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クロスロード物語  作者: 雪之丞
白の章 : 第四幕 【 儚い願い 】
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4-17.残された者


 治療師……? 修士……? 男……? なによ、それ……?

 頭の中を、そんな色々な言葉が猛烈な勢いでぐるぐると駆けまわっていて、思わず目が回りそうな気分だった。


「どんな事情があって、そんな変な格好して女のフリなんてしてんのか知らねぇが……」


 ──男。……修士。……聖職者、か。……聖騎士とつながりがあるっちゃ、あるな。


 眉をへの字に歪めながら、いっそ顔が歪んでしまいそうなほどの強い困惑の表情を浮かべたままワナワナと震えている少女をよそに、青年は自分の考えに没頭してしまっていた。先ほどにふと思いついてしまった“何か”が……。何かを考えている最中に唐突に思い浮かんできて、そのまま指の間から思考の沼へと滑り落ちてしまって見えなくなってしまった発想に。何かに気がついた自分というものに、もう一度手が届きそうになっていたのだ。


 ──今度こそ逃さねぇ。


 高レベルの戦闘者特有の独特の感性が。その無秩序の情報の羅列と出来事の山の中から、不可思議な関連性やつながりをつきとめる嗅覚が。一つ一つの“点のつながり”から様々な線のつながりを見出しながら、そこから全く別の線への隠されていた“つながり”を突き止める。その狂った感性と知性に裏打ちされた異形の嗅覚と閃きが……。その指の隙間にわずかに引っかかっていた違和感の残滓から、その正体に……。答えというべきモノに急速に近づき、ついには確信に迫っていこうとしていた。


 ──考えろ。……さっき、何を思った? ……修士? ああ。そうか。修士か。そうだな。修士だった。そこで、何かが……。確かに、頭の隅に“何か”が引っかかったんだ。……だが、何故だ? 修士といえば、何だ? 何が気になったんだ? ……教会か? ああ、教会だな。……たしか、東区に黒エルフが司祭やってるトコがあったはずだったな……。って。


「あっ。もしかして、お前、そこに配属されてるのか……? 亜人の司祭なら魔人の修士でもすんなり預かってくれるだろうからって……。……んん? あっ!? そういうことか! もしかして、お前、アレか!?」


 さっきのアイツみたいに、エレナの封印食らってる“再教育組”だったのか……? そういった視線での問いかけの意味が通じてしまったのだろう。クロスは思わず顔を真っ青にして、自分の腕を抱くような格好でうつむいて視線を逸らしてしまっていた。


 ──そういやぁ、さっきの魔人のガキがエレノアの奴に『茨の封印』食らってるトコみて、妙にガタガタ震えてやがったな……。


 てっきり、あの時には自分と同じ魔人が魔力暴走を起こして暴れているのを力尽くで押さえつけられて封印処置されているのを見て、それを単純に怖がってるだけなんだと思っていたのだが……。どうやらエレナの司祭であるエレノアの姿そのものに“怯えて”いたらしい。

 そんな細かい部分まで本能的な部分の嗅覚によって読みきってしまっていた青年であったが、他人の不幸な過去よりも、今はもっと考えなければならない事があったのだろう。


「……ん~。いや。まあ、いいか。そんなことよりも、あそこの司祭の名前は……。確か……。そう、エルク。エルク司祭、だったか」


 ──そう。確か、エルクだった。……エルクか。……エルク、ね。……あのムカつくスカしたクソエルフの名前は……? 銀剣の野郎の名前はたしか……。エルリック、だったか? ……ふむ。なるほど。似てるな。だが、黒エルフの聖職者はいうほど珍しくもないぞ……? それにアイツは伝説級の剣士だし、黒エルフの司祭だぞ……? 剣士と司祭……? ……なんかミスマッチも甚だしいというか、イメージが合わないというか……。なんか違和感が凄いな! ……だが……。それなら、このガキとのつながりは……。一応は、ある、のか……?


