30話:救いの手
〜前回までのあらすじ〜
「申し遅れました、私の名はフォルリア……周りの者達からは"全能"の二つ名で呼ばれています」
────城塞都市クヴィスリングに現れた新たな上級魔族フォルリア。
凡ゆる姿の魔物へと変身し、多種多様な魔法を使う強敵にアルスは苦戦するが……全力を尽くした結果、ギリギリ勝利を掴む事に成功する。
しかしフォルリアの足掻きにより、自身も深手を負わされ死にかけた時……不意に目の前に現れたのはかつての仲間である一人の少女だった。
「シオン……本当に、シオンなのか……?」
「他の誰だって言うのよ……久しぶりだってのに失礼しちゃうわ全く」
フォルリアと名乗った上級魔族を死に物狂いで倒した後、瀕死の状態のアルスを助けて手を差し伸べたのは……アルスが勇者になる前に同じ魔王討伐隊で共に戦っていた少女────シオンだった。
「仕方ないだろう……ずっと探してたんだぞ」
「……私もよ、アルス」
呆れたように笑う彼女の手は、以前と同様にとても暖かく……思わず目頭が熱くなる。
「今までどこに……いや、それよりどうしてここに?」
「……とりあえず、話は後よ……アレを見て」
任務中に遭った魔族の襲撃により逸れ、離れ離れになっていたかつての仲間との再会────当然次々と沸いてくる疑問をぶつけるも、返ってきた反応は制止の言葉と後方への指差し。
「……!?どういう、ことだ……?」
その指先に視線を向け、アルスは驚愕の色を浮かべる。
────空中に大量の肉片が浮かぶ信じ難い光景に。
……やがて肉の塊は収束し始め、一つの姿を形作る。
「……お前、下等種の分際でよくもこの私の肌に傷を付けましたね……!」
先刻まで戦っていた魔物────"全能のフォルリア"の姿を。
先程とは異なる上級魔族フラストを黒く染め上げたような黒龍の様相……その胸部には光る石のような物体が見えた。
「アレでなんで生きてんのよ……この化け物……ッ」
肉体が四散していた状況から復活を遂げたその姿にシオンは動揺を見せる。
如何に生命力が強い上級魔族であっても急所というものは存在する。
ヴァイゼン村で戦ったシルクも、クヴィスリングで戦った紅い龍もそこを突くことで倒してきた。
……しかし現に、完全に致命傷だった筈の状態からフォルリアは復活を果たしている。
「私を傷付けて良いのはあの方だけなのに……絶対に許さない……ッ!」
一体どういう事なのか……思考を巡らせている内に、目を血走らせたフォルリアは魔力を膨らませていく。
直感的に命の危機を感じたアルスはシオンに逃げるよう促すも、彼女は首を縦に振らず呪文を唱えた。
「【翠の庭園】!!」
"植物魔法"
凡ゆる植物を生やし操る……雷魔法と同様に自然魔法の中ではやや珍しい魔法で、身体を癒したり、敵を拘束するなど味方の援護に秀でているのが特徴だ。
先程瀕死の状態のアルスを癒したのも、恐らくこの力によるものだろう。
「……なんですか?お前も私の邪魔をするつもりですか?だったら……諸共殺処分にしてやる……ッ!!」
……しかし反面、直接的な攻撃・防御能力は低い。
目の前の敵もその事を理解しているのか、前に張り巡らされた植物の壁を意に介さず放出した魔力を複数の属性へと変質させ……
『シュッ……』
『ビュオオオオオオオオオッッ!!』
『バシュウウゥゥゥゥ────ッ!!!』
────全てを一斉に解き放った。
「な……ッ!?」
思わずシオンを守るように前へと出た時アルスが目にしたのは、放たれた魔法が植物の壁を前に霧散していく光景。
金属製の黒い糸、風で出来た刃、炎の魔力を凝縮した熱線……どれも植物魔法では防ぐ事が出来ない筈の攻撃だ。
「何が……なんなんだお前は……ッ!?」
「【魔花の噴嚔】……【純朴なる愛】」
信じ難い光景を前に敵が動揺する中、シオンは間髪入れずに詠唱を続ける。
それにより植物の壁から咲いた花から噴射された麻痺属性の黄色い花粉と、新たに地面から生えた大量の荊の蔓がフォルリアを拘束していく。
「グッ……!?こんなもの……ッうああああああああああアアアアアッ!!!」
しかし直後、フォルリアは轟くような咆哮を上げると共に肉体を膨張させ、身体に深く喰い込む棘の鎖を無理矢理に引き千切った。
「嘘……!?なんって力技よ……!」
「アレが奴の力だ……」
その様子に驚愕するシオンに、情報共有としてアルスは敵の能力を伝え始める。
身体の形を自在に変え、様々な生物に変身し……あまつさえ変身した存在の魔法まで使用出来るようになる魔法。
全ての魔法使いに対し有利相性を取れるその力に加え、上級魔族特有の強大な魔力が合わされば正しく"全能"と呼ばれるに値する強さを発揮するだろう。
「なるほど……魔力吸収……それがお前の力ですか」
