・先輩冒険者にからまれたのでスッポンした!
冒険者ギルドの周辺には各種便利施設が集まっている。
武器屋、防具屋、道具屋、郵便屋、宿屋、盛り場に、馬車駅と、まるでテーマパークみたいに施設が密集している。
言うなればここは、街全体が冒険者ギルドのために存在しているご都合主義の街だ。
「おい、待てよ、兄ちゃん」
「じゅるる……へへへっ、待ってたぜぇ、小僧ぉ……」
そんな街を裏通りの宿屋街に向かって歩いていると、昼間の冒険者ターントとナイフぺろぺろマン先輩の横を素通りしていた。
「おいこらっちょっと待てや!! 先輩に挨拶もなしかぁ、えぇぇっ?!」
「あ、こんばんは。じゃ、俺急いでるから」
背中を向けるとナイフぺろぺろマン先輩に回り込まれた。
「お前……じゅるり……払って……ぺろぉーり……ねーだろぉ……?」
「そうだぜ、新入りは稼ぎの半分を先輩に払う! それがうちのギルドのルールなんだよーっ!」
「ああ、要するに新人いびりか」
「調子乗ってんじゃねぇぞ、小僧! じゅるり……」
「つーかどうでもいいけど、おっさんナイフ舐め過ぎでしょ……」
「ヒャハハハハッ、ペロッ、てめぇの腹にコイツをご馳走してやってもいいんだぜぇぇっ、ぺろーりっ」
ターントは斧を担ぎ、ナイフぺろぺろマン先輩はナイフを2本に増やしてにじり寄ってきた。
「財布見せろよ、兄ちゃん? この先もギルドで働きたかったらよ、稼ぎの半分――ンギョォッッ?!!」
トイレのスッポンを逆手に持ち、斧戦士ターントの顔面を『キュポッ』と吸った。
「シャァッッ!!」
それを見てナイフぺろぺろマン先輩がお怒りになったが、そんなものでは俺のダーツボードシールドは破れない。
「ホギョッ?! アッアギャァァッッ?!!」
ナイフぺろぺろマン先輩をシールドバッシュで弾き飛ばし、ダーツを額にご馳走してやった。
「い、いでぇっっ、貴様ァァァーッッ!!!」
ちなみにターントは我がトイレのスッポンを顔面から外そうと奮闘しているようだが、どうも難航しているようだった。
「ングッ、ンゴッ、フゴッ、ウゴゴゴゴォォッッ?!!」
「ターントの兄貴っ!? ペロペロ……テメェ、兄貴を殺す気かぁっ!! ペロペロ……」
「喋るか舐めるかのどっちかにしろよ……」
その刹那、ナイフぺろぺろマン先輩の腕から鈍色の光がひらめいた。
だが心配ご無用、投げナイフくらいでは我が導きのダーツボードシールドを抜くことは出来ない。
「お、俺の攻撃を全部止めやがった!? ジュルリ……」
「じゃ、次は俺の番な」
こちらもダーツを1本ひらめかせた。
ダーツは再びプル(額)にヒットし、ぺろぺろマン先輩は頭蓋骨への直撃に仰け反った。
「い、いでっ、いでぇぇーっっ?! て、てめ、テメェェッッ!!」
親切にも返却されたダーツをダーツボードで受け止める。
わかってはいたが、我が公爵家の遊技用ダーツの威力は微々たるものだった。
「ぶへはぁぁっっ?!!」
とやっていると斧戦士ターントがようやくトイレのスッポンを顔面からはがした。
ターントの顔は呼吸困難で真っ赤で戦闘どころではないようだ。
てなわけで、先にナイフぺろぺろマン先輩を(精神的に)倒すことにした。
「ナイフぺろぺろマン先輩も味わってみる?」
「ひぃっ!? よ、寄るなっ、そんな汚い物で戦うなんて卑怯だぞ、貴様っ! ぺろり……」
「実はさっき、ギルドでトイレ借りたんだよね」
我が導きのトイレのスッポンは少し湿っていた。
「行くぞ、ナイフぺろぺろマン先輩っっ!!」
「ひっ!? く、くるなっ、ひぃっ、ヒギャァァァッッ?!!」
苦しまぎれのナイフをダーツボードシールドで弾き、槍のようにトイレのスッポンを構えた。そして――
「オラオラオラオラオラオラオラァァーッッ!!!」
グリーンスライムが3発で精神的ダメージにより逃げ出す攻撃を連発した!!
