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24/50

・弟とチェスをした

「ちょ、ヤバッ、どうしよっ、起きてリチャードッ!!」


「んぁ……?」


「パ、パパに……っ、パパに、バレたかも……っ」


「パパ……? は……誰の……?」


 目を覚ますと激しいノックが部屋に響いていた。

 それはせっぱ詰まった荒々しいノックで、すぐに眠気が吹っ飛ぶことになった。


「わ、私ベッドの下に隠れるからっ、ごめんリチャードッ、代わりにパパに殺されて……っ!!」


「ちょっ、ちょぉぉっ、そりゃないだろ、ティリア……ッ?! てか、親の同意取ってなかったのかよ、これっ!?」


「取れるわけないじゃん、バーカッ!!」


 戦々恐々。モンスターなんかより人間の方が恐い。

 やむなく俺は応対に出た。


「あの、どちらさまで……?」


「おおっ、そのお声は坊ちゃま!! 私です、執事長のロッコでございますっ!!」


「え、ロッコさん!? どうしたんだ、こんな夜中に……っ!?」


 ドアを開けると必死の形相のロッコさんが部屋に押し入ってきた。

 人には聞かせられないのか、彼は外を確認してドアを閉じた。


「落ち着いて、どうか落ち着いてお聞き下さい、リチャード様……ッ」


「いやそういう言い方されるとかえってこえーし、ストレートにどうぞ?」


「チャールズ様が……っ、チャールズ様が刺客に襲われ大怪我を……!!」


 人は認めがたいことが起こると頭がプチフリーズする。

 弟が襲われて大怪我。ストレートに受け止めるには、超ヘビーなやつだった。


「刺客? え、なんで? 大丈夫なのか、アイツ……ッ!?」


「はっ、幸い出血は止まり今のところはどうにか……。とにかく至急屋敷にお戻りを!!」


 今日は冒険者ギルドに行く予定だったが、どうもこれは無理そうだ。ティリアをベッドの下に残して俺は部屋を出て、弟が待つ屋敷へと帰った。



 ・



「ごめんなさい、兄さん……。でも、また会えて、よかった……」


 チャールズの命に別状はなかった。しかし出血と刀傷によりだいぶ弱っていた。


 チャールズは昨晩、帰り道にて何者かに闇討ちされかけた。庭師兼、御者の青年も重傷。同じ部屋にベットを運んで療養中だ。


 護衛の傭兵はダメだった。屋敷に血の臭いが充満していた。

 今日まで遊び半分で生きてきたが、こんなことをされたらさすがに、愉快なエンジョイライフどころじゃない……。


 一応、俺の頭の中にはチャールズと一緒に育ってきた記憶があった。


「で、誰にやられたか、本当にわからないのか?」


「わかりません。ただ……思い当たるふしは……う、うぐ……。あ、あります……」


「おい、チャールズ? お前、闇討ちされるようなことをしたのか?」


「はい、タナトス事件について調べるようになってから、怪しい連中に、付け狙われるように、なりました……」


 魔剣タナトス。リチャードに力を与え、そして勝手に破れて廃人に変えた諸悪の根元。

 今をエンジョイする俺には、高いステータスをもたらしてくれた恵みの魔剣でもあった。


「兄さん……帰ってきてくれて、すごく嬉しいです……」


「悪い、今は今の楽しみに夢中で、まあこれからは時間を見つけて帰るよ。で、余裕があれば詳しい話が聞きたいんだが?」


「はい、タナトス事件の調査結果ですね……。僕はあの事件の真実を暴くことがグレンター家の復権になると信じて、今日まで協力者たちと調査を進めてきました……」


 ベッドサイドで弟の手を取って、急がせずにゆっくりと話を聞いた。


 タナトス事件には不審な点が多い。

 父がどこから魔剣タナトスを手に入れてきたのか。

 どうして魔剣タナトスはその後消え、兄リチャードの手に渡ったのか。


 弟は加害者にして被害者である兄リチャードに疑問を投げかけた。


「僕からすれば、あの事件は陰謀としか思えない……」


「陰謀か」


「はい……あれは、当家の失脚を狙った陰謀です……。最初の標的は当主の父上……。次の標的は、家を継いた兄上……」


「まあ確かに妙かもな」


「僕にはグレンター家が狙われたとしか思えません……」


 廃人となる前の人生とは決別したつもりだった。

 あのノリを続けてもエンジョイライフとはほど遠かった。


 だけど青い顔をして痛みに顔を歪めるチャールズを見ていると、下手人も黒幕も正義のトイレのスッポンで泣いたり笑ったり出来なくしてやりたくなる。


「チャールズ、実は少し当時の記憶が戻った」


「ほ、本当ですか……っ!? あぐ……っ?!」


「今思い返すと、訓練用の剣の重さに違和感があった。俺の剣はいつの頃からか、魔剣タナトスにすり替えられていたのだと思う……」


 本編ストーリーでは語られなかったまさかの真相だ。