拘束から抜け出し、何事かを呟きながら地面に倒れている兵士の亡骸から剣を奪い取るフォルリア。
それに対しシオンは再び花から麻痺の効果を含んだ花粉を放つが……
「【大いなる嵐】」
────刹那、詠唱と共にフォルリアの周囲に展開された暴風が全てを吹き飛ばした。
暴風は一気にアルス達を巻き込まんと拡大した……が、アルス達の前に形成された植物の壁に触れた途端、先程と同様に霧散してしまう。
この現象も、奴が言うところの"魔力吸収"とやらの効果だろうか。
……それが事実であれば、元々のシオンにはなかった力だ。
「……では、これならどうでしょう?」
不意に暴風の中心から聞こえたのは此方を嘲笑うようなフォルリアの声────その周囲にはいつの間にか大量の瓦礫や武器……そして人と魔族の死体が舞っていた。
「まさか……」
嫌な予感がしたのも束の間、暴風の流れが変わり……一斉にそれらは放たれた。
魔力吸収対策であろう物理攻撃の嵐に対し、シオンは即座に地面から複数の土の壁を展開するも、圧倒的な物量を前に少しずつ砕け散り……土煙が上がっていく。
「アルス!大丈夫!?」
「あぁ!!」
一瞬お互いの姿が見えなくなった時……聞こえてきたのはシオンの心配する声と、それに反応するアルスに似た何者かの声。
「シオン!そいつは俺じゃない!!」
「えっ…!?」
咄嗟に彼女の前に出て、自身に似た人影に向け刃を振るう。
瞬間、『ギィンッ!!』と鈍い音が響き……同時に煙が晴れてその正体が露わになる。
「惜しい……もう少しだったのに」
────そこにいたのはアルスと同じ輪郭を取りながらも、実態は薄黒い剥き出しの筋繊維を纏った複数の眼を持つ怪物。
自身と他の魔物を混ぜたような異形の姿……自分にも変身出来るようになったようだが、条件があるとすれば先程奴に触れられた事が原因だろうか。
どちらにせよ奴にとっては大量の物量による攻撃さえも、視界を遮ることで接近するための陽動に過ぎなかったようだ。
「【純朴なる……」
「邪魔」
「う……ッ」
鍔迫り合いの最中……シオンが加勢しようとするも、敵の身体から伸びた触手に拘束され止められてしまう。
敵の注意が逸れた一瞬────アルスは腕に力を込めて剣を弾き、即座に触手を叩き斬った。
「チッ……また私に傷を……!」
その行動が癪に障ったのか、今度は全ての攻撃がアルスに集中し始める。
────凄まじい速さの攻撃……だが見える。
「馬鹿な……!」
剣と触手による猛攻を的確に躱して斬っていくアルスを前に、フォルリアが露わにしたのは明確な動揺の感情。
上級魔族を相手に接近戦で優位に立ててる理由────それは恐らくフォルリアがこの世界における圧倒的強者だからだ。
接近戦は魔力量で劣る者や魔法の相性が不利な者が取る……本来であれば弱者側が取る戦法。
恐らく奴は魔法戦において無敵とも言えるその能力故、今まで接近戦などした事がなかったのだろう。
力に身を任せた単調な攻撃……どんなに速かろうと、軌道を見切ることが出来れば対処するのは難しくない。
「この……ッ下等種がァッッ!!」
格下だと侮っていた相手から追い詰められた焦燥感からか……気付けばフォルリアの動きはより大雑把なものになっていた。
やがて大振りになった一撃────その隙をアルスは見逃さない。
狙うは最も強い魔力反応を放つ……奴の胸部の光り輝く謎の物体。
バラバラの状態から復活するその不死性に何らかの仕掛けがあるのであれば、恐らくはアレが原因の筈。
「はぁッ!!」
────思考の末、辿り着いた結論を胸にアルスは思い切り剣を薙ぎ払った。
『バキィ……ッ』
……が、その思いも空しく渾身の力を込めた一撃は、剣が折れるという最悪な結果で終わりを迎える。
連戦により摩耗し過ぎたか……いずれにせよ敵の身体を後方へ弾くことは出来たものの、残ったのは現時点で目の前の敵を倒すことは不可能という残酷な事実だけ。
「狙いは良かったですが……残念、そんな鈍では私の命に届きはしません」
その事実を受けて、直前まで怒りに身を任せていたフォルリアは一転して笑みを浮かべ……ゆっくりとアルスに迫り出す。
こうなっては撤退する他ないが、奴の速さの前ではそれも難しい。
最早対抗手段がない中、不意に庇うように前に出てきた人影────それは先程触手に拘束されたシオンだった。
「はぁ……しつこい、苛々する……こんなに頭に血が昇ったのは何年振りでしょうか」
突然出てきた彼女を前に、フォルリアは一瞬固まるが……やがて溜め息を吐き、手に持った凶刃を振り上げる。
「……まぁ、もういいです……さようなら」
────せめて時間を稼ぎ、シオンだけでも逃がさなければ……
「アルス!?」
気が付いた時には既に彼女の前に立ち、折れた剣を握り締め……構えていた。