 情報屋に金をばらまいて集めた王都に戻ってきてからのエルリックの情報の山では、目の前の二人とエルリックのつながりが正直、見えづらかった。だが、Aランクの最上位に名前を連ねている伝説級の冒険者への依頼金をひねり出せそうな余裕は、商家の娘の方にしかなかったのだが、そちらにはエルリックへとつながっている線はなく、どうやって伝説級の存在を引っ張りだしたのかまでは、正直、分からないままだった。だからこそ、もう現れないとジェシカが断言したときに、それを知っているような口ぶりで挑発してみて、その普通の反応にも妙に納得したりもしていた。

 エルリックと事を構えた後にかき集めた情報によると、どうやらギルドの古株が現役時代のエルリックの知り合いだったらしく、そちらのコネを使って引っ張りだしたという事らしいのだが……。だが、問題はどうやって、そういった特別なコネを、その人物に使わせたのか、ということになるのだろう。


 ──個人的なコネを使ったのが、お嬢ちゃんとかじゃなくて、もしかしてこいつだったのだとすると。冒険者ギルドの古株が、ぽっと出の新人のために一肌脱いだ……? いや、ちがうな。なんか不自然だ。それに、これまでずっとエルリックが表に出て来なかった理由としては違和感がある。となると……。そっちじゃないんだろうな。……だとすると、本当に修士が上司である司祭に頼んだだけってことになるのか……? いまいち剣聖が日頃は司祭やってるってのは想像が出来ないんだが……。


 そんな時、あの日の屈辱にまみれた記憶が鮮やかに脳裏に蘇っていた。


 ──いや、まて。あの時、あのクソエルフ、何っつってた……? たしか、しばらく剣を握ってなかったとか言ってなかったか……!? だとすると……!?


 あの時に見た銀色の鎧に包まれたエルフの立ち姿が、いつか遠目に見た微笑みを浮かべて来訪者と話をしている小柄で温和そうな司祭のシルエットに重なる。……たしかにニコニコ無駄に笑っている印象の強い司祭という先入観を捨てて考えてみれば、背格好はほとんど同じくらいだったのだ。


「……そういう事か」


 ──クックック……。カッカッカッカッカ! おいおい、そんなつまんねートリックだったのかよ! つーか、ついに見つけたぞ、クソエルフ! テメー、そんなトコに隠れてやがったのか!!


 そんな一人テーブルの下でガッツポーズをしていたのだが。


 ガタッ!


 そんな椅子の倒れる音で意識を引き戻されていた。


「……どういうこと? 説明して」


 そこにはひどく冷たい目をした女が居て。


「そ、それは……」


 いまだ青年によって植え付けられた恐怖と混乱から立ち直りきっていなかった少女の格好をした少年がいて。


「貴方、聖職者、だったの?」


 わずかにうつむいて。スカートを血管が浮かび上がるほどに強く握りしめながら。


「ずっと、私に、嘘ついてたの? ずっと、騙してたの……?」


 言い逃れなど許さないといった表情を浮かべながら。


「……どうなのよ!」


 そんな圧迫感溢れる問いに答える言葉は一つしかなかったのだろう。


「……はい」


 ごめんなさい。私は嘘をついていました。そんな台詞は途中で遮られてしまっていた。そのうつむき気味に伏せられていた顔に、力いっぱい握り拳が叩きつけられていたからだ。


「帰る」


 そう怒りに震える少女は殴り倒した相手を省みることもなく。ただ、肩を震わせながら走り去ってしまっていた。


「よく分からんが、お前が悪い」


 そう細かい事情を知りもしないで一言で断じて見せた青年に、多少なりとも避難の目を向けてしまっていたからなのだろう。そんな床に転がったままのクロスに、アーサーは苦笑を浮かべて見せていた。


「どんな理由があろうとも、女を泣かせた場合には、常に男が悪いんだよ。覚えときな」


 そう言い放つと「ほら立てるか」と手を伸ばしながら。


「悪かったな。騒がせて」


 そういつの間にやら背後に控えていたウェイターの男に振り返っていた。


「いいえ。何も問題はありません」

「そうか?」

「はい」

「まあ、それなら良いが。……で? いくらだ?」

「お代は結構でございますよ」


 何時もの通りに。そう口にされて口がへの字に歪んでいた。


「何時もの面子でならまだしも、今日はそういう訳にもいかんだろう」

「いえ、坊ちゃまからお代を頂いてしまっては、オーナーから叱られてしまいます」


 そんな台詞に思わず「坊ちゃまはやめてくれ」と照れたように答えながらも、やれやれとタメ息をついて。頭をボリボリとかきながら、照れているような、不貞腐れているような……。なんとも言い難い奇妙な表情を浮かべていた。


