4-19.二人の過去
お久しぶりね。そう窓口の女性に挨拶された少年は、わずかに口元に微笑みを浮かべながらも同じように挨拶を返した後、何処となく不自然な口調で訪ねていた。
「あのー……。今日って、まだ、薬草集めの依頼って、残ってたりしますでしょうか」
「あ~……。アレ? アレは、毎朝、あの子が受けに来てるから……」
そこで言葉を濁すようにしてクロウの名前が出されなかったのは、二人が最近一緒に仕事をしていないというのが何となく分かっていたからなのかもしれない。
「だったら、植物図鑑だけでも借りられませんか?」
「図鑑を? 借りるってどういう意味……?」
「え? その……。前にクロウから聞いたんですが、いつも薬草収集の仕事を受けた時に、ギルドから借してもらってるって教えてもらって……」
「あ~……。アレか……。なるほどね……」
そう何かに納得したように大きく頷くと、僅かに苦笑して見せて。
「あんまり大きな声じゃ言えないんだけどね。アレってうちの代表から、特別に、サービスで貸してやれって言われててね……」
クロウだけの特別サービス。それは特例などといった意味であり、特別な配慮によって行われている行為という意味であったのだろう。それも、いつも薬草集めを専門にやっている状態な人物に対する配慮という意味でもあったのだろうし、依頼主側からの感謝の気持などの言葉によってギルドが特別な扱いをするようになったという意味でもあったのかもしれない。
「じゃあ、本来は有料ってことでしょうか」
「そうね」
「おいくらですか?」
「この場での閲覧だけなら銀貨二枚。貸出なら、一日あたり銀貨五枚って所ね」
……べらぼうに高い。薬草収集の熟練者であるクロウが頑張っても余裕で赤字になる額だったのだから、それが素直な感想であったのだろう。
「なんでそんなに高いんですか?」
「あの図鑑って、買うとなると、ものすごく高いのよ……?」
そう言われてみれば、以前にクロウから見せてもらった図鑑は四隅が金属で補強されている上に、やたらと豪華な作りになってるし、その中身は多色刷りという実にゴージャスさあふるる代物だったことを、今更ながらに思い出しているクロスである。
「だから、普通は最初に一回だけ借りて、この場で見るだけな人が大半なの。あらかじめこの辺りに生えてるんじゃないかなーって目星をつけておいた場所を回ってサンプルを回収しておいて、この場で確認したりね。それか数人でお金を出しあって借りて、この街の周囲の森とか国立公園とかに何が生えているかを確認しながら、そういった情報を集めたりして回るって人が多いかな。……つまり、それ以降は借りないって人が多いのよ」
一回こっきりだからこそ出せる金額というものもあるのかもしれない。だからこそ、クロウの特別扱いっぷりが良く分かるというものなのだろう。
「やっぱり、彼みたいに、それ専門みたいな感じでやってると、色々便宜をはかって貰えるようになるものなんでしょうか」
「う~ん。……あの子の場合はまた事情が特殊でね……。というのも、あの子って、ほとんど毎日収集の仕事をこなしてるじゃない? そうなると慣れてることもあって、かなり大量に集めてくる事になるんだけど。……そのせいで毎回毎回、大量に持ち込まれる事になるじゃない。それなのに、持ち込まれる草の山の中によく似た雑草とか、よく似てるけど違う薬効をもってる草とかが色々と混ざってると、報酬額を計算する時の検品とかで、毎回ものすごく手間が掛かるし、調べる側も大変だからって理由が大きいのよ……」
これも長いこと薬草集めを専門にやってきたクロウの実績と、そんなクロウが大量に持ち込み続けた薬草の山を前にしたギルドの職員達の苦肉の策でもあったのかもしれない。
「効果はあったんですか?」
「それがテキメン。あの子、ちゃんと間違えないように本を見ながら集めてるらしくてね。ほとんど雑草の混入がなくなったのよ。お陰で、あの子も検品の時に長い時間待たせなくて良くなったし、コッチの手間も大幅に減ったし、依頼主さん達からの評価も上々って感じだし、うちの評判もちょっと良くなったし、間接的にせよ市場に回る回復薬とか解毒薬とかが安定して供給されるようにもなったし、そのお陰で薬そのものの値段も下がったし、冒険者にとっては生命線になる治療薬の安定供給にもつながったし、と……。とにかく、そんな感じで、彼のおかげで皆んなが助かってるの」
