23話:漆黒の悪魔との死闘
〜前回までのあらすじ〜
城塞都市で本格的に開幕した二体の上級魔族との戦い……
敵将の片割れである黒い鎧のような外殻を纏った魔物ザヴォートの強さに苦しめられつつも、聖職者の少女フィルビーと戦士の男ウォルフの二人は遂に攻略の糸口を見つける。
しかし希望が見えた矢先、ザヴォートは真の姿を晒し全力で二人に襲い掛かる……!
「さァ……処刑の時間だ……!!」
漆黒の鎧を思わせる外殻が特徴的だった上級魔族ザヴォート……
───その正体は、薄黒い筋繊維が剥き出しになった様な悍ましい姿の魔物だった。
「【不全なる器】!!」
その異形の姿に一瞬気圧されそうになるも、逆に好機だと即座に立て直しフィルビーは呪文を唱える。
高密度の魔力で生成された漆黒の鎧の守りがない今、自身の麻痺の魔法は十分に効く筈……
「無駄だ」
「!?」
───そう考え魔法を放った瞬間、嘲笑うような声と共に異形の魔物の姿はフィルビーの視界から消えた。
「速い…!」
否……有り得ない速さで回避したのだ。
雷魔法の一種である麻痺の魔法を容易く躱し、目の前から消えたと錯覚させる常識外れの速度にフィルビーは驚愕した。
「当てりゃ殺せるってことだろ!?」
そんな怪物に対し、ウォルフは一切臆した様子なく双剣を手に突っ込む。
恐らく大剣では今の異形の魔物相手に当てるのは難しいという判断だろう。
「【地獄の鋼禍】……【魔弩】……ッ!!」
刹那、異形の魔物は全身から漆黒の矢を生やし一斉に解き放った。
山形に発射された矢の嵐の標的は─────フィルビーだ。
「ダメ!避けてッ!!」
一瞬だけ此方を振り向いたウォルフ……その隙を突くように後方から凄まじい勢いで迫る巨大な槍を構えた異形の魔物の姿がフィルビーの目には見えていた。
『バキャァッ…』
その叫びを聞いたウォルフは咄嗟に回避行動を取るも、時既に遅く旋回する巨槍によって鎧の胸部装甲が砕け散る。
───直撃していれば身体ごと貫通していただろう破壊力にフィルビーは背筋を凍らせた。
「【武装解除】!!【魔剣】!!」
追い討ちを掛けるようにウォルフに向け巨槍を破裂させつつ、同時に両腕から漆黒の剣を生み出し突っ込む異形の魔物。
それに対応するように壊れた鎧を脱ぎ捨てたウォルフは双剣で黒い破片を打ち落とし、そのまま異形の魔物に向かって走り出した。
「ウォルフさん!くっ…!」
助けに向かおうとしたところで、降り注がれた大量の矢の雨がフィルビーの行く手を阻む。
加えて先程異形の魔物が放った鎧を破裂させる攻撃により負傷した足……すぐに援護に向かうのは難しそうだ。
───そうしてる間にウォルフと異形の魔物の壮絶な斬り合いが始まった。
『ガキィッ!!』『キィンッ!』『ガキンッ!』
激しい金属音と共に火花が散っていく。
一つ一つの斬撃で風が唸り、空気をも斬り裂く勢いの攻防はとても目で追い切れない。
「チッ!んだこの動きは…!」
……しかし、どうやら押されているのはウォルフの方だ。
漆黒の外殻を脱ぎ去ったことにより向上した素早さは勿論、その巨躯からは想像出来ない程の柔軟な動きにウォルフは翻弄されていた。
『ドスッ!』『ガキィッ!!』
───それに加えて、隙があれば身体の至る部位から槍や矢のような武器を最早無詠唱で生み出し攻撃を繰り出してくる。
その予測不可能な猛攻にウォルフは固有魔法で体勢を変え、無理矢理に回避をし続けた……が、次第に追い付かなくなり地面に鮮血が飛び散り始める。
「クソッ…!」
いよいよ追い詰められて距離を取るように上空へ飛ぶウォルフ。
それに対し異形の魔物は「今度は空中戦か?私も得意だぞ…!」と凶悪な笑みを浮かべながら身を屈め……
『ドンッ!!!!』
次の瞬間、地が割れるような轟音と共に姿を消した。
「チッ!どこだ!?」
「上です!!」
「!!」
───が、遠方にいるフィルビーの目は敵の動きを捉えられた。