「やっぱり! 誰かがタナトスを盗んで、兄上に持たせたのですよ……っ! 僕の兄上があんなことをするなんて、おかしいと思っていました……!」


 興奮するリチャードを寝かせ直すのに苦労した。


「兄上の剣をすり替えられる立場となると、エーギルの杜の関係者だと思います……」


 続けて賢い弟は言う。エーギルの杜は全寮制。当時の俺たち寮から学舎に通っていた。

 剣の訓練の際には学内の訓練場を使う。そしてその剣は生徒ごとにロッカーで管理されている。


 それを聞いて俺は思った。


「なるほど、学校教師ならロッカーの合い鍵を使えるな。たとえば、ラスター先生とかさ」


「え…………?」


「いやふと頭に浮かんだんだ。そりが悪かったあの先生の顔がな」


 リチャード・グレンターは伝統主義。

 対してラスター先生は平民出身者。気が合うはずがなかった。


「ラスター先生になら先日会いました。でも先生は今では子爵、僕たちの復権にも力を貸して下さっているのですよ……?」


「そうか、じゃあ白かな」


 夢は夢。夢で見たものが現実とは限らない。


「お言葉をはさむようですが、このロッコからもよろしいでしょうか?」


「おう、なんだ?」


「ラスター子爵はリチャード様に捕らえられたルイン王子を救い、共にリチャード様を討ったことで今の地位を得られました」


「ああ、そんなイベントあったなー」


 終盤の負けイベントだ。ルインたちは操られたリチャードを追うが返り討ちにされる。


「また当家が失った領地の半数は、彼の者に恩賞として支払われました」


「ほーん……証拠とかないけど、そりゃなーんか怪しくなってくるかもなぁ?」


「平和なこの時代に土地持ちの貴族に成り上がるには、他の貴族を失脚させる他にございません」


 そりが合わない相手だっただけに、感情論でラスターを疑いたくなった。


「チャールズ、昨日の予定を他の誰かに話したか?」


「あ、あの……はい……。協力して下さるラスター先生たちに、話しましたけど、そんな、まさか……」


「だいぶ怪しいな……。グレー寄りの黒だろ、証拠とかないけどさ」


 それ以上は話が発展しなかった。

 疑惑だけではどうにもならない。気に入らないセンセーの顔面を今の段階で『きゅっぽんっ』とするわけにもいかなかった。


「ま、しょうがないし、しばらくはチャールズの代役を俺がやろう」


「おおっ、まことにございますか坊ちゃま!?」


「ここで『じゃ、俺帰るから』とかやったら、さすがに絶縁ものの外道じゃん……?」


「いえ、兄さんはさらなる研鑽に努めて下さい!」


「なっ、チャールズ様っ!?」


「武術大会に参加するとお聞きしました……!」


「え、それ、どこ情報……?」


「ホッホッホッ、口の軽いご友人がいるようですぞ」


 軽いやつの姿しか脳裏に浮かばないのはなんかのバグだろうか?


「兄さんが武術大会で優勝すれば、当家は国と軍への影響力を手にすることになります。僕たちの復権が気に入らない者たちからすれば、非常に都合の悪い展開です」


「そういうもん?」


「はい、グレンター公爵として非常に助かります。優勝して下されば、僕も戦いやすくなります」


 正直、昔の俺からバトンタッチした今の俺に、陰謀やさぐり合いはまるで向いていなかった。

 その点、チャールズが示したこのプランはシンプルでとてもいい。


「そりゃ助かる! ぶっちゃけ難しいのは苦手だ!」


「兄さんが武人として出世すれば、それが敵の尻尾をつかむきっかけになるかもしれません」


「ああっ! つまり俺が囮となって、お前に闇討ちをしかけてきたやつらを、返り討ちにすりゃいいんだなっ!」


「え!? い、いえ、そういう単純な話では……」


 俺のトイレのスッポンは対人戦闘において輝く。

 殺すことなく、平和的に、合法的に、敵対相手の心を破壊することが可能だ。


 悪いやつの精神を破壊して、みんな引きこもりに変えちゃえば万事解決。

 それで世界がバッチ平和になる!


「よしっ、今日は冒険者ギルドに行く予定だったが休みにする! チャールズッ、何かしてほしいことはあるか!? 兄ちゃんがなんでもしてやるぞ!」


「な、なんでも……ですか……?」


「ああっ、なんでも言え!」


「でしたら……兄さんとチェスがしたいです……」


「え、大丈夫か……?」


「少しだけでいいですから、お願いします……。たくさん勉強して、昔より強くなったんですよ……?」


 その日は病床の弟とチェスばかりをして過ごした。

 誰がやったか知らないけど、チャールズに大怪我負わせたやつらを俺は全員ぶっ壊す。


 久々に兄と遊べて子供みたいな笑顔を浮かべると弟を見ていると、その思いはますます膨らんでいった。


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