だからクロウだけをギルドが特別扱いしていても誰も文句を言わないのだし、一人が独占的に延々と毎日、薬草集めの依頼を独占していても、それに対して誰もクレームもつけたりしなかったし、馬鹿にしたりもしなかったのだろう。その内助の功的なありがたみを理解していない恩知らずこそ、あるいは反対に馬鹿にされているのかもしれなかった。
「でも、最初は、あの子の事もどうなるかとヒヤヒヤしてたけど……。上手いこと、収まる所に収まってくれたわねぇ……。これも、怪我の功名というか……。ある意味、アーノルドさんのお陰なのかしらね」
そうアーノルドの名前が出たことで疑問を感じたのが表情に現れていたのかもしれない。その不思議そうな顔をしていたクロスに女は僅かに苦笑を浮かべて答えていた。
「ああ、そっか。君が、王都に来る前のことだから……。知らなかったんだっけ」
そう口にすると一応周囲を伺うようにしてキョロキョロすると、他に窓口の利用者は居ないし、話題のアーノルドの姿もないのが確認できたからなのだろう。耳を貸しなさいとばかりに指でクイクイッとやってみせると、小声で話の続きを聞かせていた。
「あの子……。クロウがここに出入りし始めてしばらく経った頃の事なんだけどね。その頃って、色々あったらしくて……。アーノルドさんって、その頃、すっごく荒れてたらしいの」
今じゃ昼行灯みたいに言われても笑ってスルーしてしまうような人畜無害印な自称『頼れるオニーサン』な愉快なおじさんであるのだが、その頃にはひたすら刺々しく無遠慮に近寄ってきたり、自分を少しでも揶揄するような舐めた口を叩く者が居たなら薄笑いを浮かべながら叩きのめして、半殺しから全殺し一歩手前な再起不能状態になるまで傷めつけてしまうような、そんな特級マークがついてるレベルのキ印な超級の危険人物であったらしい。
「あの、アーノルドさんが……?」
「うん。あの人が。今の彼しか知らなかったら想像つかないかもしれないけどねぇ……」
自分も先輩に聞いただけなので本当の詳しい所はよく分からないのだが、と前置きして。女は過去の事をつらつらと語り始めていた。
かつてのアーノルドは剣を極めた最強の剣士を相棒としてギルドの頂点にまで登りつめていた。そんな最強の武を誇っていた二人の周囲には、やはり並び立つに相応しい武を誇る者達が自然と集まってくるものだったのだろう。いつしか、そこには史上最強とまで呼ばれるに至ったチームが出来上がっていた。
そんな伝説に残るチームの名は『ナイツ』。王都の長い歴史においてすら史上最強の名を欲しいままにしていたチームであった。だが、そんな男達だからこそ、力試しと称して挑みかかる者達もまた多かったのだろう。
彼らの掲げる“最強”の称号を求めて、いつ誰が襲い掛かってくるか分からないという中で命がけの日々を過ごすという二重の苦行に己の魂を晒し続ける羽目になり、日々を心穏やかに過ごせる事などほとんどなかったのではないか……。少なくとも、周囲は、そう心配していたらしい。だが、そんな心配をよそに、彼らは挑みかかってくる者達を次から次へと蹴散らしていった。彼らの結びつきは強く、何よりも逞しく、ふてぶてしく。そして、強く……。したたかでもあったのだ。
かくして、山のような挑戦者達を残らず実力で退け続け、結果として一度として負けることもなく、そこに不敗の伝説を築き上げるに至ったのだった。
そんな武勇伝の果てに、ついにナイツは五人という大陸史上最小人数によるバベルの最上階への登頂を成功させただけでなく、そこの最上階に棲む主であるシルバードラゴンへの拝謁の際にひどく気に入られて、自らの鱗から作り出したとされる銀の仮面を贈られるに至った。
そんな史上最強の伝説を築き上げていく中で、いつしかチームの中核的存在であった剣士は銀の剣聖の名で呼ばれるようになり、その武名と供に彼らナイツは生きた伝説の体現者と化していったのだった。
「盛者必衰は世の定めとは良く言ったものだけれど……。そんな彼らの伝説にも終わりがやってくることになったのかも知れないわね」