声掛けにより、振り下ろされた斬撃をウォルフは紙一重で躱す。
「空中で軌道を自在に変えるとは…フラストの奴でもここまで緻密な調整は出来まい…!」
異形の魔物は心底楽しそうだった。
空中戦が得意───その言葉に偽りがないように建物の外壁を蹴って飛び交い、時には這い回るように高速で移動し縦横無尽に攻め立て続け、戦いを楽しむ姿はまるで狂戦士の様……
「ゼェ…ッ…ハァッ…!」
「カカカッ!いいぞッ!!踠け踠けェーッ!!」
───いや、相手を嬲る行為を楽しむその姿は正しく漆黒の悪魔そのものだ。
凡ゆる方向から飛んでくる執拗な猛攻に防戦一方の中、いよいよウォルフは息を切らし始めていた……このままでは殺られる。
「【不全なる器】!!」
そこで漸く足を引き摺りながら間合いに入ったフィルビーは呪文を唱え、ウォルフの周囲に麻痺の魔法を張り巡らす。
「ガッ!?しまっ……」
───高速で動く異形の魔物の動きを完全に捉えられなくとも、その移動先を読むことは出来る。
回避行動の取れない空中で、本体に麻痺の魔法を当てられた異形の魔物は動きを止め、完全に無防備な状態となった。
「うおおおおおおおおおおッ!!!」
その決定的な隙にウォルフは咆哮を上げながら双剣で斬り掛かる。
鎧がない今、前のように身体から槍を数本生やして防御したところで此方の攻撃を防ぎ切る事は出来ない筈……
「下等種の分際で寄るな、穢らわしい……ッ!!」
───そう思った矢先、異形の魔物の全身から大量の槍が打ち出された。
全方位への攻撃に、流石のウォルフも近づくことが出来ない。
「そんな……」
その結果にフィルビーは自身の認識が甘かった事を痛感する。
奴を覆っていた黒い鎧……どうやらそれは奴への攻撃を防ぐ防御であると同時に、奴自身の攻撃をも遮ってしまう枷にもなっていたようだ。
魔法を主武装とする者には魔力耐性の高い鎧で無力化し、それを破る物理攻撃を持つ者には鎧を脱ぎ捨て向上した素早さで攻める二段構えの戦闘様式……
何よりも鎧を捨てた後の尋常じゃない攻撃の手数・範囲・量────これが上級魔族ザヴォートの全力……!
「チッ、楽しい狩りの時間に水を差しおって……興が醒めたわ」
敵の強さに戦慄していると、前方から酷く冷めたような異形の魔物の声が場に響く。
高所から落下した異形の魔物は、衝撃で粉々になった漆黒の槍を全身からボロボロと剥がすように落としながらフィルビーへと顔を向け……
「邪魔者は速やかに始末せねばな……!」
「ッ!?」
───その瞬間、凄まじい殺気がフィルビーの全身を貫いた。
『『ギィンッ!!』』
反射的に構えた直後、頭部と杖に強い衝撃を受けてフィルビーの身体が吹っ飛ばされる。
……何が起きたのか分からない。
「う……ッ」
「ほぅ……虫ケラにしては良い反応だ」
「!?」
クラクラする頭を抑えてゆっくりと目を開くと……そこには此方を見下す異形の魔物の姿があった。
あの距離から一瞬でここまで来たというのか。
「それに額当てか……なんとも運の良い奴だ」
その両手には漆黒の剣が握られていた。
構えた杖といつも身に付けていた額当て……神父から賜った二つの御守りがフィルビーを庇ってくれたようだ。
「だが……二度目はない!!」
しかし…杖は真っ二つに折れ、額当ての存在も看破された今、最早フィルビーを守ってくれる物はない。
そんな彼女に対し、異形の魔物は容赦なくその手に握る凶刃を振り下ろす─────
『ガキィッ!!』
祈るように目を瞑った直後、鈍い音が鳴り響いた。
「これ以上、奪わせねェ……ッ!!」
───目を開けた先に見えたのは、双剣で敵の攻撃を防ぐウォルフの姿。
……限界が近いのか、剣を握る手は震えている。
「まだ足掻くか…これ程までに格の違いを見せつけたというのに……烏滸がましいッ!!」
「ぐうぅぅゥ……ッ!!」
そんな彼に対し異形の魔物は吐き捨てるように言って、両腕に力を込める。
