・準決勝 邪王水殺蒼竜波した!!
「おうリチャードッ、また客がきてたから中入れといたぜーっ!」
「いや余計なことすんなよ、パンガス……」
「会場を暑苦しくしたおめーが悪ぃんだよ! ほら、会ってやれよ!」
今度はいったい誰だろう。まさかまたオバちゃんが増えたりしないかと、嫌々自分の席に戻るとそこに懐かしい顔があった。
「やあ、グレンターくん。魔剣タナトスに蝕まれながらも回復した人間は、君が初めてだろうね」
「…………貴様か、ラスター……」
唇が勝手に動き、今の俺ならまずしないはずの高慢な声色でつぶやいていた。
「教え子が回復してくれて嬉しいよ。てっきり父親のように命を落としてくれるのかと思っていたのだが、まさか、生き残ってしまうとはね……」
その男は2年前まではエーギルの杜の新任教師だった。
理知的で賢い一方で、権威主義者であるリチャード・グレンターとたびたび激突していた。
年齢は20代半ば。髪は紫の長髪。やせ細った身体に絹のトーガをまとっている。
貧相な身なりをしていた2年前と比べると雰囲気からしてまるで別人だった。
「何をしにきた?」
「挨拶だよ、グレンターくん。優勝はこの私がいただく。君のように傲慢な権威主義者にこの国の役職は与えられない」
「黙れっっ!! 兄さんと父上に魔剣を握らせたのは貴方でしょう、ラスター子爵っっ!!」
そこんところは俺も気になる。
乱入してきた弟と並んで、あの事件で漁夫の利を得た男を鋭く睨んだ。
「いやいや言いがかりよして下さいよ、グレンター公爵様。……そんな顔をしなくとも、貴方方の大切な領民は私の下で幸せに暮らしていますよ」
「あれはグレンター家を失脚させ、領地を奪い取る陰謀だった!! そうなんでしょう!!」
熱くなるチャールズを止めた。
チャールズからすればタナトス事件は理不尽の幕の内弁当だ。
父の死、兄の廃人化、婚約の破談、莫大な損害賠償。酷い悪夢だっただろう。
「ラスター」
「なんでしょう、リチャードくん」
「決勝戦で待っていろ。二度と立てない身体にしてやる」
「ふふふ……そっくりそのままの言葉を返しましょう。リチャード・グレンター、貴方には、もう一度廃人に戻っていただきます」
わざわざ挑発しにきたのだろうか。
言うことを言うとラスターはグレンター家の貴賓席を立ち去っていった。
「アイツですっ、絶対にアイツですっ!! 父上と兄さんを狂わせたのはアイツに間違いありませんっ!!」
「落ち着けよ、チャールズ。もっと楽しくいこうぜ」
「仇を討って下さいっ、父上の仇を!! 僕とサルビアはあいつのせいで……引き裂かれて…………兄さんっ、お願いだよ!!」
悔しさのあまりに表情を引き歪めるチャールズが痛ましかった。
「おう、言われなくともそうするよ。パンガスに使うなって言われた、この至上最低の武器でなっ!!」
あの男は死なす。
肉体的にも精神的にも、両方で死なす。
尿路結石をもたらすこの悪魔の武器【如意きゅっぽん】で。
俺のもう一つの人格である貴族のリチャードも、ヤツへの復讐を望んでいた。
・
かくしてその30分後、紅茶とクッキーが欲しくなる時間に準決勝第2試合がやってきた。
「ヒッポグリフの門っ、メガネ派・超鈍感・変態貴族っ、リチャード・グレンターッッ!!」
「対するペガサスの門っ、ネーミングセンスの痛い男っ、自称ブラックストーカーッッ!!」
俺の対戦相手は匿名希望の大男だった。
顔にはオペラマスクを身に着け、全身を黒いぴっちりスーツで包むその姿は、公道を歩いちゃいけない系の変質者だった。
「リチャード・グレンター……我がギルドの者が世話になったな」
「え、何? ピッチリスーツギルドの方……?」
「暗殺ギルド。そう言った方が早いか」
「ああ、あいつらか。俺の弟に怪我させたんだ、自業自得だろ」
暗殺ギルドやつらは問答無用でぶちのめす。
こっちは弟と使用人に大ケガをさせられたんた。
