18話:四人の勇者
〜前回までのあらすじ〜
なんやかんやあって次の目的地…城塞都市クヴィスリングに辿り着いたアルス達だったが、既に都市の内部まで魔族が侵攻していると聞き、アルス達は魔族との二度目の大きな戦いへと身を投じることになった…。
一方で、城塞都市クヴィスリングの内部では……
※今回は城塞都市クヴィスリングの一兵士の視点でお送りします。
「ふぁ…さて見回りか…」
大陸中央のやや北西側に位置する城塞都市クヴィスリング……その兵団に所属する青年ライルは欠伸をしながら呟いた。
「いでっ!!」
───直後、不意に硬い物で背中をぶっ叩かれた。
「そんなだらけた調子では魔族からこの都市を守れんぞ!!」
訓練用の木剣を手にライルを叱ったのは、ライルと同じくクヴィスリングの兵団に所属している女性…エミメラだった。
「全くだ…最近の若いもんは弛んどる」
そしてその隣にはエミメラと同様、兵団所属の男…ブルホンが立っていた。
二人ともライルの上官であり、その優れた指揮や強さによりクヴィスリングの防衛戦において活躍してきた熟練の魔導士だ。
「弛んでるって言われても、所詮市内の見回りだしなぁ……」
「俺らみたいな未熟者は前線に出してもらえねぇしよぉ」
「それによ、ここ数日は魔族からの攻撃も止んでるんだろ……?
「上は他国に救援要請を出したらしいが、必要なかったんじゃないか……?」
そんな二人の言葉に対しライルの同期である同僚達はヒソヒソと小声で話し合っていた。
彼らの言うように、ライル達のような入団して年数の浅い者達は訓練と市内の見回りが主な仕事であり、戦時においても役割は弩砲台や投石機の駆動による遠距離支援に留まっていた。
一方で斥候や前線での戦闘などの危険な任務は主に魔王討伐隊か、エミメラやブルホンのような熟練の兵士達に任されており……その差異がライル達の緊張を緩めてしまっている側面があった。
「馬鹿者!魔族を甘く見るな!!」
───そんなライル達の甘い考えを正すようにエミメラは声を張り上げた。
「北側の惨状は知っているだろう!?魔族は狡猾で残忍な…我々とは決して相容れない化け物なんだ!!」
「この前の戦闘でも死者が出た……そんな考えじゃ、自分が前線に出る番に回った時すぐ死んじまうぞ…?」
エミメラとブルホンの説教……きっと大事な事なのだろうが、今のライルにはいまいち響かなかった。
戦闘による死者が出てる…その事も頭では分かってはいるが、どこか自分には関係ない…対岸の火事のように思っていた。
───この城塞都市クヴィスリングはライルが生まれる前…建設から今まで一度も敵の侵入を許したことがない鉄壁の要塞だと聞いている。
その中で生まれ…生きてきたライルにとっては、この日常が壊される想像が出来なかったのだ。
「ハハ…肝に銘じておきます」
いつも通り…何事もなく一日が終わるだろう。
エミメラ達の忠告に敬礼を送りつつも、ライルは内心ではそのように考えていた……───────
・・・
「おい!しっかりしろ!」
「…え?」
───突然聞こえてきた女性の声にライルは目を覚ました。
この声は……そう、エミメラだ。
「う゛…ッ俺は一体…?」
朦朧とする意識の中、硬い石畳の地面の上からゆっくりと起き上がり……ライルは周りを見渡した。
「なんだよ…これ…!?」
目に入ったのは、黒煙を上げながら炎上する街並み……辺り一面に転がる真っ黒な炭と化した遺体…ズタズタに引き裂かれた遺体…黒い槍が大量に刺さっている遺体……そして自分達を取り囲む魔族の群れ……
─── 眼前に広がった光景にライルは言葉を失った。
「………ッッ!?」
「………ッッ!!」
頭が段々と覚醒し、周囲の景色や音が鮮明になっていくと…やがて魔族の群れから怒号のようなものが響いてくるのが聞こえた。
「アレは…」
目を凝らすと、奥で二体の大型の魔物が何やら言い争っているような光景が目に付いた。
一体はこれまで何度もクヴィスリングに攻め込んできた魔龍族の頭目と思われる紅い龍……
そしてもう一体は漆黒の鎧のような外殻と長い四肢が特徴的な魔物……