「まあ、そういうことなら仕方ない……のか?」

「はい。そういう事情ですので仕方ないので御座いますよ」


 どのような事情があったにせよ……。それこそ、例え家名を完全に捨てて、一族と縁を断ったつもりになっていたとしても。それでも、血の繋がりだけは決して断ち切ることは出来ない絆という物であり、家族の絆そのものなのだから。そう諭されるように口にされては、それ以上は強情を張る事も出来なかったのだろう。


「……なるほどな。言われてみれば、確かに、そのとおりだ」

「ご理解頂けましたようで幸いです」

「いや、変に意固地になっているのは自分でも分かってたんだ……。それに、よくよく考えてみれば所詮は、今更な話だったからなぁ……」


 すでに常日頃から支援者とかファンとかスポンサーとかパトロンなどといった無数の肩書きを一人で使い分けているような自称『謎の人物』とやらから、公私にわたって様々な形で便宜をはかってもらったり、資金提供を受けていたり、物資や装備などの贈呈を受けていたりするような恵まれすぎている身の上で、今更『実家とは縁を切っているし一族の力に頼っていない』は流石に通じないだろうと。……たとえ、お互いに暗黙の了解で他人同士を装っていたとしても、だ。そんな都合の良すぎる部分を見て見ない振りをする訳にもいかんだろう。そう笑ってみせるアーサーに、ウェイターの男も口の端に僅かに苦笑じみた笑みを浮かべて見せていた。


「しっかし、テメェ勝手に生きたいからって家を飛び出したくせに、何から何まで頼りきり。こんなこっちゃ駄目なんだろうがなぁ……」

「それでも良いのではないですか」


 そんな答えを返す男にアーサーは僅かに肩をすくめて見せながら。


「使えるものはなんでも使えってか?」

「はい。人間の一生というものは、随分と短うございますからな」


 この街に居ると、それを嫌になるほど思い知らされますので……。そんな付け加えられた言葉の裏には、人間などとは比べ様もないほどに長い寿命を誇る亜人達の存在があったのだろう。そして、そんな亜人の中でも最も魔族に近く、それゆえに無限にも思えるほど長い命を持って生まれてくるのが魔人と呼ばれている存在だった。


 ──おそらくは私が死ぬ頃になっても……。この者は、さほど今と変わらない外見のままなのでしょうな。


 そういった寿命の差が、ある意味、憎らしくも妬ましく感じられて仕方ないというのが、人生の終わりというものが見え始めてきた様な、老いた人間にとってのまごうことなき本音というものでもあったのかもしれない。


「無茶をできるのも、無理がきくのも、全ては若い内だけです。……人間は、すぐに老いる。あっという間に衰えてしまうものなのです。磨きあげた技術は曇り、鍛え上げた肉体は衰え、反応速度も鈍っていき、終いには目ですらも霞んで見えなくなっていくし、耳も聞こえず、記憶すらもかすれて……。そうやって、苦労して身につけたはずの数々の技が失われていってしまうのですよ。……それが老いというものであり……。人である以上は、貴方もすぐに自覚する事になるのです」


 そして、生きている以上は。人間であるからには、その短い時間の中の、更に少ない全盛期で居られる時間はなおのこと短く。だからこそ、若者は自覚せねばならないのだ。自らに与えられた砂金よりも貴重な若さという名の砂は。寿命という名の砂時計に入れられた量の少なすぎる砂の価値を。一秒たりとも。一粒たりとも無駄にできない時間という名の制約が自分達には最初から課せられているのだということを……。少なくとも、亜人や魔人に勝ちたいなら、それを心の真ん中に刻んでおかなければならないのだ、と。


「……だからこそ、私達は、他のどんな種族達よりも熱く、激しく、生き急がねばならないのでしょう。手段を選り好みして要られるような精神的、時間的な余裕があるというのなら、あるいは妙な拘りを持ってみるのも悪くはない選択肢なのかもしれませんが……」