仲間が生きている限り、諦めるわけにはいかない。
その想いを支えに、アルスは心を折らず……目の前の絶望的な現実に立ち向かった。
「そこを動くな!!」
────何が起きたのか一瞬分からなかった。
不意に遠くから聞こえた声、直後に辺りを包んだ眩い光、そして……
「グウウゥゥ……ッ!!」
身体から白い煙を上げ、呻き声を上げながら膝を突く敵の姿……
余りにも唐突で理解が追いつかない事象の連続だったが、反面どこか既視感のようなものを覚える。
「クソ……ッ一体何が……ッ!?」
そうしている間に目の前の敵はヨロヨロと立ち上がり、苛立ちを見せながらも周囲を警戒するように見回し始めた。
やがて、その視線はある一点に留まり……
「【完全武装】!!!」
直後、呪文と共に全身に上級魔族ザヴォートと同じ漆黒の外殻を纏う。
────同時に、再び目の前が真っ白になった。
……今度は見えた。
やはりこれはヴァイゼン村で戦った時に起きたのと同じ……自然現象ではない、人為的に発生した雷だ。
恐らく誰かが遠くから、アルス達を避けて目の前の敵を攻撃している。
「アルス!アレ!!」
その存在に気付いたのか、声を発して先程フォルリアが見ていたのと同じ方向に指を差すシオン。
「……騎馬?」
口に出してから違う、とアルスは気付く。
アレはただの騎馬ではない。
一本の角を持つ神聖な生き物……"一角獣"。
この大陸タルシスカにおいて現在、一角獣は一体しかいない筈だ。
それを所有しているのは……
「スーヤ騎士団……ここに見参!!」
一角獣に跨がる騎士が声高に名乗り上げたのは────大陸最強の騎士団の名前。
目元を甲冑で覆った、色素薄めの金髪を靡かせる騎士……声を聞くに、恐らくは女性のようだ。
「チッ……面倒な連中が来たようですね……!」
その姿を見て忌々しそうに呟きながら後退し始めるフォルリア。
そんな逃亡していく敵に対し、一角獣の騎士は「悪しき魔物め……裁きを受けろ……!」と言い放ちながら剣を掲げ……
「【裁きの雷槍】!!」
────次の瞬間、詠唱と共に眩い雷光がフォルリアの身体を貫いた。
「グウゥ……ッ!不利な属性とはいえ、黒鉄の鎧の上からでさえこの威力……大陸最強の名は伊達ではないということですか……!【武装解除】!!」
それでもフォルリアは足を止めず、あまつさえ呪文を唱えて纏っていた鎧を破裂させる。
直後、飛んできたのは漆黒の死の雨……今の疲弊した状態では回避困難な速度と量。
『キィンッ!!』
それらを全て、一角獣の騎士は正確な剣技を以て斬り払う。
おかげで助かったものの、騎士の攻撃の手に僅かな空白が生まれてしまう。
────その隙をフォルリアは逃さなかった。
「口惜しいですが、このまま戦い続けるのは少々…分が悪いようですね……!【雲の巣】!!」
騎士からの攻撃が緩んだ一瞬で、上級魔族シルクの姿へと変貌を遂げたフォルリアは前面に糸の壁を展開する。
かつてレヴィンの雷魔法をも容易に防いだ防御魔法は、当然のように一角獣の騎士が放つ雷をも弾く。
「変身した……!?まさかコイツ……逃がすか!!」
目の前に広がった光景に驚きを見せながらも、騎士は剣で糸の壁を斬り裂き前進し続けていく。
────その先には、一体の眼球の魔物と化したフォルリアが待っていた。
「……本当に、しつこい」
直後、吐き捨てるような言葉と共に一気に分裂し……現れたのは視界を覆い尽くさんとする肉の壁。
そんな大量の魔物も、騎士が放つ眩い光によってたちまちその姿を黒い炭へと変えられる。
「クッ……逃がしたか……」
……次に聞こえてきたのは悔しそうな一角獣の騎士の声。
その視線の先には、雷魔法でも届かない遥か上空へ飛び去って行く紅い龍の姿があった。
「……君達、大丈夫か?」
やがて騎士は軽く溜め息を吐きながら剣を鞘に剣を収めると、今度は手綱を片方引いてアルス達へと視線を向け口を開いた。
その問いに、シオンと共に頷き礼を言うと、一角獣の騎士は「なに……騎士として当然のことをしたまでだ」と返し、目元の甲冑を上げながらその場で立ち上がる。
一角獣に跨っている時は気付かなかったが、その騎士の背はとても高く……下手すれば自身よりも身長がありそうだとアルスは感じた。
「赤髪の君、後方に控えている私の仲間に診てもらうといい……恐らく見た目より酷い怪我だ」
そんな事を考えている内に目の前まで来た一角獣の騎士は此方を見下ろしながら心配そうに呟く。
「あの……貴方は……?」
「む……すまない、申し遅れた」
冷たい印象すら覚える瞳に、シオンが少し緊張した面持ちで控えめに尋ねると、彼女は自身の胸に手を当ててその問いに答えた。
「私はスーヤ騎士団の一角獣騎士……グラシアだ」