直後、鍔迫り合っている剣から『ミシミシ……ッ』と悲鳴のような音が立つと同時にウォルフの呻く声が上がった。
「ウォルフさん!!」
自分を守る為に必死に身体を張る仲間……それを助けるためにフィルビーは恐怖で竦んでいた足を奮い、なんとか立ち上がる。
『ゴオオオオオオオオオオオオォォォォ……ッッ!!』
───その時、少し離れた場所から灼けるように熱い空気を振り撒く炎の竜巻が勢いよく上がった。
その紅い竜巻の中からフィルビーが感じたのは……二人の仲間の魔力反応。
「おらァッ!」
「グッ…!」
その竜巻に異形の魔物が一瞬気を取られたように動きを止めた際、ウォルフは声を上げると共に鍔迫り合う漆黒の剣を二本とも弾き飛ばした。
「チィッ!先を越されたか……!」
それでも異形の魔物は一切怯む事なく、新たに生成した漆黒の槍を手に再びウォルフに襲い掛かる。
「此方もそろそろ終わらせるとしよう!!」
────刹那、金属同士が激しく打ち合う音と共に二度目の一進一退の攻防がフィルビーの目の前で繰り広げられる。
「ハァ…ッ…ハァ…ッ!」
向かってくる攻撃全てをウォルフはギリギリで捌く……しかし、これでは先程と同じ消耗戦だ。
明らかに疲弊している彼の身体にはもうほとんど魔力が残っていない。
その上、今回はフィルビーを守りながら戦っている……このままでは……
「ウォルフさん!私のことはいいから自分の身を守って……」
気付けば声が出ていた。
魔法に指向性を持たせる道具である杖を失った以上、これまでの様に敵だけを狙う的確な援護は難しい。
それならばウォルフが攻撃に集中してくれた方がまだ勝ちの目がある。
「出来るか!」
「でも!」
「んなことよりコレを!!」
そう考えた末のフィルビーの提案にウォルフは首を縦に振らず、代わりに片手を後ろに回しある物を差し出してきた。
「……!」
「早くしろッ!!」
次いで出された指示……それに応えてフィルビーはその物体に己の魔力を込める。
「カカーッ!貰ったァ!!」
その一瞬の隙を異形の魔物は逃さなかった。
漆黒の槍を手に、高速で此方に接近し……
『ドシュッ……』
───その勢いのまま、ウォルフの腹を貫いた。
瞬間、鮮血がその場を舞う。
「グッ…やっと捕まえたぜ……ッ!」
「チッ!」
しかし、それと同時にウォルフは細身の剣で異形の魔物の腕を深々と突き刺し……
そして、逃げられない敵に背後に隠し持っていたもう片方の剣を突き刺した。
『ドゴォッ!!』
直後、鋭い衝撃音と共にウォルフの身体を宙を舞い、派手に転げ回る。
「最期まで無駄な足掻きを……!」
吹っ飛ばした張本人である異形の魔物は不愉快そうに呟きながら刺さった剣を引き抜いていく。
「分かっているだろう?我らと貴様らでは生物としての格が違う……この程度の傷、何の痛手にもならん」
───捨てられた剣が『キィン…ッ』と音を鳴らす頃には、既に腕の出血は止まり……傷も塞がり始めていた。
……魔族は人間に比べて身体の治癒・再生能力が高い。
どんなに攻撃を与えたところで、致命傷でなければ今の異形の魔物のように立ち所に治してしまう。
それが現在の人類と魔族の戦争において、人類が劣勢に立たされている原因の一つだった。
「……だが、ここまで私を苛つかせた下等種は貴様らが初めてだ……!」
傷を完全に塞いだ後、異形の魔物はそれまでウォルフに向けていた殺意をいよいよフィルビーに向け……片腕に漆黒の大剣を形成する。
「その礼を…今ここでしてやるッ!!」
「先生……ッ!!」
振り上げられた殺意の塊を前に、フィルビーは今は亡き恩師に縋るように手を合わせて必死に祈り続けた。
───しかし、それからしばらく経っても……大剣が振り下ろされることはなかった。
「な……ッこれは……ッ!?」
目の前の異形の魔物は先程と同様、大剣を振り上げた姿勢のまま完全に動きが止まっていた。
……どうやら効いてきたようだ。
