35話:自由行動
〜前回のあらすじ〜
宗教国家アミナス教国へ連れて来られた翌日、アルス達はスーヤ騎士団からこれまでの戦いについての事情聴取を受ける。
その結果、紆余曲折を経て上級魔族を倒した戦果を認められる事と暗殺者をけしかけてきたクス伯爵の告発に成功する。
その後───話し合いの中で魔族が人を攫っている話や、攫われた人が魔物に変えられている可能性……そしてその成果こそ人型の魔物であり、城塞都市クヴィスリングを襲った敵の一人である''赤黒い布の騎士"がその正体である可能性が浮上する。
証拠のない憶測に対し様々な思いが渦巻く中……一先ず赤黒の騎士を倒すことが先決だという結論に、一行の中で落ち着いたのだった。
「用事は終わったけど、これからどうするの?……もうアミナス教国を出る?」
話し合いが一段落した後、不意にポツリと呟やかれたのはレヴィン・トゥローノの言葉。
彼女の疑問に答えるべく、勇者アルスは首を横に振って口を開く。
「いや……伯爵の裁判に証人として呼ばれる可能性があるから、もうしばらくは滞在していてほしいそうだ」
「えっ!じゃあしばらくはここにいていいのね!やったぁ!」
すると、レヴィンは飛び上がって喜びを表現する。
その様子を見て、アルスは今朝方彼女が宿の部屋がすごく綺麗だっただの、お風呂が気持ち良かっただの、柔らかいベッドでぐっすり眠れただのと……嬉しそうに報告してきた事を思い出した。
野宿が基本だった旅の中、久しぶりにしっかりとした環境で休息を取れるこの国は貴族出身の彼女にとって居心地が良いのだろう。
「ね、せっかくだからさ……降臨祭にも参加していこうよ!」
そのように考えていた時、彼女が人差し指をピンと立てて提案してきたのは───アミナス教国の祭事への参加。
"降臨祭"
聞いた話によると、アミナス教国の建国記念日で女神から巫女に啓示が与えられるとても有難い日らしい。
当日には大聖堂の中の一部が一般公開され、夜には舞踏会が開かれる等華やかな催しとなるそうだ。
「おいおい浮かれすぎだろ……俺達ゃ討伐隊だぞ?」
それに参加しようという彼女からの提案に釘を刺したのは戦士ウォルフ。
呆れた様子を見せる彼に、アルスは「まぁいいじゃないか、たまには息抜きも必要だ」と声を掛けて言葉を続ける。
「上級魔族討伐の報酬のおかげで、当分は生活に困らなそうだしな」
今日の事情聴取の結果、他の者に聞き取りをして問題が発生しない限りは二体の上級魔族を倒したことが認められ、相応の報酬が支払われるらしい。
尚、ヴァイゼン村で倒したシルクと奴が率いていた魔族の群れに関しては、クス伯爵の拘束後に取り調べをして戦果の詳細な確認するとのこと。
「改めてほんとすごいわね……上級魔族を短期間のうちに三体も倒しちゃうなんて」
「でしょ!私達頑張ったんだから!」
ここ数ヶ月のアルス達の戦果に感心するシオンに、レヴィンは胸を張る。
────初めてこれまでの出来事を話した時、シオンはとても驚いていた。
それもその筈で、過去に上級魔族を討伐した大半はスーヤ騎士団所属のエルフであり、人間で討伐を成し遂げたのは勇者カリヴァを始めとした一握りしかいなかったのだ。
「とにかく……しばらくはここに留まるわけだし、次の旅に備えて英気を養うとしよう」
「賛成!」
……そんなわけでアルスの言葉に元気よく賛同したレヴィン含め、他の仲間達からの反対意見も出なかったため、勇者アルス一行は降臨祭までの期間を聖地────アミナス教国にて過ごすことになった。
「一先ずは皆、自由行動でいいか?俺はウォルフと一緒に武器と防具を見に行こうと思うんだが…」
それに当たり、アルスは今日の予定をどうするか……自身が考えていた事を皆に話す。
ヴァイゼン村や城塞都市クヴィスリングでの戦いを経て、アルスとウォルフは共に主力武器を失った上、他の装備の損傷も激しくなってきていた。
そのため部隊の前衛として装備の新調が必要なのだ。
「私は魔導書店を回ってから図書館に行ってくるわ!アミナス教国の図書館は大陸でも最大規模らしいから一度行ってみたかったのよね〜」
