第百三十話 大鬼
「こいつと戦うのか……?」
全身を鎖で縛られながらも、圧倒的な存在感を放つ異形。
鬼と呼ばれたその魔物は、大陸にはいない種族のようであった。
東方には凶暴な魔物が住むとは聞いていたが……。
こいつ、下手をすればドラゴンよりも強そうだ。
これには様々な敵を相手にしてきた俺たちでも、少し身構えてしまう。
「どうした、怖気づいたか?」
「はん! こんなの、私たちが相手にしてきた奴らと比べれば雑魚よ!」
「ぜんぜん平気」
天空の煽りに対して、平然と言い返すシェイルさんとテスラさん。
彼女たちの言うとおり、単純な強さにおいてはこれまで戦ってきた敵の比ではない。
普通に考えればまず間違いなく勝てるのだが、何となく嫌な予感がした。
ツバキさんも俺と似たような気配を感じているのか、何とも渋い顔をしている。
「鬼はとにかく狡猾な種族だ。油断はできんぞ」
「そう? 海の主あたりの方がよっぽどヤバイと思うけど」
ツバキさんの言葉に対して、どことなく納得いかない様子のシェイルさん。
ここで、役人の男が俺たち全員を見ながら少し申し訳なさそうに告げる。
「えー、今回確保できた鬼は残念ながらこの一体のみです! ですので、次の課題は全員でこの鬼と戦っていただきます!」
「……なるほど。ならば、わしはひとまず他の者らに譲ろう」
「譲るだと? 参加しない気か?」
「わしはいま圧倒的な有利な立場にいるからな、このまま勝っても面白くなかろう」
そういうと、天空はスッと視線を櫓の上に座す将軍に向けた。
すると将軍は、パンッと扇を手で叩いて言う。
「良かろう、勝負は競り合った方が面白い!」
「ありがたき幸せ」
「そんな余裕を見せて平気か? 後から取消は効かんぞ」
「問題はない」
そういうと、天空はさっさとその場から離れて行った。
本当に、あの大鬼との戦いは全面的に俺たちに譲る気らしい。
何を考えているのかよくわからないが、ここはひとつ、勝負のしどころだな。
先ほどの課題では力を見せつけられてしまったが、鬼を見事に倒せれば十分逆転できるだろう。
「よし、外すぞ……!!」
「気を付けろ……!」
兵士たちが互いに声を掛けながら、大鬼を縛る鎖を解いていく。
恐らくは、魔法による封印もいくつか掛けられていたのだろう。
鉄鎖がぼんやりとした光を放ち、大鬼から感じられる魔力がだんだんと膨れ上がっていった。
そして――。
「グオオオオォ!!」
「退避、退避!!」
響き渡る大音量。
大鬼が天を仰ぎ、雄叫びとともに鉄鎖を引きちぎった。
大人の手首ほどもある太い鎖が、いともたやすく吹き飛んでしまう。
周囲の兵士たちは慌てて撤退し、役人の男も焦ったような顔で宣言する。
「か、開始です!」
それだけ言うと、役人はさっさと櫓の上へと避難してしまった。
こうして邪魔者がいなくなったところで、俺たちは改めて大鬼の巨体を睨む。
「まずは私が拘束する。そしたらツバキが凍らせて、ラースが吹っ飛ばす」
「私は?」
「シェイルは――」
「ゴギャアアア!!」
テスラさんの説明に割り込むように、大鬼の雄叫びが響いた。
奴はあろうことか、それまで自身を拘束していた鎖を掴むと鞭のように振り回し始める。
――ビョウッ!!
鎖が風を切り、たちまち俺たち四人に迫った。
とっさに飛び上がって回避するが、場に残っていた大岩の残骸がさらに細かく粉砕される。
「ちっ! これでは落ち着いて魔法も使えんな!」
「任せて! そりゃっ!!」
すぐさまシェイルさんが魔導書を破った。
たちまちページが宙を飛び、大鬼の身体に張り付く。
次の瞬間、チカッと青白い光が迸った。
「グオオッ!!」
「上級の雷魔法よ! ドラゴンだって……」
「グアアアッ!!」
「いっ!?」
信じがたいことに、大鬼は雷をものともせずに動いた。
電撃を纏った拳が振り下ろされ、あわやシェイルさんの身体に当たりそうになる。
「危ないっ!!」
――疾走。
とっさにツバキさんが彼女の身体を抱え、かろうじて回避する。
しかし、雷撃の一部が彼女たちの肌を焼いた。
かすり傷ではあるが、ツバキさんは痛みに顔を歪める。
「くっ! どうやらこの大鬼、魔法に対する耐性が異常に高いようだぞ……!」
「まずいですね、雷を纏ったせいで逆に攻撃力が上がってますよ!」
「物理的に拘束するしかないな。テスラ!」
「了解。罪に穢れし魔神の魂よ。土塊に宿り、その威を再び世に現せ。錬成!」
テスラさんが呪文を唱えると同時に、巨大な魔法陣が展開された。
これは……七魔神像か!
久々に見るテスラさんの十八番の大魔法である。
地面から隆起した土の山が、たちまちいかめしい魔神の像へと姿を変える。
全部で七体、ドラゴンをも押さえつけられる戦力だ。
しかし――。
「……速い!!」
槍を振るって、大鬼を押さえつけようとする魔神像。
ドラゴンにも匹敵する巨体を誇る彼らなら、大鬼でも難なく抑えられるように見えた。
――しかし、その大きさが仇となった。
大鬼は驚くほど俊敏な動きを見せ、槍を回避してしまう。
攻撃を外した魔神像は、そのまま互いにぶつかって倒れてしまった。
大鬼は倒れた魔神像に近づくと、その頭を粉砕してしまう。
「こいつ、戦い慣れてる!!」
「だから言っただろう、鬼は侮れんのだ!」
「どうするのよ! これだと手の打ちようがないわ」
「何とか奴の動きを止めないと。ツバキさん、奴の目を斬れますか?」
俺の提案に、ツバキさんは顔をしかめた。
流石の彼女と言えども、あれだけ激しく動く鬼の目を斬るのは無理があるのだろう。
しかし、わずかな逡巡の後、ツバキさんは言う。
「……やってみよう。いよいよ、修行の真価を見せる時かもしれん」
ゆっくりと瞳を閉じるツバキさん。
いよいよ、ここからが本番だぞ……!!
俺は固唾をのんで、彼女の一挙手一投足を見守るのだった。




