after story 第9話 夢
SHUN-KAとして活動を始めてはや5ヶ月、『岬千春の恋人発覚』のニュースは世間からの関心を失っていった。 原田さんの話では、同世代の女子たちからの支持が厚くなり、体感ではファン層の半分が女性なんだそう。
受験生にとっては大事なこの時期、一つの大災害が日本を襲った。 史上最強と呼ばれた、台風。 大きな川が氾濫したり、風で鉄柱が倒れたり、全国各地を想像を絶する被害を生んだ。
あたしはその復興支援の一環として、事務所に集められた募金を届ける役割を任されていた。 もちろんナツも一緒に。
そして、このことがあたしの人生を変えるきっかけになった。
「美咲は希望調査どしたの? 」
「進学だよ。 メディア情報学部のマスメディアとかコミュニケーションの学科」
「なんか美咲に理系のイメージないなぁ」
「元々あんまり得意じゃなかったけど、大地のおかげでだいぶわかってきたんだよ。 これでも」
「はいはい、学年一桁のインテリカップルさんでしたわねー」
結局三年間同じクラスになった友紀と、学校で配布された志望大学や学部の調査票についておしゃべりしていたら、近くにやってきた唯香が口を挟んできた。
「なんでまたメディア情報なんですの? 」
「でたな、学年首席」
「努力してますもの。 それで、美咲、どうして? 」
「んっとね、アナウンサーを目指そうと思って」
「アナウンサー!? 」
「ちょっと友紀、声大きい」
「そうですか。 それでメディア……なるほど」
「あれ? 水族館じゃなかったんだっけ」
「前はそう考えてたんだけどね」
「どうしてまたアナウンサーなんか? 美咲ってそういう目立つところが好きなイメージないけど」
確かに、進学校の一生徒が言い出すには少々突飛かもしれない。 でも、こないだの被災地訪問で思ったのは、ニュースは目立つところしか放送してくれない、本当に伝えなきゃならないことがいっぱいある、ってこと。
だから、あたしが感じた知ってほしいことを、伝えられるように。 その一つとして報道に携わることはできないかと考えた。
「そうですね。 でもアナウンサーといっても報道部門とかもありますし、案外収まるのかもしれませんわね。 私も目指そうかしら」
「マジ? 唯香まで!? そうなったらウチのために合コンやってよ」
「アンタね……。 それで、今の成績維持できれば推薦ももらえそうだし、そっちを目指そうというわけ」
「まぁアナウンサーじゃなくても、メディア情報学なんて今後のためにあるようなもんだしね」
友紀はさすがに本気で受け止めていないようだけど、唯香は真剣に考えていることをわかってくれているように見える。 この二人には、いつか本当のことを伝えたいな。
「春山さん、順番だよー。 職員室の面談ルームだって」
「うん、ありがとう」
面談の待ち時間でやっていた三者会談を終えて、今度は先生との個人面談。 あたしが出した希望について、どんな反応がくるのか。
「じゃ行ってくるね。 あたしの次、唯香だよね」
「そうですわね。 美咲の噂話をしながらお待ちしてますわ」
「ゆいゆい、煽るねぇ」
「くしゃみ連発したら唯香のせいね」
二人のそよ風を起こすような手のひらに見送られて、職員室に向かった。
面談ルームに入ると、先生たちの話し声でガヤガヤと騒がしかった。 パーティションで仕切られたブースに向かう途中、ある会話が耳に入った。
「菊野は推薦枠決まりですな」
「ですね。 あの成績で吹奏楽の部長ですし。 文句なしでしょう」
「そうそう。 女子生徒の人気もありますよね。 最近は山田君、中山君、菊野君の三人ですし。 その三人なら私は菊野君かなぁ」
「ちょっと、高木先生……! 」
「――!? 」
保健の高木先生はあたしの方を振り返ると焦った表情を見せた。
「あっ、はっ、春山さん!? 」
「お疲れ様です、高木先生」
「えっと、大丈夫よ、春山さんっ! みんなちゃんと菊野君に彼女がいること知ってるから……ね? 」
「そうですか。 面談があるので失礼します」
「……うん、いってらっしゃい」
大地は推薦枠が確実視されるようなポジションなんだね。 やっぱりすごいなぁ。 成績もいいし、部長みたいに役職もこなしてるし。
それにしても高木先生、油断ならない。 いくら新任で若いからって高校生に色目使うようなマネを。 隠すのをやめようと話して以来、大地は二回告白されたと話していた。 彼女がいる、とお断りしたと言ってたけど、まさか先生にまで目をつけられていたとは。
「春山、大丈夫か? 」
「あっ、先生、すみません」
「いや、いいんだが、なんか嫌なことでもあったのか? 」
「いえ、別に。 ちょっと菊野くんの話題を耳にしたもので」
「はっはっは。 春山も案外独占欲が強いんだな。 心配せんでも、部活ではチャラついてないぞ」
三年生での担任であり、大地のいる吹奏楽部の顧問でもある島西先生は笑い飛ばした。
そんな厳しい顔してたかな。
受験にも関わるから、仕事のことを島西先生には伝えてあった。 驚いてはいたけど好奇の目で見ることなく、あたしの人生を真剣に考えると言ってくれた島西先生は信頼できる人なんだと思う。
「アナウンサーか……。 仕事上の次のステージという意味でも妥当なんだろうか。 俺には正直言ってわからない世界なんだが、どの程度確実性があるものなんだ? 」
「所属の仕方にもよりますけど、事務所に籍を置いてフリーでいくなら確実性なんて無いも同然です。 かといって、テレビ局に就職しても自分の目指すことができるとは限りません。 なので、まずはマスメディアの在り方から勉強しようかと」
