第40話 こぼれた言葉
一緒に過ごす、と決まったまでは良かったものの、混雑がこれほどまでとは思ってなかった。 店という店には行列があって、空いているように見えるお店は決まって予約者専用だった。
「ものすごい混みようだね」
「こりゃ外食は無理か? どうする? 」
駅ビルは難しい。 かといって、車があるわけでもないから足もない。 そしたら、できるのは家で何か作るか、買って帰るか。
「地下で買って帰って、お家でご飯にするとか? 」
「美咲がいいなら、俺はなんでもいいぞ」
ホント!? それなら解散とか言われるかと思った。 嬉しい誤算で胸が弾む。
「うん。それじゃ、地下に行こ」
気が変わらないうちに地下の食品エリアに連れて行こう。 大地の腕を取ってエレベーターに向かった。
お惣菜の売り場もすごい混雑だったけど、流石に予約者専用ということはなかった。 七面鳥はないけど、チキンやローストビーフ、サーモンのマリネなんかが所狭しと並んでいる。
いつも人気の豚角煮のお店も今日は苦戦しているみたい。
メインになるローストビーフとテリーヌを買って、この雑踏から逃れようと大地を見たら、どこか一点を見つめていた。 目線の先を見てもよくわからず、大地の視線を遮って聞いてみた。
「どうしたの?」
「あ、いや、あそこのチョコレートケーキ好きなんだ」
振り向いてお店を見るとTOPZと書かれた看板が目に入った。
「へぇ、美味しいの? 」
「おう、クリームもスポンジも絶品」
「それじゃ、ケーキも買って帰ろ♪ 」
ケーキも買ってどうにかビルの外に出ると、駅前の煌びやかなイルミネーションが出迎えてくれた。 その輝きに思わず声を漏らした。
「わぁ……」
「おお、すげーな。 この電飾、誰が金出してんだろ。 電気代凄そう」
「――んもう! 」
ロマンチックのカケラもないんだから。 クリスマスイブを女の子と二人で過ごしてるのよ!? ちょっとくらい意識してくれたっていいのに。
玄関の扉を開けて、大地を迎え入れる。 クリスマスに男連れ込んで、なんて思われちゃうのかな。 誰もいなかったリビングは外と同じくらいひんやりしていた。
「サラダとスープがあればいいかな? 」
メインがいらないから、そのくらいならすぐにできる。 大地をダイニングに座らせて、エプロンを着けてキッチンで用意を始めた。
買ってきたメインディッシュも皿に並べて、ミニトマトも添えれば見た目もそれなりになる。
あらかた用意ができたところで大地を見たら、何か雑誌を読んでいた。
――ってあれ! こないだ撮ったグラビアの見本誌だ!
テーブルの上に置きっぱなしにしてしまってたみたい。 あれ、まだ発売前のだし……。 ああ、大地が気づきませんように、気づきませんように。
興味なさげパラパラと雑誌をめくっていた大地の手が止まった。手が止まったそのページは、あたしのグラビアのところであることは遠目でもわかった。
大地がマジマジと見入っていると思うと、嬉しいような、恥ずかしいような。 でもやっぱり『千春』なのかと思うと、悔しい気持ちも込み上げてくる。
準備もできてきたし、テーブルの上を片付けようと大地のそばに向かい、背後に立った。 グラビアのページをいまだにパラパラと眺めている。
「大地って、本当に岬千春が好きだよね」
「え、あ、いやごめん」
何がごめんなのかよくわからなかったけど、発売日云々はあまり気にしていないようで助かった。 この雑誌がうちにあること自体が、実は異常なことなのだから。
「おまたせ。 さ、食べよう? 」
「おおーっ、すっげー! 」
ほとんど作ってはいないのだから、別にすごいと言われるようなことはないのだけど、一緒にご飯が食べられることは素直に嬉しかった。
「いただきまーす」
「いただきます」
テレビから流れてくるお笑いの話で盛り上がったり、部活のことなんかを話していたら楽しくて仕方なかった。 いつまでもこの時間が続けばいいのにな、って思っていた。
お腹も落ち着いてきた頃に出したケーキは、デコレーションがへにょへにょになっていたけど、まさに絶品だった。 この時期はケーキ屋さんも大変だよね。 クリームもスポンジも、アクセントに入っているクルミもとってもおいしかった。
流れていたクイズ番組が CMに切り替わった時、大地が口を開いた。
「美咲ってどんな男が好きなんだ? 」
いきなりどうしたんだろう。 意図が全くわからない。
「アイドルの追っかけには教えてあげません。 あたしなんかに興味ないでしょ」
さっきまで『千春』のグラビアに釘付けになっていた人には耳が痛いであろう言葉を投げる。
「興味なかったら聞かないし」
そこまで言うのなら。 食い下がる大地に、究極の二択を突きつけた。
「それなら、先に質問ね。 あたしと岬千春が二人とも大地が好きだって言ったらどっちと付き合う? 」
「えっ!? えっと――」
ああ、あたしって性格悪い。 大地は優しいから、この状況で『千春』だなんて言うわけがない。 ただ、「美咲だよ」って言わせたいだけ。
それだけだったのに、その言葉すら出てこない大地に苛立ちが募る。
「ほら、答えられないじゃない。 あたしのことなんて見てないんでしょ」
自分勝手なのを棚に上げて、大地を責め立てる。大地にはなんの非もないのに。
「いやいや、ちょっと待って、違うんだ。 俺は、美咲から好きだって言ってもらえるなら喜んで付き合うよ」
取り繕おうとするその言葉のせいで、心が余計にささくれ立ってゆく。 思い通りにならない状況に、抑えが効かなくなってしまう。
「そんなフォローいらないよ。 結局大地はアイドルの岬千春が好きなんだよ。 無責任なこと言わないで」
「そりゃ好きだけど、本気で付き合えるとか思ってるわけじゃなくて」
それは『仮面』だよ。 アイドルをしているときだけにつけて本音を隠す仮面。
ホントのあたしはここにいるんだよ。 いつだって目の前に。
「ねぇ――あたしのことは見てくれないの? 」
しまった、と思ったのは、言葉がこぼれ落ちた後だった。
梅雨ですね……。
なのに季節がクリスマスですみません。