 亜人種のように無駄に長い命など最初から与えられていないのだ。そんな時間的余裕がなく、時間の無駄使いを許されない状況にあるというのなら。自らの目の前に差し伸べられた手を意地によって払いのけるような愚かな行為は、時間の無駄でしかなく。それこそ馬鹿の極みとも言えそうな、単なる愚者の所業でしかないのだ、と。そう僅かな毒を滲ませた言葉で口にされていた。


「要は、甘えるなってことか」

「恐らくは。……甘えることが許される立場にあるのなら、それを受け入れた上で、より早く、より前へ。昨日よりも、今日よりも、一歩でも前に……。いたずらに時間を無駄にせず、ただ頂点に向かって、真っ直ぐに。わき目も振らずに、全速力で最短距離を歩んでいって欲しいといった意味になるのでしょう」


 夢のために努力をする。その事自体は特に問題なかったし、むしろ推奨されるべき姿勢でもあたのだが、往々にして人は夢をかなえるために十のうちの十を注ぎ込むことは許されない立場である場合が多かった。人が生きていくためには、最低限の収入というものがどうしても必要になるのだ。そんな中で夢を叶えるためには、多くの場合により多くの資金が必要となる場合も多かったのだ。

 だからこそ、人は夢を追いかける時に「自分の夢をかなえるために」とうそぶきながら、資金を貯める行為に走る事になるのだろう。……だが、それらは多くの場合には、脇道や枝葉と呼ばれる様な時間の無駄使いをどうしても必要とする行為でもあったのだ。

 本人にとっては、それは夢を叶えるためにはどうしても必要になるプロセスではあるのだろうし得がたい体験でもあるのかもしれない。だが、それを省略出来るのだとすれば、それを省いて夢を叶えるための活動だけに集中したほうが確実性も上がるであろうし、多くの場合により早く夢の舞台に立てる事も間違いはないはずなのだ。だからこそ、そういった枝葉や脇道をスルーすることを許された己の幸運と立場というものを自覚し、そういった最高の環境を与えてくれた相手への感謝を忘れず、恩返しをするといった意味でも、その幸運を受け入れた上で夢に向かってまっすぐに突き進んでいくべきなのだ。

 それをやりたくても出来なかった、甘えることが許されなかった数多くの夢破れし挫折者達の想いを背に受けながら。栄光の舞台へと続く坂道に最後まで残る事を許されたファイナリストの一人として。その幸運を無駄にしないためにも……。


「我が身のことながら……。重いねぇ」


 そう「ヘビィだぜ」とでも言い出しそうな表情で、そうタメ息混じりに告げる自嘲気味なアーサーに、慰めの言葉は似合わないとでも思ったのだろうか。


「それだけ期待を寄せられているという事だと思いますよ」

「ケーキのテッペンの飾り程度のヤツに、そんなに期待されても困るんだがなぁ……」


 そんなアーサーの自虐的な笑みの混ざった言葉に、思わず浮かべていた苦笑を深めながら。


「貴方様の出自を抜きにしましても、その肩書きにある『勇者の末裔』という言葉そのものに、私達“凡人”は年甲斐もなく夢を見てしまうものなのでございますよ」


 かつて誰もが不可能だと思っていたことを、たった一人「出来る」と豪語し「やってみせるから信じろ」と口にし、実際にそれをやってのけた。そんな不可能を可能に変えてみせたから。誰もどうにも出来ないと信じて、実際にどうにも出来なかった状況を力尽くで打ち破って見せただけでない。人々の心にまで広がっていた“闇”を打ち払い、かつての大陸の覇者であった魔族どもを地の底に追いやった存在だったから……。だからこそ、古来より人間は勇者という存在に希望の二文字を夢見てしまうものなのかもしれなかった。


「世界を変える力ってヤツか?」

「良きにつき悪きにつき。……そして、絶望を希望に変える力とも。あるいは……」

「虐げられし者を救う希望の光、だったな」


 耳にタコが出来たよ。そう言いたげなアーサーの笑みに男は目礼を返し……。


「そう……。勇者ってヤツは、何かを絶望の沼から助け出すために生まれてくるんだ」


 そんな耳の側で囁くようにして聞こえてきた声に、成り行きを黙って見守っていたクロスはわずかに眉をしかめていたのだった。



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