そんな栄華の絶頂にあった彼らに何があったのだろうか……。大陸最強の名をほしいままにしていた当時の最高ランクに位置していたチーム『ナイツ』は、ある日突然解散となった。主要メンバーの殆どが、その日、王都から姿を消してしまったのだ。そして、そんな姿を消した中には、彼らの中核的な存在だった伝説の剣聖、銀剣のエルリックも含まれており、結果として人々の様々な憶測や邪推を呼ぶことになったのも、ある意味においては仕方なかった事だったのかもしれない。
「……何があったんですか?」
「さあ……。彼も、そこだけは誰にも教えてくれないのよ」
ナイツのメンバーは解散の原因を誰にも語らなかったとされている。……もしかするとギルドマスターなら何か聞かされているのかもしれないが、代表者という立場にある者が、そんな秘密を漏らすはずもなく。結果として、誰も真相を知らないという状態になってしまったのだろう。だが、彼らは良くも悪くも有名人であり、その突然の解散に興味をひかれないはずもなかったのだ。
結果として、その謎だらけの引退劇は様々な憶測を呼ぶことになり……。噂レベルでは色々と下らない内容の物もささやかれる事が多かったのだろう。そんな事件だけに、無駄に憶測が飛び交っていたのは確かだったのだ。
調子に乗りすぎて自分達だけで大迷宮地下に棲むとされている古代龍に挑んで返り討ちにあっただの、中核メンバーの仲たがいの果ての殺し合いが原因だっただの……。ひどいものになると痴情のもつれだの、三角関係だのといった物まで含まれていたのだと。そう窓口の女は苦笑交じりに口にしていた。
「ナイツのメンバーって女の人も混じってたんですね」
「……そう、なのかも、ね」
その一瞬の間があったことで目の前の女があえて伏せている何かも伝わってしまったのかもしれない。
「もしかして、いなかった?」
「ん~……。記録上では、いなかったみたいだけど、ね……」
それなのに痴情のもつれだの三角関係だのと言われていたのは何故なのか。良くも悪くも有名人であったせいで、ほうぼうで恨みや妬みを買っていたのだろうことはクロスにも想像がついたであろうが、それにしては悪口の方向性が少々おかしくないだろうか。そう疑問に思えても仕方なかったのかもしれない。だが、考え方を変えてみれば、そういったゲスな台詞にたどり着くヒントも見えるというものだったのかもしれない。
──まあ、司祭様は確かに小柄ですし……。容姿も整っていますからね。あのドラゴンより恐ろしい中身さえ知らなかったら……。多分、可愛いって感じるでしょう。
亜人や魔人の男が時に備えてしまうという、いわゆる妖しい魅力という奴は散々、某馬鹿親父に構われてしまったせいもあって、流石に最近は自分でも自覚はしてきたのだろうが、そんな特殊趣味な人間の視点や獲物を見る時のモノの見方や考え方、発想や目の付け所などを間近で見てしまったせいか、それまでは何とも思わなかった相手にも、別の角度から見た時にはそれなりに魅力的に見えるのかもしれない等の判断がつくようになっていたのだろう。
平たく言ってしまえば、特殊趣味の男から見た時の美男子や美少年に対して抱くだろう感想や感覚というものを不幸にも共有できるようになってしまっていたのだ。本人にしてみれば全力で否定するだろうが、これもある種の教育(あるいは調教)による学習の成果とでも言うべき物であり、教えこまれた物の一つだったのかもしれない。
──まあ、あの二人が並んでいると、大柄な人と小柄な人だし、そういった風に見えてしまうのかもしれないですね。……それに、昔から煙のないところに火は起こらないとも言いますし、そういう風に周囲からは思われていたという事なのかもしれませんね。
実際の所、あの二人がどういった関係なのかはクロスにはよく分からない。だが、分からないにせよ、二人が親友と言えるだろう深い関係にあることは承知していたし、そういった誤解を招きやすいだろう極めて深い部分で繋がっている関係……。相棒を組んでいた事も知っていたのだ。だからこそ、そんな二人を馬鹿にするネタとしては、そういったゴシップネタは悪くない内容ではあったのだろうし、なによりも相手のプライドや心に傷を入れたかったなら、言われて一番嫌がるだろう台詞や内容を口にするのが王道という物でもあったのだから。
