28話:震える身体
〜前回までのあらすじ〜
城塞都市クヴィスリングでの二体の上級魔族との壮絶な戦いを制したアルス達。
戦いの後、残っていた魔族の残党に襲われて危機に陥っていたところをクヴィスリングの兵士達が駆け付けたことで形成が逆転した。
そんな風に戦いの収束への希望が見えてきた中、新たな脅威が一行に近づきつつあった……
「───!!アルスさん!北の方から何か来ます!!」
魔族の残党を相手に、クヴィスリングの兵士達と共闘を始めてしばらく経った時……不意に警鐘を鳴らすように響いたのは、切羽詰まったようなフィルビーの声。
「……敵か?」
その報告にアルスは途轍もなく嫌な予感を覚えた。
先程逃走した魔龍に真っ先に気付いた辺り、彼女は常人よりも魔力感知に優れているのだろうが……恐らくそれだけじゃない。
ヴァイゼン村への魔族の襲来や城塞都市クヴィスリングの人々の悲鳴に気付くなど、フィルビーの感覚……もとい勘の鋭さはどうやら本物だ。
そんなある種の確信めいたものを感じつつ此方に来ているものの正体について聞くと、彼女は頭を抑えながら……絞り出すように声を出した。
「この魔力の感じは……上級の…魔族です……ッ」
─────最悪だ。
二体もの上級魔族と戦い、既に満身創痍な中での新たな上級魔族の来襲。
いくら兵団の者達が手を貸してくれているとはいえ、魔族の残党の処理に手一杯の中で敵の援軍が来れば……全滅を免れない事は明白だ。
希望が見えかけてきた矢先、突如として襲い掛かってきた真っ黒な未来。
側にいたレヴィンは「嘘でしょ…!?こんな時に…!」と辟易とした声を出し、フィルビーに至っては腕を抱えて身を震わせていた。
「……!!」
────その時、遠くから感じたのはフィルビーの言った通り……上級魔族を彷彿とさせる強大な魔力反応。
その主も此方の存在に気付いたようで、軌道を変えて真っ直ぐに此方へと迫り始めた。
恐らくもう数分もすればここに辿り着く筈……最早迷っている暇はない。
「聞いてくれ!今この場に上級魔族が向かっている!皆はこのまま継戦しつつ後退して……他の部隊と合流してくれ!」
気が付けば、声が口を衝いて出ていた。
場に動揺が広がる中……「アルスさんは……?」と心配そうに聞いてくる仲間に、アルスは自身の覚悟を口にする。
「俺はこの先に行って……敵を迎え討つ」
単騎での上級魔族の迎撃────普通であればあり得ない、死地に赴くだけの行為。
常識的に考えれば、その発言は敵を足止めするための囮役を買って出たとしか受け止められない。
「な……ッ!?何言ってんのよ!?アンタだってもうボロボロじゃない!!死んじゃうわよ!!一緒に逃げなきゃ!!」
「そうですよ!恩人にそんなことさせるなんて……囮なら、俺が行きます!!」
それを証明するように、燃え上がった反発の声……それは近くにいたレヴィンとクヴィスリングの兵士ライルから発されたものだった。
「勝算はある……心配するな」
「だったら私も行かせて!!」
「駄目だ……これ以上人数を割けば、ここの戦線を維持出来なくなる」
「でも……ッ」
「【癒しの光】……」
────話の収束が見えなくなりかけた時、不意に聞こえてきたのはフィルビーの詠唱。
振り向いた先……彼女の手から放たれた暖かい光はアルスを優しく包み、その身と心を癒していく。
「フィル……なんで……?」
「レヴィン……今の私達では足手纏いになりかねません」
「……ッ」
その様子に怪訝な表情を浮かべるレヴィンだったが、それ以上に辛そうな顔をしているフィルビーを見て口を噤んだ。
「アルスさん……正直、私もレヴィンと同じ気持ちです……行かせたくない」
その後、アルスを回復させた彼女から出たのは……行動とは正反対の此方の身を案じる言葉。
その身体は……まだ震えていた。
「でも……きっと貴方は止まらないんでしょう?だからせめて……」
もしかしたら怖いのかもしれない。
今迫っている上級魔族の存在……それ以上に、仲間を失うかもしれない選択をしてしまった事が。
それでも彼女は背中を押すことを選んでくれた。
「絶対、生きて帰ってきてください……約束です」
「……あぁ」
────その選択を、絶対に後悔させたりしない。
その覚悟を胸に、一言だけ言葉を返し……アルスは眼前の魔族の残党の群れを目掛けて風を切りながら突き進む。
「アルス──────ッ!!!!」
背中からは、自身の名を呼ぶレヴィンの大きな声だけが木霊していた。