組織のトップを成敗すれば俺の鬱憤が晴れる。
「フランクだな、お前には暗殺者の才能がある」
「なりたいって思ってなる仕事じゃないだろ、それ……」
「ギルド最強の俺が殺せないのならば、依頼の達成は不可能。負ければグレンター家相手の仕事から手を引こう」
「本当? じゃあのっけから本気でいくぜ」
「ふん、これでもこの国の暗部の筆頭。そう易々とやられはしない」
確かに強そうだ。
強そうだからホントのホントに本気でいこう。
「それでは両選手っ、準備はよろしいようですニャッ!! 準決勝第2回戦っ、リチャード・グレンターVS匿名ブラックストーカー!! 試合開始ニャァァッッ!!」
チャッティ・キャットがそう宣言すると、会場が熱く湧いた。
だがすまない……。
「【シャドウアバター】……!!」
ブラックストーカーが上位魔法を使った。
【シャドウアバター】とは要するに分身の魔法だ。発動すると攻撃が2回発動する。
「【秘剣・月光氷花】!!」
【秘剣・月光氷花】とはナイフ系の最上位戦技だ。
投げたナイフが何十本にも分身して、その全てが対象に突き刺さる。
ボスクラスでもない限り、大半のモンスターは一撃で死ぬ。そ
の暗殺者はのっけからガチで殺しにきた。
だがこっちだって本気だ!
「邪王水殺ッッ、蒼竜波ァァァーッッ!!」
俺は即死級の攻撃に対し、トイレのスッポンの先から予備動作なしで出る水圧のビームを放って全てを薙ぎ払った。
「ヌオワァァァァーーッッ?!!!」
敵の分身は水圧のビームにより消えた。
【秘剣・月光氷花】もまたビームに全部吹き飛ばされて跡形もなく消えた。
もちろん対戦相手のブラックストーカーさんも吹っ飛んで、水しぶきの彼方に消えた。
「キャァァァァーーッッ?!!」
「つ、冷てぇぇーっっ?!!」
「な、なんだっ、何が起こったんだっっ!?」
俺のビームはまるでスプラッシャーマ○ン○ンみたいに弾けて、天高く舞い上がった水がスコールのように闘技場に降り注いだ。
「ひぃぃんっ、水は嫌いニャァァァッッ!!」
一瞬のスコールが止むと、グチャグチャのドロドロになった闘技場が残った。
え、ブラックストーカー選手?
仮面とピッチリマスクが外れちゃって、中からハゲ散らかったおっさんが出てきちゃった。
これで自称ブラックストーカーは、ぶっちゃ超痛いと思う……。
「リチャード選手っっ!!」
「え、何……?」
チャッティ・キャットはなんかお怒りだった。
「なんてことをしてくれるんですかっ!! 私たちに冷水を浴びかけた上に、一瞬で試合を終わらせるとかっ、もっとエンタメ精神を持って下さいよっ!!」
猫語を忘れるくらいに彼女はキレていた。
「ふざけんな、リチャードッッ!!」
「やるならやるって言ってよ、バカーッッ!!」
「お前のせいで暑かったり寒かったりさんざんだよ!!」
薄情なものだ。
さっきまで一緒にお祭り騒ぎをしてくれたのに、水をぶっかけられたくらいで人間の小さい。
「皆さんっ、もっともっと言って下さいニャッ!! 水をかけられた鬱憤を私と一緒にどうぞっ!!」
「しね!!」
「バカ!!」
「変態!!」
「濡れ透け野郎!!」
会場の女の子の服が透けて喜んでいるやつがいることだけ理解した。
「はいっ、皆さんありがとうございましたニャァッ!! 準決勝2回戦の勝者はリチャード・グレンターッッ!! 賞金は7500Gっ、おめでとうございますっっ!!(怒)」
濡れてセットの崩れたチャッティ・キャットさんの姿も、なかなかいい眺めだった。
髪を直すの大変だろうなと思うと、まあキレて当然かもなと思い直し、キスと一緒に貰うもん貰った俺は大ブーイングを浴びながら貴賓席へと帰ったのだった。
これにてベスト2進出。
さあこれより小休憩をはさんだら、グレンター家の名誉をかけた勝負の始まりだ。
タナトス事件、チャールズ暗殺未遂事件、その背後にいるあいつは絶対に死なす!!