「……まあ、いろいろやっかみとか妬みとか恨みもあったでしょうからね。いろんな悪口をみんなが好き勝手言ってたんでしょうから……。まあ、今でも地下潜ってるような連中は男ばっかりだから、女がメンバーに入ってないってのいうのも珍しい事じゃないんだけどね」
そんなフォローの台詞で互いに『恨みと僻みと妬みを買いすぎていたんだな』と納得した二人であったのだが、だからこそナイツの解散の謎が気になってしまうのかもしれない。
「何があったんでしょうか。……本当に」
「さあ。……でも、ひとつだけ分かっているのは、その日を堺にしてナイツのメンバーは一人を残して全員姿を消したし、唯一残った一人……。アーノルドさんも、何があったのかは教えてくれなかったってことね」
そんな恨み僻み妬みの渦巻くだろう場所に唯一残ったアーノルドは、当然のように周囲からありとあらゆる負の感情を向けられる事になり、頼れる仲間を失った状態で一人突っ張ることしかできなかったのかもしれない。
「だから、些細なことで周りとぶつかってばかりいたんでしょうか」
「……どうかなぁ……。でも、気分的にも面白くもなかったでしょうし、すっごく仲が良かったらしいから……。そんな大事な仲間の人が、ある日、突然……。しかも、全員でしょ? 目の前から仲間が居なくなるっていうのは……。しかも大事な相棒までいなくなったんだもの。やっぱり寂しかったんだろうと思うわ。そんな時に仲間のことをネタにして馬鹿にされたりしたら……。そりゃあ、手加減も出来なくなるのかもねぇ……」
そうカウンターに肘を立てながら、自らの頬に手を当ててホゥとタメ息をついていた。
「そんなことがしばらく続いて、彼はいつも泥酔していたし、酔っぱらいと喧嘩ばっかりしてたらしいんだけど……。ついに上流階級のお坊ちゃんに手を出しちゃったらしくてね」
度重なる問題行動の末の出来事だけにギルドも見過ごす事も出来なかったのだろう。冒険者としてのランクは最低水準……。Dランクにまで降格されることになった。そんな見るも無残な姿に落ちぶれたかつての英雄の残りカス(本人談)っぷりに哀れみでも感じたのかもしれない。昔から懇意にしていたギルドマスターは、現在進行形ではただの役立たずな酔っぱらいでトラブルメーカーにしかならない男に、何故か新人の教育係を命じたのだが……。
「いつも酔っ払ってるような人に新人教育なんてまともに出来るわけがないのよ」
そんな当時のダメダメな状態だったアーノルドのでたらめ過ぎる仕事っぷりは、まさに時間の無駄。最低野郎、クソ野郎と評価されていたのだが、それでも与えられた役目を免除されることはなかった。
もしかすると、夢だけを胸に出してギルドの門をくぐってくる新人を相手に、何処かに置き忘れてきてしまった初心や夢といった物を思い出してやり直す勇気を持って欲しいとでも願われていたのかもしれないが……。そんな上司の想いが、やさぐれて酒に溺れた男に届くことはなかったのだろう。
「ちょうど、その頃だったのかな……。クロウがたまたま新人としてやってきてね」
ギルマスのお情けで新人教育担当という名誉職を与えられた酒に溺れた元英雄と、そんな人物に本物の記憶喪失というちょっと珍しい特徴を持っていたせいで変わった所が目立ってしまっていたのだろう、不幸にも目をつけられてしまったスラム住まいのド新人。
そんな不幸な出会いによって、奇妙な化学反応が起きて、結果としてある種の転機が訪れることになるとは、その頃の男には想像すらもつかなかったに違いなかった。
「……上手く行かなったんですね」
「そりゃぁそうよ。まともに指導する気なんて最初からなかったんでしょうから」
何の役にも立たないデタラメばかり吹き込んでみたり、肝心なことを何も教えようとしなかったり、請けた仕事の足をひっぱって邪魔してみたり、下らない雑用ばかりをやらせてみたり、無理難題ばかり押し付けてみたり……。そうかと思えば、ある日いきなり親身になったかと思ったら、今度は今日と昨日で同じ内容をまるで違うやり方で教えながら「昨日も同じ事教えてやったばっかりだろうが! ほんっとに頭の悪いガキだ! それに覚えも悪いぞ! もっと真面目にやれ! やる気が無いなら出て行け!」といった調子で立場を利用してやりたい放題、言いたい放題といった調子で罵ったりと、ひたすら苛め抜いていた。