───どちらも手配書で見たことがある上級魔族だ。
「あ……」
その二体の魔物を見て、ライルはここに至るまでの全てを思い出した。
魔族がこの都市の内部に侵入し、襲撃してきたのだ。
何故そんなことになったのか……それは分からないが、その報せを受けた直後から、ブルホンやエミメラの指示に従いつつライルは同僚達と共に市民の避難誘導を進めていた。
……その途中で現在周囲を取り囲んでいる魔族の群れと遭遇し、交戦しているうちに敵の攻撃を受けたのか…ライルの意識は突如として途切れてしまったのだ。
「いでっ!!」
───不意にエミメラに背中を叩かれた……相変わらず女だというのに凄い力だ。
「頭はスッキリしたか寝坊助?しっかりしろ!我々の背中には市民がいるんだぞ!!」
叱咤するように言う彼女の言葉に反応し振り返ると、後ろでは市民達が縋るような目で此方を見ていた。
「ですがエミメラ副長、この戦力差では…!他の皆はもう…?」
「あぁ…そこらに転がってる死体がそれだ」
しかし彼らを守る兵士はライル、エミメラ、ブルホンと数人の同僚達だけ……加えて後ろは建物の壁で逃げ場がない。
───戦況は絶望的だった。
「……俺とエミメラで前のデカブツ二匹に突っ込む…その間にテメーラは群れのどっかに一点突破を仕掛けろ」
諦め掛けていた時に、隊長の男……ブルホンがライル達の前に出て言った。
「エミメラ…それでいいか?」
「無論だ…!」
「な、何言ってんですか!?それじゃあ仮に突破出来たとしても二人は…!」
───確実に命を落とす。
上級魔族を相手に単身で勝てるはずがない…実質的に市民を逃すための囮だ。
ライルは必死に反対した……が、二人の意志は固いようで剣を構えて前に歩み始めた。
「どの道このままじゃジリ貧…好機はデカブツの注意がこっちから逸れてる今しかねえ…!」
「それに…もし死んだとしても市民の命を救えるのならば本望だ…!」
そして「「さぁ…行け!!」」という掛け声と共に二人は上級魔族に向かって突っ込んでいった。
これまでの戦いで疲弊した今、上級魔族を相手に魔法の撃ち合いをするのは無謀……だからこそ二人は接近戦を仕掛けたのだろう。
「おい!俺達も行くぞ!!」
「隊長達の覚悟を無駄にするな!!」
「うああああああああああ!!」
そんな二人の決死の思いでの行動を無駄にしないよう、ライルは仲間と共に魔族の群れに突っ込んだ。
「ぐっ…!クソッ!!」
───しかし、上級でなくとも魔族達は強く…ライル達は弾き飛ばされた。
『ドサッ…』
直後、側に何かが倒れる音がした。
「え…?」
……振り向くと、そこには大量の黒い槍に身体中を貫かれ…生気を失くした顔のエミメラの姿が在った。
そして、その隣にはブルホンの鎧を着た焼死体が並んでいた。
「エミメラ副長…?ブルホン…隊長…?」
……ライルの思考はそこで止まった。
いくら疲弊していたとはいえ、今まで世話になった先輩が…クヴィスリングの防衛戦で幾度となく活躍してきた熟練の魔導士がこんなあっけなく……?
人間と魔族では、こんなに力の差があったのか…?
「おい!次来るぞ!!」
「兵士さん!助けて!!」
「なんとか防御を…」
「無理だ!もう魔力が…」
「逃げろ!!」
「くそッ!くそッ…!」
そうこうしているうちに『ゴオオオオォォォッッッ!!!』と音を発する巨大な火炎がライル達の目前に迫ってきていた。
「……」
ライルは最早諦め、甘かった自身の考えを心底悔やみながら…自らの死を受け入れるように目を瞑った……
「【水の奇跡】!!!!」
───不意に、女性の声がその場に響いた。
「え…!?」
思わず目を見開き、入ってきた光景にライルは困惑した。
突如目の前に現れた巨大な水の壁…それが此方に迫っていた火炎を防いだのだ。
『シュタッ…』
何が起こったのか分からず困惑していると、複数の影が目の前に降り立った。
「よくやった、レヴィン」
「練習の成果が出ましたね!」
「ちったぁマシになったじゃねーか」
「ふん…当然よ」
そこには四人の勇気ある者達……文字通りの勇者がいた。




