第百十七話 集まる賢者たち
ラースたちが秋津島に到着した頃。
王都に残ったトリメギストスは、賢者会議を招集するための準備をしていた。
議題はもちろん、暗躍している黒魔導師たちへの対策である。
魔法世界の頂点に立つ賢者としては、早急に何らかの動きを取る必要があった。
しかし――。
「やれやれ。こんな時だというのに……」
魔法ギルド本部、最上階にて。
椅子に腰をうずめたトリメギストスは、深くため息をついた。
その視線の先には、便箋が一枚。
走り書きで「欠席希望」とだけ記されている。
「賢者たちの協調性のなさにも困ったものだ。顔ぐらい見せればいいものを」
「あなたには言われたくないですねぇ」
「む?」
どこからともなく声が響いた。
トリメギストスは一瞬驚いたような顔をするが、すぐさま平静を取り戻す。
「姿ぐらい現しておけ」
「これは失礼。消えっぱなしになってましたねぇ」
執務室の片隅。
日差しが当たらず陰になっている場所が、にわかにうごめいた。
景色がゆがむ。
やがて人型が浮かび上がり、細身の男へと変化した。
年の頃は三十後半から四十と言ったところか。
目が細く狐のような顔立ちをした人物だ。
彼はトリメギストスの顔を見やると、優雅な仕草で頭を下げる。
「お久しぶりです」
「うむ。おぬしが一番乗りとは、珍しいのう。マグレブ」
「この非常事態ですからねえ。急ぎますよ」
「それだけか?」
疑わしげな顔をして、聞き返すトリメギストス。
するとマグレブは、顎を撫でながら苦笑いする。
「トリメギストス様にはかないませんねぇ。ええ、私は連中に興味がありますから」
「相変わらずじゃのぅ。だが、研究もほどほどにしておけよ? 取り込まれるからの」
「わかっておりますよ」
口に手を当てて、苦笑するマグレブ。
彼の専門は、この世ならざる者どもを操る死霊魔法。
闇とも通じる深淵の魔法体系である。
それゆえマグレブは、黒魔導師たちにも興味があるようだった。
「そなたはひとまず、ここで待っていてくれ。他の者たちがくるまでまだかかるであろう」
「さようで。まったく、皆様のマイペースぶりにはいつもながら呆れますなあ」
「魔導師などそんなものじゃろうて。特に賢者ともなれば……のう?」
そう言うと、トリメギストスは意味深に目を細めた。
魔導師というのは、元来、変わり者が多い。
しかも、腕がいいほどにその傾向が強かった。
賢者となるほどの凄腕となれば、推して知るべしである。
「まあ、私も人のことは言えませんか。では、お言葉に甘えて――っと」
「来たようだな」
マグレブとトリメギストスは、揃って部屋の扉を見やった。
直後、分厚い木の扉が軋みを上げて動き出す。
やがてその向こうから、黒いローブを纏った小柄な少女が姿を現した。
癖のある長い銀髪。
白雪の肌、線の丸い整った顔立ち、細められた眠たげな眼。
年のころは、十代前半と言ったところだろうか。
その姿を見たマグレブとトリメギストスは、ほうっと息を漏らす。
「そなたがくるとは珍しい。来ないかと思っていたのにのう」
「こんな面白いイベント、来るに決まっておるではないか。あれを使う瞬間なんぞ、滅多にみられるものではないのじゃから」
そう言うと、少女は口に手を当ててて笑みを浮かべた。
見た目の幼さとは大きく印象の異なる、老獪な雰囲気である。
魔女ストレツィア。
賢者会議の中でも、最も古いメンバーの一人だ。
その年齢は本人以外誰も知らないが、少なくとも見た目通りではない。
「まだ、あれを使うとは決まっておらんがのう」
「いいや、ほとんど決まっているようなじゃろ? 黒魔導師どもに対抗するには使うしかあるまいて」
「私は反対ですがねぇ」
フラフラと歩き出すマグレブ。
彼はそのまま窓際へと移動すると、スッと目を細めて外を見やる。
その視線のはるか先に聳える白い山々。
連なる峰々の奥に、賢者たちの言う「あれ」は眠っている。
古代魔法文明が造り上げた最終兵器――ルナエ・レフレクシオ。
世界を滅ぼすとさえ言われるほどの代物だ。
「いずれにしても、あれを使用するかどうかは会議で決めること。この場で言い争っても仕方あるまい」
「ま、それもそうじゃな」
「あと、欠席表明をしておらぬのは……イーロムか」
「あやつが本当に来るのか?」
訝しげな顔をすると、首を傾げるストレツィア。
彼女の知る限り、イーロムという男はおよそ会議に出てくるような人物ではなかった。
人との接触を断つために、賢者になることすら嫌がったほどの男なのである。
「そうじゃのう……可能性は低いが、じっくり待つとしよう。このままでは出席者が少なすぎるのでな」
「やれやれ。一応、わらわの方からも呼び掛けてみるかの」
「頼む」
「あとで何か都合せいよ」
「いいだろう」
渋々ながらもうなずくトリメギストス。
ストレツィアは厄介な人物だが、最古参なだけあって影響力はしっかりと持っている。
この局面においては、頼らざるを得ない。
「しかし、何事もなければいいのだがのう。ラースたちが心配じゃわい」
「ラース? 聞かない名前ですねぇ」
「新しくギルドに入った魔導師じゃよ。信じられんが、適性がプラチナと出ておった」
「ほう」
驚いた顔をするマグレブとストレツィア。
適性プラチナというのは、賢者たちの眼から見ても非常に珍しかった。
「ま、とにかくじゃ。わしらはわしらで、やれるだけのことをせねばいかんぞ」
パンパンと手を叩くトリメギストス。
こうして、賢者たちが動き始めるのだった――。




