16.9話:動物と話せる少女
今回は番外編、アルスとフィルビーの話です。
ちょっとだけ重要な情報があるかも?
今回で第二章の番外編は終わりとなります。
※この話はトーキテ王国のクス伯爵領から城塞都市クヴィスリングに向かってる道中の話です。
「【癒しの光】……」
森林の中、艶のある黒髪の少女の静かな詠唱が虫達のさざめきと調和するように通り行く。
────瞬間、暖かな光が場を照らし……目の前でグッタリと倒れていた小鹿はみるみるうちに生気を取り戻していった。
"光魔法"
自然魔法の一種だが、特に希少と言われている属性で使い手がほとんどいない大変珍しい魔法。
……とはいえ殺傷力自体は低く、特性上暗がりを照らしたり敵の視界を一時的に奪うなど補助的な使い方が主流だ。
明かりなら炎魔法で事足りる。
故に実戦の場において特別重宝される魔法ではないのだが……
ヴァイゼン村で仲間になった少女"フィルビー"はそれを治癒魔法として使用している。
光魔法は全属性の中で最速の魔法────それを味方の回復に使えるのは、治癒魔導士として大変貴重な戦力だ。
「大丈夫?もう痛くない?……よかった」
「ん……?」
仲間の魔法に感心していると不意にフィルビーの声が聞こえてきた。
一瞬自身が話しかけられたのかと思ったが、よく見ればすぐ彼女が話しかけているのは今し方治療を終えた小鹿だと気付く。
その異様な光景に、失礼と思いながらも怪訝な目を向けていると……
「え?お礼なんて……あっ、待って!」
「!?待て、フィルビー!」
────突如、目の前にいた少女は白衣を靡かせながら小鹿を追って走り出してしまう。
その背中に思わず声を掛けるも彼女の足は止まらない。
アルスは仕方なく、彼女を追って走り出す。
一体どうしてこんなことになったのか……
始まりは少し前に遡る。
残り少ない物資の節約のため、アルス達は日々採取に勤しんでいるのだが……今日はアルスとフィルビーが採取組、ウォルフとレヴィンが馬車での待機組となった。
そんなわけで近くにあった森林に踏み入ったわけだが、運が悪い事に使えそうなものはほとんど見つからなかった。
その道中で遭遇したのが、先程の怪我をして動けなくなっていた小鹿というわけだ。
一瞬食料として持って帰る事も考えたが、フィルビーがすぐ助けようと行動を始めたのでそれを止めた。
『ガサッ……』
ここまでの流れを振り返りながら走っていると、不意に開けた場所へと出た。
「わぁっ……!」
「これは、すごいな……」
目の前に広がったのは────周囲一杯を取り囲む、様々な実を付けた木々達。
地面には沢山のキノコが生えている……これらを採取すれば当分は生活に困らないだろう。
「あの、アルスさん……この子が、ここにあるもの好きなだけ持ち帰っていいって」
「……動物と話せるのか?」
「はい!なんとなく言ってることが分かります!」
「そ、そうか……」
徒労に終わらなかった事に軽く安堵を覚えるも、次いで出てきた少女の言葉にアルスは困惑してしまう。
ヴァイゼン村で助祭として働いていた……いつも明るい笑顔を見せる少女────フィルビー。
思えば彼女はどこか不思議な子だ。
ヴァイゼン村に迫る危機を早々に察知したり、今のように動物と話すような真似をしたり……何か、言葉では説明しづらい独特な雰囲気を彼女は持っている。
「あー!アルスさん、信じてませんねぇ?」
「いや、そんなことは……」
────今だってそうだ。
まるで此方の考えが見透かされている様。
「本当ですかぁ?」
上目遣いで見つめてくる彼女に、アルスは咳払いをしつつ誤魔化して採取を始めるのだった。




