第百二十一話 一緒に強くなろう!
「はぁ……はぁ……」
「もう限界、動けない」
畳の上に寝転がりながら、荒い息をするテスラさんとシェイルさん。
修行開始から数時間。
どうにか鍛錬メニューを終えた俺たちは、疲労のあまり倒れていた。
屋敷の周りの走り込みから始まり、徹底した筋力トレーニングと魔力の鍛練。
もう何日も休まず修業したような気分だ。
「二人とも情けないな。身体強化がないと、こうもすぐにばてるのか」
「……ツバキが体力お化けなだけ」
「ふん、お前たちが鍛え足りないだけだ。特にシェイル、普段から魔力に頼り切っているからそういうことになるのだ」
疲れすぎたのか焦点すら定まっていないシェイルさんを見ながら、ツバキさんが言う。
そう言えば、シェイルさんって体を鍛えているところはほとんど見たことなかったな。
いつも図書館で本を読んでいるイメージだ。
「しかし、ラースは意外と優秀だったな。最後まで立っているとは」
「これでもずっと戦士やってましたから。体力はそれなりにあるはずですよ」
「それだけとは思えないが……もしかすると、過剰な魔力がトレーニングに結びついていたのかもしれないな」
「どういうことですか?」
俺が聞き返すと、ツバキさんはふむとうなずいた。
そしておもむろに手を伸ばすと、俺の体を触り始める。
「な、何するんです!?」
「やはり、筋肉の質がいいな」
「へ?」
「ラースは魔法ギルドに入るまで、常に魔力過剰な状態でいたのだろう? 膨大な魔力に晒されていたせいか、筋繊維が人よりかなり強靭だ」
ツバキさんの言葉に、俺はほうっと息を漏らした。
決していい思い出とは言えない、戦士としての三年間。
それもしっかりと血肉になってくれていたようである。
戦士だった頃は、全然成長していないと思っていたけど……しっかりと伸びてたんだなぁ。
「素の身体も強いとは、さすがラース」
「ははは、怪我の功名ってやつですかね」
「この分なら、上達も早いだろう。とはいっても、それだけでやっていけるほどうちの修行は甘くないぞ」
「甘くないって、まだきつくなるの!?」
「もちろんじゃとも」
「のわっ!?」
いつの間にか、一刀斎さんが部屋に戻ってきていた。
予期せぬ人物の登場に、シェイルさんが思わずむせた。
買い物に行くと言って出かけたのに、まだ五分と立っていなかったからな。
「早かったですね」
「うむ、こいつを貰ってきただけじゃからの」
そう言って一刀斎さんが取り出したのは、白い包み紙であった。
薬か何かであろうか?
中には黒い砂のようなものが入っていて、サラサラと音を立てる。
「これは満月丹と言ってな。活力剤の一種じゃ」
「活力剤?」
「何か……卑猥ね」
眉間にしわを寄せ、渋い顔をするシェイルさんとテスラさん。
活力剤というと、まあ……『夜のこと』に使う薬を連想するよな。
するとそれを見た一刀斎さんは、違うと首を振る。
「馬鹿者、別にその手の薬ではないわ! こいつは忍びの者どもが使う薬でな、飲むと疲労回復を早める霊薬よ」
「へぇ……そりゃ便利だわ」
「お主たちは体力がないようじゃからのう。これでも使わねば、とてもとてもわしの修行にはついてこれぬわ。ツバキ、おぬしもじゃぞ!」
「え!? わ、私もですか!?」
予想していなかったのか、変な声を出してしまうツバキさん。
一刀斎さんはやれやれと息をつくと、彼女の方を見て語る。
「当然じゃ。おぬし、船旅の間は剣をほとんど握っていなかったな? わしにはわかるぞ、ほんのわずかにじゃが身体の動きが違う」
「そ、それは……! 甲板で真剣を振るっていては危ないと船長に注意をされてしまいまして……」
「愚か者! ただでさえ未熟なおぬしが、鍛錬を怠ってどうする!」
声を大きくする一刀斎さん。
意見をはねのけられた格好となったツバキさんは、わずかにだが不満げな表情を見せた。
真剣を振るえなかったとはいえ、彼女が鍛錬を怠っていたわけでは決してない。
むしろその逆で、筋力トレーニングなどにしっかりと励んでいたのだ。
「まったく……大陸に行って、少しは腕を上げたと思っておったんじゃがの」
「ちょっと! それは言いすぎじゃない?」
「シェイル、いい。いいんだ」
抗議したシェイルさんを、ツバキさんが自ら制した。
彼女はふうっと息を吐くと、改めて一刀斎さんに告げる。
「鍛錬不足、申し訳ありませんでした。ですが何卒、これからの修行をよろしくお願いします」
「うむ、わかっておる。では、わしは先に食事へ行っておるからの」
そう言うと、一刀斎さんは再び部屋を後にした。
その足音が聞こえなくなったところで、シェイルさんが言う。
「ツバキには悪いけど、キツイお父さんねぇ。久しぶりに娘が返ってきたって言うのに」
「手厳しい」
「……あれはあれで、父上なりの愛情なのだよ。私は強くなくてはならんからな」
「何か、強さにこだわらなくてはならない理由があるんですか?」
俺が尋ねると、ツバキさんは「そうだな……」と考え込むような仕草をした。
そしてどこか遠い目をすると、ぽつぽつと語りだす。
「もともとうちの流派は、男子が継ぐというのが伝統でな。女の私が跡を継ぐというのは、かなり異例のことなのだ。当然だが、分家筋の反発も強かった。それを黙らせるためには――」
「何よりも強さが必要、というわけですか」
「その通りだ。強くなるために鍛えて鍛えて、国にいる間は化粧もろくにしたことがなかったな」
寂しげな笑みを浮かべたツバキさん。
歴史ある流派の跡を継ぐというのは、それだけ重いことなのだろう。
根っからの庶民の子である俺に、その重圧は残念ながら想像もできない。
けど、ツバキさんのどこか悲しい顔を見ていると――。
「大丈夫です!」
「ん?」
「俺も、俺たちも一緒に修行しますから! 一人じゃないです!」
「そうね。私たち、仲間じゃないのよ!」
「水臭いわ」
「みんな……!」
俺たちの言葉を聞いて、ツバキさんの表情がみるみる明るくなった。
そして、いつも以上に元気な顔をして言う。
「よし、ならば明日からはもっともっと修行だ! ともに奥義を目指そう!」
「おおーー!!」
こうして俺たちの修行は、本格的に始まったのだった。




