24話:死闘の果てに
〜前回までのあらすじ〜
漆黒の鎧を脱いだ異形の上級魔族ザヴォートとの死闘……ウォルフは腹を貫かれながらも、フィルビーが麻痺の魔法を付与した剣を突き刺すことによって動きを止めた隙に、遂に致命傷を与える事に成功する。
踠いた末にもぎ取った辛勝───その先にあるのは……
※前回に引き続きフィルビー視点の話です。
───それは、針の穴に糸を通す様な……か細い光明を見出し続けた末の勝利だった。
魔法による攻撃を防ぐ黒金の鎧、魔法使いの身体から放出される魔力による威力の緩和の影響を受けない物理主体の攻撃、そして何よりも圧倒的な素早さと白兵戦能力……
敵はまるで魔法使いを殺害することに特化したような存在だった。
何か少しでもボタンの掛け違いがあれば……フィルビーとウォルフが敗北していたのは想像に難くない。
『ドシュッ!!』
────だがたった今、それらの苦難を全て乗り越えてフィルビー達は漸く強大な敵将……上級魔族ザヴォートを討ち果たす事が出来たのだ。
「ガアアアアアアアアアッッッ!!!」
「きゃあッ!!」
ウォルフが投げた漆黒の槍が黒い魔物の頭部に直撃した直後、フィルビーを襲ったのは耳を劈く様な凄まじい咆哮。
同時にしがみ付いていた巨躯が暴れ回ったことでフィルビーは振り落とされ、地面を転げ回る。
「馬鹿な…私ガッ…負けた、ダトォ…ッ!?」
なんとか身体を起こし、見上げた先に見えたのは……致命傷を受けて尚も足掻き続ける黒い魔物の姿。
「この私が、神に選ばれた私が…将軍である私ガ!!人間……下等種如きに……ッ!?」
自身の敗北と目前に迫る死───それらを突き付けられたにも関わらず、漆黒の悪魔は憎悪を孕んだ言葉を撒きながら此方へと向かってくる。
その並々ならぬ生命力と強い執念にフィルビーは思わず息を呑んだ。
「許…サヌッ…!弱く…脆く!醜い…虫ケラの分際で…ッ!!」
……やがて感じたのは、黒い魔物の身体の内部で増大する強大な魔力反応。
────最期に大技を放つ気だ。
「しつけえんだよクソが……ッ!さっさと地獄に…落ちやがれ……ッ!!」
そんな死に際の悪足掻きに対し、ウォルフは地面に落ちていた細身の剣を拾って止めを刺しに行こうとする。
「ウォルフさん……今、動いちゃ……」
……が、その身体からは槍を無理矢理引き抜いたせいで血が流れ続けていた……最早まともに動ける状態じゃないはずだ。
そんなフィルビーの心配の通り、彼の体はふらついており今にも倒れそうだった。
「道連れに…して…ヤ……ッ」
此方側に戦いを続ける余力がない中、黒い魔物の魔力は限界まで膨れ上がり……今正に最期の魔法が放たれようとしていた。
───止められない……!
「【武装……」
「【業風の刃】」
そう諦め掛けた時、不意に鋭い風が吹いてきた。
「グオオオオオオオォッ!!?」
絶叫と共に黒い魔物の身体が鎧ごと斬り刻まれる。
その強力な風の魔法にフィルビーは見覚えがあった。
「流石にそこまで追い込まれては自慢の鎧も強度を保てないようだな……将軍殿?」
「フラスト……ッ!?貴様ァッ!!」
上空から聞こえてきた声の主……それは先程まで仲間達と交戦していた筈のもう一体の上級魔族───紅い龍のフラストだった。
その周囲では多くの魔龍が飛び……此方を見下ろしている。
「何の真似ダ……!?」
「何の真似だと?それは此方の台詞だ……貴様、我々ごと殺す算段だっただろう……今も、先程も……!」
「……ッ!!」
「気付いてないとでも思ったのか?……だからこそ、我は貴様を討つ機会をずっと窺っていたのだ」
当初、険悪ながらも優位そうな態度を取っていた相手からの突然の攻撃と静かな怒りの篭った言葉に、黒い魔物はこれまでと打って変わり狼狽した様子を見せた。
……そんな対立していた相手の無様とも言える姿に、紅龍は初めて笑みを見せて言葉を続ける。
「まさか、人間に倒されるとは思っていなかったがな……」
「……ッッッ!!フ゛ラ゛ス゛ト゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛!!!」
嘲笑うように放たれた最後の言葉───黒い魔物は完全に激昂し、上空の紅龍に向け魔力を膨張させる。
「死ね……【地獄の業火】!!」
───しかしそれよりも早く紅龍の口から紅蓮の炎が放たれ、満身創痍の黒い魔物の全身を容赦なく焼き尽くす。
「チクショオオオォォォォ……ッッ!!下等な…虫ケラ共め……ガハハアアアッ!!!」
同時に響く哮る咆哮のような凄まじい断末魔───それと共に黒い魔物の身体はボロボロと崩れ落ち……やがて塵と化し虚空へと消えた。
「この野郎……ッ!人の獲物を…横取りしやがって……ッ!」
「人間よ、よくやってくれた……まさかあのザヴォートを倒してくれるとはな……」
直後に聞こえてきたのは、激しい怒気を帯びた仲間と……それとは対照的に此方を讃える紅龍の言葉。
その目の前の光景にフィルビーは疑問を覚える。
「彼奴は我と相性が悪かった……そして恐らくは貴様も……そういう意味ではザヴォートも最期に良い働きをしてくれた」
どうして仲間達と交戦していた筈の紅龍がここに……まさか……
───嫌な予感を覚えながら視線を横に向けると、そこには依然として紅い竜巻が激しく燃え上がっていた。
『ゴオオオオオオオオォォォォ……ッッッ!!』
音を上げて徐々に収束していく竜巻の中からはまだ仲間二人の魔力反応を感じる。
だが、あのままでは二人共……
「さて……ザヴォートが死んだ今、最早お前達は用済みだ」
───不安に苛まれる中、上空で語り続ける紅龍の言葉を聞いてフィルビーは悟った。
上級魔族ザヴォートとの死闘の果てにやっとの思いで掴んだ勝利……それは全てもう一体の上級魔族フラストの掌の上の事象だったと。
「横たわっている彼奴の部下諸共、消し炭にしてくれよう……!」
ウォルフと黒い魔物───双方を争わせて消耗させた上で、残った方を始末する……この今の状況こそが紅龍の思い描いた計略だったのだ。
「もう動けんだろう……安らかに眠るといい」
……しかし、それに気付いたところで状況は先程と変わらない。
既に戦う余力のない今、大技を放とうと魔力を増幅させる紅龍をただ見ているだけしか出来なかった。
「……【業火の竜巻】」
呪文と共に放たれたのは、仲間達に向けられたものと同じ暴風纏いし炎の螺旋。
周囲に展開されたそれは、標的を確実に殺す死の檻として少しずつフィルビー達に迫ってくる。
「クソ…が…ッ!」
その光景にウォルフは悔しそうな声を出し、その場に倒れ込んだ。
───もう彼の重力を操る固有魔法による脱出も臨めない。
「【癒しの光】……!」
熱風を感じる中、フィルビーは倒れたウォルフを守るように必死に治療を開始する。
死が目前へと迫る中でも、彼女は信じていた。
『ビュオオオオオオオオオオォォォ……ッッ!!』
────アルスとレヴィンの二人なら、必ず生きてこの状況を打破してくれると……。