「ポキュッ?! ホギュッ?! アギュッ?! ンオギュゥゥッッ?!! く、くる……しい……」
物理的なダメージはわずかなもの。
しかし深い精神的ダメージにより、ナイフぺろぺろマン先輩は白い泡を吹き、前のめりに倒れて白目を剥いた。
「へぇ、対人だと意外とイケんのなー、これ。……さて」
振り返るとそこには斧を身構えるターントがいた。
後ろから不意打ちを仕掛けるつもりだったようだ。
「ターント先輩、ここでひざまずいてゴメンナサイするなら許してやってもいいぜ?」
息切れする40代Eランクに『次はお前だ!』とトイレのスッポンを構えた。
「そ、そんなふざけた武器に……っ、そんなバカな武器相手に負けてたまるかぁぁっっ!!!」
「良いリアクションだ。だが死ねっ、精神的に!!」
命中率0%を切っているというのに、懲りずにターントは斧を振り回した。
彼は本気で当たると信じていたようだが、残念ながらそうはならない。
ゲーム的に言えば単純な話だ。
Eランク冒険者ごときが、元ラスボスである俺にダメージを与えられるはずがないのである。
「隙ありっっ!! キュポッキュポッキュポッキュポッキュポッキュポッキュポッキュポォォォォッ!!!」
石畳に振り下ろされた斧を踏みつけて封じ、トイレのすっぽん乱舞を先輩にくれてやった。
「ウゲッ?! ウゴッ?! や、やめっ?! ングッッ?! ンギュゥッ?! やめでっ、やめっ、ングホォォッッッ?!!」
対人において我がトイレのスッポンの威力はやはり圧倒的だ。
数えて24発『キュポッ』としてやると、ダーントは戦意を失い、ショックに涙を流し、白い泡を口から垂れ流して立ち尽くした。
「ひど……い……ひど……すぎ……るぅぅぅ…………」
深い心の傷を負った彼はその場にしゃがみ込み、膝を抱いてメソメソと泣き出した。
思えばマンガやゲームの精神攻撃系のキャラクターって、好きになれないヤベーやつしかいない。
俺はたった今、その仲間入りを果たしたようだ。
≪トイレのスッポン:24→25≫
「お……」
≪トイレのスッポン:25到達!
特殊効果:麻痺付与・小を得た!≫
毒に続いて麻痺の追加効果を得た。
麻痺はこのゲームにおいて強力だ。
相手が雑魚モンスターならば耐性もガバガバ。明日のグリーンスライムちゃんをピリピリさせるのが楽しみだ。
「あら……リチャードさん……?」
「あ、ピリリカさん。こんばんは、月が綺麗ですね」
「いえ、月とか出てませんけど? あら……?」
私服だろうか。
楽なワンピース姿のピリリカさんが膝を抱いて泣くターント先輩と、うつろな目で宵空を見上げるナイフぺろぺろマン先輩を見つけた。
「何してるんですか、この2人……?」
「さあ? 俺、まだ宿探し終わってないからそれじゃ!」
「ちょ、ちょっとっ!?」
宿は決まっていないが予定はある。
ゲーム本編でプレイヤーキャラが使っていた空鯨亭にするつもりだ。
「ターントさんっ、ペロリンガーさんっ、立って下さい、街の人にご迷惑ですよ!」
先輩冒険者を精神的に破壊した俺は清々しい気分で、通常プレイでは味わえない喜びを胸に、ちょっと先にあった空鯨亭に入った。
「いらっしゃいましーっ♪ あ、新顔さんね! 宿にする? ご飯にする? そ・れ・と・も……ば・く・ち……?」
「とりま、1人部屋を一晩」
宿娘のキャンディ(源氏名)さんは愛想のいい女の子だ。
確か年齢はJKくらい。コケティッシュでかわいいけど、裏と表が激しいキャラだ。
「はいはーいっ、1名様ごあんなーいっ!!」
宿代は30G。食事は1階のレストランで好きに注文しろスタイル。
初日からガッツリ稼いだ俺は、バケットと、ヒラメのソテーと、アジのカルパッチョを注文して、一杯だけビールも『キューッ』とやって一日を終えた。
悪ぃ、チャールズ……貴族止めて正解だったわ、俺。
自由気ままな一晩が過ぎていった。




