・ギルドのお姉さんと尿路結石の薬を取りにいった!
大会を3日後にした朝、バターと砂糖たっぷりのパンケーキ3人前と、オニオンサラダを注文した。
もはや説明するまでもないが、宿娘ティリアは配膳にくると、さも当然と人の飯に手を付け始めた。そんな折り――
「あ、ピリリカだ」
「おはようございます、キャンディちゃん、美味しそうなパンケーキですね」
「これリチャードのだしーっ、食べていーよっ!」
ピリリカさんが魔法使いのローブをまとって宿に現れた。さも当然と彼女も席に腰掛け、俺の皿からパンケーキを奪った。
「わぁ、美味しいです……っ」
「でしょっ、私が焼いたんだー。もっと奪い取ってもいいよーっ」
「え、でも……」
「いーのいーのっ、リチャードってちょー太っ腹だから!」
いつの間に親しくなったのだろう。
ピリリカさんは遠慮がちに、パンケーキの2枚目を狙っていた。
「ま、美味い物はみんなで食った方が美味いよな」
「ありがとうございますっ、リチャードさんっ!」
今日の天気だとか最近の噂だとか、話題は割とどうでもいい話だったが、楽しい朝食会になった。
「さて、私は仕事に戻らなきゃ! リチャード、今日もがんばってね!」
「おう、キャンディさんもな」
皿を抱えてティリアは元気いっぱいに厨房へ戻っていった。
「リチャードさん、先日はありがとうございました。ポゥエン村は貴方がいなければいずれ滅びていたでしょう……」
「いいさ、やってみたら意外と楽しかった。さすがに遠かったけどな……」
「リチャードさんが人助けの尊さに目覚めて下さって私嬉しいです」
「お、おう……。そんで、今さら聞くのもなんだけど、その格好は……?」
「はいっ、今日は休暇なんです! リチャードさんっ、今日は私一緒に、お薬を取りに行きませんかっ!?」
姿からしてピリリカさんは行く気満々。断りづらい雰囲気だ。
「どうすっかな」
「お願いしますっ、尿路結石に悩むおじさんたちを助けたいんですっ!!」
「にょ、尿路結石……!?」
かわいいメガネ女子の口から聞くと、女の子への幻想が崩れそうになる言葉だった。
「はいっ、最近は尿路結石の患者さんが多く、薬の材料もひどく高騰してしまっているんです……」
「あそこの医院、んな病気の面倒も見てるのかよ。ああでも悪い、やっぱり大会も近いから今回は――」
とやっていると頼んでいないはずのアイスティーが配膳されてきた。
ティリアがグラスを『ゴンッ』と人に圧力をかけるようにテーブルに置いた。
「受けてあげなさいよ! うちのパパ、去年尿路結石で死にかけたんだから!」
「いや死にはしないだろ……」
「うーうんっ! うちのパパなんか、痛すぎて吐いちゃったんだから!」
「へーー……」
でも若い俺には関係ないし……。
「ピリリカッ、こいつ連れてっていいよ! こんなヘンタイでよかったら、ガシガシ使ってやってよっ! リチャードって、雑に使われるとヘラヘラ喜ぶから!」
「いや喜んでねーし……」
日本人にありがちな笑ってやり過ごす癖が抜けないだけだし……。
「人助け! いいことじゃん! リチャードは人助けしてた方がカッコイイよ!」
「リチャードさん、ボランティアしましょう! 素晴らしいですよ、ボランティアの力は!」
逃げ道はなさそうだ。
時間ももったいないし折れた方がいいかなと迷っていると、そこに見知った顔が現れた。
「パパッ!?」
ティリアのパパだ。
料理人でもある彼は短髪でヒゲもなく、こざっぱりとした身なりのおじさんだ。
それが床に膝を突いて頭をたれた。
「尿路結石の再発率は恐ろしく高い……」
「お、おう……」
「今でもこの腰に、命を削る魔石が生まれていないかと、震える日々だ……」
「それは、まあ、たまんねぇな……?」