────そんなアルスの部隊の長としての考えを知らない少女レヴィンは、そわそわしながら言うと一人足早に長い金髪を揺らしながら歩き出し……そのまま行ってしまった。
どうやら彼女はこの国に来るのが余程楽しみだったようだ。
「アイツが一番満喫してんな……」
「あはは……私は魔道具店に杖を修理に出してから、教会を回ってみようかと思います」
「あ、じゃあ私はフィルビーさんに付いてこうかな」
「え?私は構いませんが……よろしいのですか?」
「せっかくスーヤ教が生まれた聖地に来たわけだしね……それに仲間として一人ずつ絆を深めたいな〜って」
「まぁ!そういうことでしたら是非ご一緒しましょう!えへへ……」
そうこうしている内にフィルビーとシオンの二人も楽しそうに会話しながら歩いて行き……
結果、その場にはアルスとウォルフだけが残された。
「……んじゃ、俺達も行こうぜアルス」
「あ、あぁ……そうだな」
・・・
「こりゃあ良い……が、ちと高ぇな」
「値段はそこまで気にしなくていいんじゃないか?」
「ま、今日のところは下見だしなァ」
アミナス教国の武器・防具店は品揃えが豊富だった。
他の国よりも遥かに品質の良い装備が並んでいる……その分値段は少々張るが。
聞くところによると、この国は大陸一安全な国ということもあり、旅行であればともかく定住するとなるとある程度の資金力が必要らしい。
他所に比べて物価が高いのも恐らくそういうことだろう。
────そんなわけで以前身に付けていたのと似た重厚感のある防具に夢中なウォルフに対し、アルスはふとある事を提案しようと口を開く。
「ところでウォルフ……武器はどうするんだ?」
「ん?あぁ…大剣はぶっ壊れちまったし、双剣も損傷が激しいな……買い直すしかねーか」
「なら、一つ提案なんだが……大剣を大斧に変えてみるのはどうだ?」
「おう?そりゃどういうことだ?」
「ウォルフの魔法の性質上、攻撃には鎧の重さも含めた全体重が加わるだろ?それなら剣よりも斧の方が破壊力が上がるんじゃないかと思うんだ」
攻撃力が今より増すことが出来れば、再び黒鉄のザヴォートの様な防御力の高い敵と遭遇した時、倒しやすくなるかもしれない。
"斬る・裂く"が主な性質の大剣よりも、"断つ・割る"の性質が強い大斧の方がウォルフの魔法の特性に噛み合うだろうと考えての助言だった。
……すると、意外にもあっさりと「なるほどな、なら斧の方も見てくか」とウォルフは提案を受け入れ、そんな彼にアルスは思わず「ふっ…」と笑みを零す。
「どうしたよ?」
「いや……こういう場所で色々話し合ってると、少し昔のことを思い出してな…」
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「これとかどうだ?シオン」
「兄さん……こんな重そうな鎧着たらまともに身動き取れないわ」
「ふむ…じゃあこれは?」
「カリヴァ……シオンは後衛だぞ」
「大事な妹が傷付いたら大変だからな」
「兄さんちょっと気持ち悪いわ……大丈夫よ、私には守ってくれる人がいるもの…ねぇアルス?」
「あ、あぁ…なんか近くないか?」
「はっはっはっ…殺すぞ」
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「勇者カリヴァ様がそんなシスコン野郎だったとはな……」
「まぁ…アイツは筋金入りだな」
────アルスが語った在りし日の思い出に、やや引き気味な様子を見せるウォルフ。
当時はアルスも同じ反応だったが、今となっては良い思い出だ。
「けどよぉ…そんな妹想いなら、シオンと離れ離れになってる今は気が気じゃねぇだろうなぁ……」
「そうだな……カリヴァの行方についても手掛かりがあると良いが」
そんな風に過去の日々に思いを馳せていた時、不意に聞こえたウォルフの心配そうな声にアルスは口元に手を当ててある考えを抱く。
勇者カリヴァの行方に関する手掛かり────彼の妹であるシオンにまだ聞けていないことを早く聞かなければ……と。




