兵役に就く全ての人間に憧れられている騎士団。
神の一族であるエルフ族か極一部の上級魔導士しか入団が許されない精鋭部隊に、一介の魔王討伐隊を入れようというのだ。
当然の如く動揺を見せるアルス達に対し、目の前の巫女は目を伏せて「アルスさん、シオンさん、ウォルフさんの三名には特に哀しいお知らせだと思いますが……」と言葉を続ける。
「……現在、大陸北部は全て魔族の支配下になってしまいました」
「……!」
────その事実に、不思議と衝撃は受けなかった。
なんとなく……そんな気がしていたからだ。
アルスが勇者カリヴァと共に戦っていた時……いや、それ以前からずっと大陸北部は度重なる魔王軍との戦いにより疲弊し窮地に陥っている状況だった。
「近年、以前に比べて魔王軍の侵攻が激しくなり我々も苦戦を強いられています……皆さんの様な有望な魔導士が新たに入ってくだされば頼もしいのですが……特にアルスさんとシオンさんのお二人はあのカリヴァ隊の面々ですし」
「……知っていたのですか」
「最強の魔王討伐隊の勇名は私達エルフの耳にも届いておりましたから……実際にお会いするのは今回が初めてですが」
「お褒めに預かり光栄です……一つだけ、失礼を承知でお伺いしてもよろしいでしょうか?」
……だが、アルスとは裏腹にシオンとウォルフの二人は故郷を全て奪われてしまった事に苦い表情を浮かべていた。
重い空気の中……巫女から差し伸べられた手を取る前に、アルスはふと沸いた疑問を解こうと口を開く。
「自分が知る限り、スーヤ騎士団は魔族との戦いにおいて常勝無敗の最強の騎士団だったはず……それなのに何故、魔王軍の侵攻は一向に止まる気配を見せないのでしょうか?」
「常勝無敗……は少々誇張されていますが、この大陸での戦いで我々スーヤ騎士団が負けたことがないのは事実です……それでも大陸北部を制圧された理由は、ひとえに魔王の存在にあります」
その質問に対し、レイアは一呼吸置いて答えを口にする。
「"星の産声"────あらゆる生命を生み出す神に匹敵する力……それが魔王ハイルが操る魔法なんです」
アルスは息を呑んだ。そんな魔法など聞いたことがない。
魔法で超常現象を起こすこの世界であってさえ、命を生み出す力というのはあまりにも現実離れしているように聞こえた。
「どんなに倒しても無尽蔵に増える戦力……魔王はその力で今の魔王軍を形成し、我々が一つの国を守る間に圧倒的な兵力で二つ、三つと国を滅ぼし今の盤面まで追い込んできたのです」
そこまで聞いてアルスは腑に落ちる。
スーヤ騎士団は少数精鋭の騎士団。
多方面に同時展開してくる魔王軍に対し、そもそもの兵力差が余りにも大きかったのだ。
「幸い地理の優位から大陸中央はこれまで守れてこれましたが……防衛線の一つだったクヴィスリングが墜とされた現在、いつ均衡が崩れてもおかしくありません」
そのような状況下でもこれまで大陸中央への魔王軍の侵攻を防げたのは、彼女の言う通り大陸の中央と北部を隔てている海域の影響が大きかったのだろう。
「これらの話は公にはしていません……下手に広めれば民に不安を与えかねませんから」
無限に増える敵の戦力、奪われた大陸北部、大陸中央を守る砦の一つの陥落……
確かに、これらの要因が重なれば自軍の戦力を増強し早急に手を打たねばならないと考えるのが当然だろう。
────全てが明かされた後、スーヤ教の巫女……レイアは先程と同様の問いを改めてしてきた。
「改めてお聞きします……スーヤ騎士団に入り、私達と一緒に戦ってくれませんか?」
「……」
場に再び静寂が訪れる。
彼女からの話に、勇者アルスは目を閉じて長考し……やがてゆっくりと口を開くのだった。