「まさか……さっきの剣に……ッ!?」
その事象に困惑を見せていた敵もどうやら気が付いたようだ。
先程ウォルフがフィルビーに向け差し出してきた物……それは双剣の片割れである一本の細身の剣だった。
フィルビーはその剣に、次いで出された彼からの指示通りに麻痺の魔法の魔力を付与した。
その剣を敵の本体に刺したことで、麻痺の魔法を身体の内部に直に流し込んだ……その効果時間は今までで最大のものになる筈だ。
「勝つぞッ!!」
完全に拘束された異形の魔物に対し、それまで倒れていたウォルフは立ち上がり……今度は大剣を手に真っ直ぐに突っ込む。
「馬鹿が!何度やっても同じだ!!」
たった今蹴散らされたにも関わらず、何度も何度も立ち上がってくるその男に対し異形の魔物は完全に激昂し、その身に宿る魔力を膨らませる────恐らくまた全身から槍を放つ気だ。
「へっ……!」
そのまま近づけば、仮に異形の魔物を倒せたとしても反撃の槍でウォルフ自身も命を落とすだろう。
……にも関わらず、ウォルフは何の躊躇いもなく飛び上がり、口角を上げると共に大剣を空に向かって掲げた。
「俺は、相討ち上等だぜ……!!」
「……ッ!!!」
その一切の迷いがない瞳と気迫に、これまでその強大さを見せ付けてきた上級魔族ザヴォートが一瞬気圧されたようにフィルビーの目には映った。
「【完全武装】!!!」
───直後、響き渡る詠唱と共に異形の魔物の漆黒の鎧が復活した。
『バキィ……ッッ!!』
渾身の一撃……その筈だったウォルフの大剣の一振りは、漆黒の鎧により打ち砕かれてしまった。
「フン……!」
粉々に砕け散った大剣を見て、黒い魔物はほくそ笑むように笑う。
その判断自体は正しい。
全身から槍を放っていれば、恐らくそれごと叩き斬られていただろう。
────だが、どの道もう終わりだ。
「貴様!!何を!?」
鎧を復活させた黒い魔物……その巨体に向かってフィルビーは跳んでしがみ付く。
その突然の行動に狼狽を見せる敵を余所に、フィルビーは身体から魔力を放出させると同時に目一杯肺に空気を取り込んだ。
これまでの戦いで一つ分かったことがある。
目の前の敵……ザヴォートは武器や鎧を生成する際、常に身体から直に生やすように生み出していた。
───つまり、恐らくは鎧の上から新たに武器を出す事は出来ない筈だ。
「〜♪」
鎧の上に取り付いた今なら、反撃は出来ない筈……そう確信したフィルビーは黒い魔物に密着したまま思い切り詠唱した。
「魔力…ガ…ッ!ヤメロッ!!」
それは……これまで何度も使用してきた魔力範囲内で聴いた相手の感覚を強制的に閉じさせる子守唄。
────感覚を眠らされた状態では、魔力を操ること等は出来ない。
『ズボッ…』
フィルビーが生み出した絶好の機会に、ウォルフは自身の身体に刺さった槍を掴んで思い切りに引き抜き……振り被っていた。
大剣や双剣……武器を全て失った今、それで決着を付けるつもりなのだろうが、それは不可能だ。
鎧に覆われている今の黒い魔物に致命傷を与えるには、鎧の隙間───頭部を槍で貫くしかないだろうが、ウォルフの魔力が切れかけて飛べない今……その巨体に向かって投擲するしかない。
しかしただでさえこれまでの戦闘で疲弊した身体……その上で腹から無理矢理に槍を引き抜いた瀕死の状態の今、漆黒の槍を投げ飛ばすにも力が足りず目標には届かないだろう──── 本来であれば。
「うおおおおおおおおおおおオオオッッッ!!!」
しかし、重量の方向を変える……彼自身が触れている物にも作用するその魔法があれば、高所から投げ落とすように勢いを付けることが出来る筈だ。
『ブォンッ!!』
血を吐きながら最後の魔力と決死の覚悟を込めて放たれたであろう漆黒の槍は、動けず魔法も出す事が出来ない黒い魔物に向かって一直線に飛んで行き……
『ドシュッ!!』
───頭部の鎧の隙間……その奥底に光る黒い魔物の瞳孔を勢いよく貫いた。