「……よく喧嘩になりませんでしたね」
「なったわよ」
最初の方は黙って我慢していたのだろうが、だんだんと不満を表情に浮かべるようになってきて、返事の口調も自然と乱暴で荒れた物になってきて……。それを見たアーノルドが、ますます「生意気な糞ガキめ!」といった調子でヒートアップしていってといった調子で、お互いに引くに引けない状態で真正面からぶつかり合い初めて……。
「多分、最初は暇つぶしに目をつけた新人をからかって遊んでただけだったんでしょうけどね……。まあ、目をつけられた方にとっては良い迷惑だったんでしょうけど。でも、そんな悪戯心の果てに、ついに大喧嘩になっちゃったのよね……」
しかも間が悪いことに、そんな大喧嘩を始めた場所が、ギルドの建物の裏に併設された訓練場であって。そんな場所に居たせいもあって教官役のアーノルドは普通に武装してしまっていた。そのせいもあったのだろう。『いい年した大人が子供相手に八つ当たり?』と馬鹿にするような言葉を浴びせかけられた事で、腰に下げてた剣を思わず抜いてしまったのだ。
そんなみっともないにも程がある、しかも自分が教育を担当していた新人を相手に流血沙汰などを起こしてしまえば、今度こそギルドから追放処分になるだろうし、下手をしたら犯罪者として捕まってしまうぞと周囲も警告したらしいのだが……。
「その頃に貯めこんじゃってた色んなウップンとかが爆発しちゃってたのかもね。彼、本気で襲いかかったらしいわ。……だから、皆んな……。アーノルドさんがクロウのことを、その場の勢いで本当に殺しちゃうんじゃないかって心配してたの」
今でこそ最低ランクに落とされたとはいえ、元はAランクの最上位に位置していたような剣士の一人であり、いくら酒に溺れていたとしても、まだまだ腕は並大抵の剣士ではまったく歯がたたないだろう程度の鋭さは保ってしまっていたのだ。
そんな歩く刃物のような危険人物が、いくら安物のショートソード程度の武器であったにせよ、怒りに任せて本気で斬りかかってしまっては、無事で済むはずもなかった。ましてや、相手はZランクに登録されたばかりの新人冒険者なのだ。まず間違いなく殺される。そう感じてしまったからこそ、心配してしまったのだろう。
──そう。あの時は、誰もあの子の事を心配していなかった。
心配していたのはやらかしてしまったアーノルドへの処罰内容であり、それこそ誰もがクロウの死をすでに終わったこと、避け様のない未来。単なる確定事項として受け入れてしまっていたし、そうなってしまうことが当然といえば当然である状況でもあったのだろうから、それも仕方なかったのかもしれないのだが……。
「だから、かな……。その時の結末には、誰もが我が目を疑う羽目になったそうよ」
空間を切り裂こうとする鈍い銀の閃光。それを追いかけるようにして。そして、振り下ろされる閃光をかいくぐるようにして下から上へと振り抜かれ、交差する。そんな闇色の黒い半月が。その銀の円弧を、弾き飛ばしてしまっていた。
「……クロウがね。アーノルドさんを、のしちゃったのよ」
その出来事は、あまりにも短い時間の中での事であり……。ほんの一瞬のことであったからこそ、当事者以外には何があったのかが分からない。そういった出来事だったのかもしれない。だが、その場に残されていたのは、叩き折られたのか半ばから砕けてしまっている剣と、頬を腫れ上がらせながら白目をむいている男と。そして、そんな男を心配そうな顔で膝枕している子供の姿であり……。それを見る限りにおいては勝負の結果などは明らかであって。
「よっぽどショックだったのか、それとも大爆発できたお陰でガスが抜けちゃったのか……。それからしばらくして、アーノルドさんはようやく立ち直ることが出来たのでしたって、お話」
そういった過去があるからこそ今の二人があって。そんな二人は世代を超えた友人となったのだし、色んな意味でクロウに甘い顔をしてしまうのだろうと。そう話を締めくくった女に、クロスも微笑みを浮かべたのだった。




