第七十六話 祝福と影
「これが、空帝獣の真の姿……!」
瘴気から解き放たれた神獣は、まさに圧倒的な存在であった。
身体が震える。
獄鳥だった時とは、まるで比べ物にならない。
例えが平和すぎるが、まるでひよことにわとりだ。
「我を解放したのは、そなたたちだな?」
「は、はい!」
「礼を言おう。あのままでは、我はこの大森林を焼き尽くしていた」
そう言うと、空帝獣は深く頭を垂れた。
神獣らしからぬその行動に、俺は大慌てで手を振る。
「や、やめてください! 俺たちはただ、出来ることをしたまでですから!」
「こうでもせぬと、我の気が収まらぬのだ。まったく、人に助けられるとは情けないことだよ」
空帝獣は、やれやれとばかりに頭を振った。
彼はそのまま、遥か彼方を見下ろすと深刻そうに目を細める。
「人間よ。そなたたちは魔導師だな?」
「はい、一応は」
「ならば、この大陸に起きつつある異変には気づいているか?」
「黒魔導師たちの暗躍について、ですか?」
ツバキさんが、やや低い声で聞き返す。
すると空帝獣は、ひどくゆっくりとした動作でうなずく。
「……そうだ。奴らは、この地に封じられし災厄をよみがえらせようとしている」
「初代賢者様が封印したっていう?」
「ああ。奴らは我ら三帝を倒し、封印を解き放とうとしているのだ」
「なんと! 恐ろしいことを……!」
そう言うと、オルドスさんは青い顔をして身を震わせた。
災厄の恐ろしさについては、エルフたちの国でも知られているらしい。
俺も具体的にはどんなものかは知らないが、とんでもないものであることは確かだろう。
そんなものを復活させようだなんて、いよいよのっぴきならない事態だな……。
額に、玉のような汗が浮かんできた。
「ひとたび災厄が解き放たれれば、瞬く間にこの地は破滅するであろう。人間よ、海帝獣に会え」
「どういうことですか?」
「うむ。災厄は三つに分けて封印されていてな。陸・空・海の神獣が、それぞれ守っていた。陸と空が封印を守れなかった以上、奴が最後の砦だ」
陸の神獣というと、陸帝獣のことだろうか。
やっぱり、奴の封印を解き放ったのは黒魔導師だったんだな。
あの時は、てっきり公爵領を荒らすことが目的だと思っていたが……こんな大それた計画があったとは。
「海帝獣は東の果て、名もなき島に棲んでいる。旧き者どもと縁をかわし、場所を教えてもらうとよかろう」
「東の果て……か」
ツバキさんが、何やら神妙な面持ちをした。
そう言えば、彼女は東方の出身だったか。
あまり浮かない表情をしているところを見ると、故郷で何かあったのかもしれない。
異国で魔導師をしているには、おそらくそれなりの理由があるのだろう。
「我はこの地にとどまり、真宝樹の復興に当たろう。騎士オルドスよ、このことを王家にしっかりと伝えるのだぞ」
「はッ! この身に代えましても!」
「うむ、では最後に……そなたたちの元にいる、我が眷属に祝福を与えよう」
空帝獣がそう言うと、どこからともなく例のひよこが現れた。
あれ、危なそうだから置いてきたはずなのに……いつの間に!
後を追いかけてきていたらしいひよこに、俺たちは揃って目を丸くする。
「なかなかよく育っておるな、飼い主が良い証拠だ」
「ありがとうございます」
「こやつ、名はあるのか?」
俺たち四人は、すぐさま顔を見合わせた。
言われてみれば、いつもこいつのことは「ひよこ」と呼んでいた。
卵から孵って結構な時間が経つのに、ちゃんとした名前を付けていないのは思えば変である。
すると空帝獣は、得心したようにうなずく。
「やはりな。こやつはまだ、何になるのか不確定な存在。そのことをどことなく感じ取って、命名しづらかったのであろうよ」
「そんな理由が……」
「どれ、我が一つ道を示してやろうではないか」
くちばしを高く上げ、天に咆哮する空帝獣。
直後、ひよこの身体がにわかに輝きを帯びた。
ミシミシと何かがきしむような音を立てながら、次第に光は強まっていく。
そして――
「キューー!!」
蒼穹に響き渡る声。
それは空帝獣よりも幾分か高く、まだまだ未熟さを感じさせるものの、貫禄に満ちていた。
やがて光が収まると、白鳥のような姿になったひよこがいた。
身体こそ小さいが、純白の羽や鳶色の目は神々しさすら感じさせる。
「我が力により、この者はより強い癒しの力を得た。これからは生命を司る神獣としての道を歩んでいくであろう。この力は、そなたらにとって大いに助けとなるはずだ」
「おお……! ありがとうございます!」
「うむ。国に帰ったら、名をつけてやるがよい」
「はい! 良かったな!!」
俺はひよこ――もうそんな姿ではないが――を、強く抱きしめてやった。
くちばしから、キュウキュウと気持ち良さそうな声が漏れる。
大きくなっても、まだまだ生まれてから日は浅い。
なかなかの甘えん坊だった。
「では人間よ、この地を闇より守るのだ。災厄を復活させてはならぬ、絶対にだ」
「正直、俺たちにどれだけのことができるかはわかりませんけど……頑張ります!」
深々とうなずく俺たち。
こうして、大森林の事件は大いなるうねりを感じさせながらも無事に解決したのであった――。
大森林編に決着がつきました!
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