第百二十四話 暗闇の修練場
「……なにこれ、完全に真っ暗じゃない」
一刀斎さんに案内されてたどり着いた修練場。
その朱と白からなる清廉な外観に反して、中は暗闇に包まれていた。
ねっとりと、身体に纏わりつくような闇。
皆で中へ一歩踏み出せば、たちまちお互いの顔すら見えなくなってしまう。
そして――。
「な、なんだこれは!!」
「……不気味」
一刀斎さんが入り口の扉を閉じた瞬間、一切の物音が消えた。
自らの感覚をいきなり断ち切られたようだった。
あまりに異様な静寂に、たちまちツバキさんとテスラさんが声を上げる。
「これこそが、この修練場の齎す”試練”じゃ」
「どういうことですか?」
「この場所には、視覚と聴覚を強制的に遮断する特殊な術が掛けられておる。ここで三日三晩過ごすことで、人が持っている第六感を目覚めさせるのじゃ。その結果、奥義を習得できるようになっておる」
「な、なんだ。大したことないじゃないの」
どこか安心したような声で、シェイルさんが告げた。
ここに至る道中の険しさを考えれば、ただ三日三晩過ごすだけというのは確かに簡単にも思える。
逆に本当にそれで奥義が習得できるのか、ちょっぴり不安なぐらいだ。
しかしここで、ツバキさんが微かに恐れをはらんだような声で言う。
「いや、この試練ほど恐ろしい試練はないかもしれんぞ……」
「脅かさないでよ。そんなことないでしょ?」
「では聞くが……。私たちがこの塔に入って、どれだけ時間が経った?」
「え? ……三分ぐらい?」
「五分ぐらい経った気がする」
「んん? 俺は十分ぐらいの気がしますけど?」
……あれ、おかしいな?
俺たち三人の答えは、驚くほどにバラバラだった。
言われてみれば、この塔に入ってから時間の感覚がなくなっている。
視覚と聴覚が機能しない中では、時の流れすらあいまいらしい。
「……数えていたのだがな。まだ一分も経っていない」
「えっ!?」
「つまりこの状況で過ごす三日間は、驚くほど長いかもしれんことだ」
「げっ……何か思ったよりヤバいかも」
「心を保つのが大変」
「その通り」
場を鎮めるような一刀斎さんの声。
彼は軽く咳ばらいをすると、よく響く声で続ける。
「これまで、この試練を受けて三日間耐えきったものは七名。我ら竜神流の長い歴史において、たったそれだけなのだ。しかも、修練の途中に気をおかしくする者も多くてな。この試練を受けることなく継承者となった者も多い」
「……父上は、どうだったのですか?」
ツバキさんの問いかけに、一刀斎さんはすうっと息を吸い込んだ。
――長い長い沈黙が降りる。
そして先ほどまでと比べて、一刀斎さんはいくらか柔らかい声を発した。
「挑戦したが、半日持たなかった」
「半日!? 父上が!?」
「さよう。しかも、しばらくは正気を失っていたらしい」
「……ねえ、これやめた方がいいんじゃない?」
ここで、シェイルさんが弱気な声で言った。
無理もない、あまりにも成功率が低すぎる。
加えて、正気を失うリスクがあるのでは……。
テスラさんとツバキさんも相当に迷っているのだろう。
んんーっと唸るような吐息が聞こえてくる。
「やらぬというのならば、止めはしない」
「…………俺、やります」
「ラース?」
「敵は天空だけとは限りません。これからますます激しくなる黒魔導師との戦いには、やっぱり奥義が必要だと思うんです」
俺がそういうと、どこからともなくそっと背中に手が伸びてきた。
柔らかな手は背中を軽くさすると、そのまま肩に置かれる。
「私も残る」
「もちろん私もだ、やろう」
「この流れだと、私も腹を決めるしかないわね」
やれやれとため息をつきながらも、そう告げたシェイルさん。
やがて俺の背中に、さらに二つ手が伸びてきた。
ともに残るという意思表示のつもりのようだ。
俺は改めて、眼前にいるであろう一刀斎さんの方を向いて言う。
「俺たち全員、必ず奥義を会得してみせます」
「そうか。ではわしは出て行く、三日後を楽しみにしておるからな」
そういうと、一刀斎さんは扉を開けて外に出て行った。
再び完全な闇に閉ざされた塔の中で、俺は改めてつぶやく。
「この三日間、必ず耐えて見せる……!!」
俺の決意の籠った声は、視界を覆う闇に吸い込まれていくのだった。
――〇●〇――
「して、大陸から渡ってきた魔導師は見つかったか?」
秋津洲の都、大和。
その中心には勇壮なる将軍の居城が聳えている。
四方を水堀と石垣によって守られたこの巨大な城郭の一角にて、密やかに話をする者たちがいた。
将軍に取り入り、今や幕府の重役を担う天空一派である。
「大和に入ったところまでは確認が取れました。しかし、その後はどこに向かったのかはっきりとしておりません。ご指示通り、大和とその周囲の宿はすべて捜索したのですが……」
「確か、一行には侍の娘らしき者がいたそうだな?」
「はい。そのように聞いております」
「ならば、その娘の実家にいるのやもしれん。武家屋敷も調べよ」
「ですが……」
天空の指示に、困惑した表情を浮かべる男たち。
基本的に、武家屋敷はそれぞれの家に管理が任された小さな領地のようなもの。
そこに立ち入るとなると、幕府の権力を使ってもなかなか骨が折れる。
「……まあ良いわ。いずれにせよ、奴らは必ず城中術比べに姿を現すはず。そこで始末すればよいだけのことよ」
流石に手がかかると思ったのだろう。
天空は翻意すると、改めて部下たちの顔を睨みつけた。
そして、黒い水晶玉のようなものを撫でながら言う。
「知っての通り、わしはいま重要な術を使っている。力が制限されておる故、くれぐれもあと数日は賊が入らぬように注意せよ」
「はっ!」
「ことがうまく行った暁には、この国は我らのものよ。かかかっ……!」
天空のかすれた声が、城中に響くのだった――。