「なるほどな。 失礼な言い方だが、潰しがきくという意味でも悪くない選択だと思う。 だが……その、菊野は知ってるのか? 」
「はい、もちろん。 一番最初に相談したので」
「そうか。 余計な世話だったな。 それで、春山が希望するなら推薦は取れると思うんだが、どうだ? 」
「可能なら是非お願いします。 受験に費やす時間をその先のことに使いたいんです」
「わかった。 ただ、100パーセントじゃないことだけは許してくれ。 菊野と春山、恋人関係にある二人を俺から出すのも周りの目が気になってな」
「……そうですよね」
「そんなに弱気にならんでいい。 出来る限りのことはやる。 成績も申し分ないし、いざとなりゃ校長にも掛け合うさ」
「ありがとうございます。 そう言っていただけるだけでも嬉しいですよ」
「すまんな。 来週の職員会議で承認されるまでは不安だと思うが、辛抱してくれ」
ケンカするわけじゃないけど、まさか大地と推薦枠を競るようなことになるとは思わなかった。 贅沢な悩みだよね。
それから二週間ほどして、あたしの受験方針は決まった。 狙ったわけではなかったけど、大地とは同じ大学、ともに推薦入試。学力も同じくらいなんだから当たり前といえば当たり前だけど。
大地の部活帰りに落ち合って、駅近のファミレスで受験のことを話していた。 こういう時に同じ駅ってありがたい。
「保健の高木先生っているじゃない? 」
「ああ、高木先生っていうんだ。 保健の先生って今年の新任だろ? 名前まで覚えてなかった」
「……そっか」
新任の保健の先生、若くて美人とくれば、人気が出る要素が揃いすぎてる。 その気さくな性格のおかげで男子だけでなく、女子からも大人気みたい。
だからこそ大地に聞いてみたのだけど、あまりにもあっさりとした大地の反応に拍子抜けしてしまった。
「それがどうかしたのか? 」
「ううん。 こないだ面談で職員室に行った時に高木先生と会って、大地の話題になったからさ」
「ふーん、保健室の世話にはなってないけどなぁ。 どんな話だ? 」
「大したことじゃないよ。 それより、そろそろコンクールの予選が始まるころだよね」
「んだ。 今年はイケる気がするんだよ。 バンドの音が曲とマッチしてるっつーか」
「そうなんだ! 日程決まったら教えてね。 聞きに行くから」
「おうよ、ってかもう決まってるはずだぞ。 ちょっと待ってて」
ごそごそとカバンを漁る姿を見ていると、所作は一年生からあまり変わっていない。 あの頃は、ただ無愛想で「ん」としか返事しなかったよね。
それがいつの間にか背が伸びて顔つきも大人っぽくなって……いつも隣にいることが当たり前になった。 仕事のことを聞いても態度を変えることなく、あたしのことをいつも見守ってくれてる。
こうやって一緒にいる時間は、いつも幸せを感じられる。
「あった! ん? 何笑ってんだ? 」
「ううん。 楽しいなぁって」
「なんだそりゃ? 仮にも受験生の発言とは思えんな」
「同じ大学に行こうっていうんだから、それはそれで楽しみじゃない? 」
「まぁな。 でも美咲は忙しくなるんじゃねえの? 俺だってバイトしたいし」
「バイトするの? 」
「まぁな。 今のままじゃ、プレゼントもあげられないだろ? 」
「そんなの、別にいらないもん」
「まぁそういうなよ。 まだ何するのかも決めてないしさ」
むう……。 バイトなんてしたら、また他の女の子と出会う機会があって、また告白されちゃったりするんだ……。 そんなモヤモヤした気持ちになるくらいならプレゼントなんていらないのに。
「美咲……その膨れっ面どうにかしてくれよ」
「だって……」
「どうせまた女子がいたら、とか思ってんだろ? 」
「……」
「やっぱし。 美咲、俺を信じろ。 お母さんに挨拶まで行ったんだぞ? 俺は美咲を幸せにするんだと、心に誓ったんだ。 だから、な? 」
「うん」
「この際だから言っとくけどな、俺の方がライバルは多いんだからな。 うじゃうじゃいる高スペックの奴らと張り合う俺の身にもなってくれよ」
「だってあたしは恋人がいるって公表したじゃない」
「そんなの関係ないってやつがいるかもしれないだろ。 だから、そんな奴らに負けない為に必死なわけだ。 美咲の隣を譲るつもりはないからな」
大地はそう言いながら、その大きな手であたしの手を包んだ。
「お客さん、そういうのは家でやってもらえませんかね? 」
その声に振り向くとそこには――。
「ぎゃーお姉ちゃん!? 」
「春山先輩!? 」
「美桜の妹ちゃん? かーわいい! 」
背中合わせの席にお姉ちゃんがいたなんて。 全然気づかなかった。 ああ恥ずかしい。
「ねっ、大地行こっ」
「お、おお、おい美咲。 ちょっと待てって。 あ、先輩すんません、失礼します」
お姉ちゃんたちから逃げるように会計を済ませて外に出てきた。 大地は手帳やらプリントやらをしまうのにあたふたしていたけど、恥ずかしさのあまり置いてきてしまった。
「あ、いたいた。 置いてくなよ……」
「だって恥ずかしかったんだもん。 ああびっくりした」
「美咲、お金は? 」
「今日あたしの番だよ」
「あれ、そうだっけ? 」
「うん。 それよりさっきの、ありがと。 ずっと隣にいてね」
「……おう」
なんでそこで恥ずかしがるかな。 さっきの方があたしは恥ずかしかったのに。
ひらひらと大地に手を振って各々の家路についた。 帰ったら、お姉ちゃんから何か言われるのかと思うと、それが憂鬱だった。




