・男装女子を馬車でハイエースした!
昨日より少し遅い朝、1階のレストランでいつものように朝食を頼んだ。
「おはよ、最近がんばるじゃん」
「はよっす、キャンディさん。次はでかい仕事を請けるとギルドの人と約束したんだ」
するといつものように宿の看板娘が現れて、サンドイッチセット3人前を配膳してから向かいに腰掛けた。
「それ、ピリリカって人でしょ。リチャードのことちょー褒めてた」
「ピリリカさんが俺を? そりゃなんかくすぐったいな……」
それから本名ティリアはさも当然と、山盛りのサンドイッチセットから卵サンドを抜いてかじった。
「ちっちゃい子たちのために薬集めたって聞いた。アンタってさ、そういうことするんだぁ~。なんか、ちょー意外……」
「ははは、俺が人助けなんてするわけないじゃん。ただの仕事だって」
「でもやったことはホントだし、私からも褒めたげる。リチャード、偉い偉い!」
そう言いながら育ち盛りの乙女はハムチーズサンドにも手をかけた。
「遊び半分でやったことを褒め倒されると、なんか複雑な気分だ」
「ふふふっ、照れ隠しなんてしなくていいよ! リチャードはいいやつだよ、私が保証するっ!」
「だから褒め倒すのは止めてくれって……」
「そうそう、闘技大会まであと5日だね。私も応援に行くからっ、がんばってよね!!」
≪女たらし:30→31≫
今日はやけに褒め言葉の多いティリアと朝食を楽しむと、彼女に見送られて空鯨亭を出た。
それから宿屋のひしめく通りを離れ、表通りの冒険者ギルドを訪ねる。
早朝を避けたこともあって冒険者ギルドの混雑は落ち着いていた。
「あ、いらっしゃいませっ、リチャードさん!」
「おっす、ピリリカさん!」
「待ってましたよっ! 約束、忘れてませんよねっ!?」
「おうっ、ピリリカさんのオススメのクエストを紹介してくれ!」
「はいっ、その言葉も待っていました! ではこちらをお願いします!」
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【ゴブリンキラー】
勤務先 :ポゥエン村
標的・数:ゴブリン200体の討伐
報酬 :4000G
備考 :ぴちぴちギャル多し
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「あれ……これって……」
「はい、以前ご紹介したクエストです。請けて下さる勇敢な方がいまだ見つかっておりません……」
「そりゃ悲惨」
「お願いできませんか……? 討伐して下さる方が見つからないと、ポゥエン村はいずれ……」
「ゴブリンか」
「はい、残忍な亜人族です。領主のラスター子爵は討伐に消極的で、被害が出るまで動いてくれそうもないと」
なんだ、グレンター家の元領地というわけか。
「わかった、請ける! 数が多いならケーケンチ稼ぎになりそうだし、俺に任せろ!」
トイレのスッポンを天に掲げてそう宣言すると、誰かが背中に駆け寄ってきた。
「あ、あのっ、リチャード様ッ!」
それは新米冒険者のニケ・プーマーだった。
マゼンダ色のショートカットを揺らして、背の高いリチャード・グレンターを横から見上げていた。
「よっ、ニケじゃないか!」
「ぼ、僕も連れていって下さい! 分け前はいりませんっ、隣でリチャード様の『トイレのアレ』を教わりたいんです!」
「いいぜ、ポゥエン村まで暇だしな、一緒に行こう!」
「え、そんなあっさりっっ!?」
即OKを出すと頼み込んできた方が驚いた。
ピリリカさんは静かにペンを滑らせ、ニケ・プーマーの名前を書類に刻んだ。
「あんまりニケくんに変なことを教えないで下さいね?」
「そんなことするわけないだろ」
「いえ、リチャードさんは頭からつま先まで全部変な人ですから」
そう言ってピリリカさんはこちらに書簡を押し付けた。
「そちらは冒険者ギルドからの仲介を受けた、正規の冒険者であることを証明する書簡です。がんばって下さいね、ニケくん、リチャードさん!」
「おうっ、日帰りは無理だろうけど、明日には報告に戻るよ。行こうぜ、ニケ!」
「わっ?!」
ニケの背中を押してギルドを出た。
ニケはくすぐったがりのようだ。ちょっと背中を押しただけなのに身をよじった。
「馬車乗るぜー」
「は、はいっ! ぁ……っ!?」
御者に金を払うと馬車にニケを引っ張り込んだ。
ちょっと手を引いただけで女の子(男装)が赤くなるのだから、リチャード・グレンターってやつはずるかった。
「あの、ポゥエン村はどのくらい遠いのですか?」
「行ったことないからわからんけど、片道5時間はかたいだろうな」
「そ、そんなに……っ?」
「心配しなくても宿も飯も俺がおごってやる。ま、観光気分でゆるーくいこうぜー」
「と、泊まるんですか……!?」
「日帰りはさすがにたるいだろ。観光してる時間もなくなるし」
馬車の客が増えてくると、窓際をニケに譲って間をつめた。
「せ、せまいですね……」
「始発駅だからな。ま、窮屈なのは今だけだ」
間もなくして最後の乗客が乗り込み、馬車はギュウギュウの定員となった。
「ぅ、ぅぅ……」
「悪い、もうちょっと時間帯を考えた方がよかったな、こりゃ……」
「い、いえ……っ、別に……せまくてちょっと暑いですけど……僕、嫌じゃありません……」
≪女たらし:31→33≫
暑いと言いながら手を繋いでくる矛盾したニケ・プーマーと、ポゥエン村への長旅を始めた。