「頼む、リチャードさんっ、薬を手に入れてきてくれっ!! 最近また少し、尿の出が、悪いのだ……っ!!」
パパさんは大変おつらそうだった……。
「尿路結石って、そんなにヤベーの……?」
「中にはあまりの激痛に自殺を試みる者もいる……」
「んな不名誉な死に方は嫌だな……。わかった、空鯨亭には世話になってるし、ちょっと薬の材料取ってくる」
「おお、ありがとう……!!」
「では行きましょうか、リチャードさん! いざ、ソコラン渓谷へっ!」
しょうがないので、今も激痛に涙を流してあえぐ都のおじさんたちを助けるために、俺たちはソコラン渓流へと向かった。
・
ソコラン渓流の敵は凶暴な個体が多い。
この渓流の水には魔石素が含まれており、それが尿路結石を誘発するためである。
「知ってるなら止めてよ、ピリリカさんっ!?」
「いえ、美味しそうに飲まれるので、止めるのもどうかと思い……」
ソコラン渓流の水は青く輝くように澄んでいて綺麗だった。水のミネラルがもたらすわずかな渋みとキンキンの冷たさが美味くて、お腹いっぱい飲んでしまった。
「ちょっとくらいなら大丈夫ですよっ。これからお薬の材料も取りますし!」
「く……っ、謀ったなピリリカさん……っ」
しかしここは国内でも有数の魔石の産地でもあった。
そう魔石とは[モンスターの体内で生まれた尿路結石]のことだったのである。
「ふふふー、なんのことでしょう♪」
「覚えていろよ、ピリリカさん……」
ソコラン渓流は都から馬車で1時間半の町から、渓流の方に向かったところにある。
観光地としてもなかなかで、特に釣り人に人気がある。
観光気分で渓流の流れをさかのぼるように進み、悪路に遭遇しては目の悪いピリリカさんの手を引いて進んだ。
「リチャードさんって、性格と装備に目をつぶれば王子様みたいですねっ!」
「それ間接的にさー『顔以外は全部微妙!』って言われているような気がするんだけど?」
「そんな変な意味はありませんよー。私はリチャードさん、素敵だと思いますし」
「え、本当……?」
「ええ。だけど普通の女性の方は……。リチャードさんに目を合わせないようにされたり、避けて通る傾向がありますね……」
「ふーん、なんでだろ」
「はい、装備がヘンタイだからです」
ピリリカさんはそう言いながら足を止めた。
辺りはバーベキューが出来そうな川沿いの岩場になっている。
小さい岩、でっかい岩、変な形の岩、岩岩岩がゴロゴロして歩きにくいその辺りに、円状に岩が撤去されて土塊の地面が広がっている場所があった。
「少し休んでいて下さい、準備をしますので」
「準備? キャンプでも始めんの?」
「いえ、これからモンスターの誘因装置を設置します」
「え、そんな便利なものがあるのか」
ピリリカさんは三脚のような物を立てた。
杭を打ってそれを地面に固定して、それから3枚の皿を取り付けた。
「はい、完成です」
「なんか電波とか受信しそう……」
テレビガチ勢! って感じの見てくれだった。
「これはですねー、特殊な高周波を魔力で増幅して放つ装置なんです」
「ほ、ほう……?」
「これはモンスターたちの体内の尿路結石に、激しく響くように設計されているんですよーっ!」
「な、なんと……?」
「激痛にあえぐモンスターは振動をたどってここに押し掛けてきます! そして彼らはなんとしても、痛みの原因を破壊しようとしますので! それをリチャードさんが全部やっつけて下さいっ!!」
「え、さすがに、それ酷くない……?」
良心のかけらもない悪魔のような装置だった。
「大丈夫です! リチャードさんの実力なら余裕ですよ、余裕!」
「いやそういう意味じゃなくて、その装置、酷くない……?」
「病気のおじさんたちのためです! ここは心を鬼にしてがんばりましょう!」
人間って、どこの世界でも罪深い生き物なんだなぁ……。




