3-19.胡散臭い女
ミレディがたまたま側に座っていて、こっちの話を聞いていただけ。……そう単純に考えるには、この目に痛い色に包まれた少女は少々胡散臭すぎる相手だったのかもしれない。
「こんな所にまで、何をしに来たの?」
前に出会ったのは西区の果物市場だった。それを考えればミレディの主な生活区は西側のはずで、こんな東区のカフェでばったりと出会うというのは、少しばかり不自然に感じられても仕方なかったのかもしれない。
「何をしに来たって、そんなの仕事に決まってるだろう」
こちとら、お前さん達みたいに暇人じゃないんでね。そう嫌味満載に言葉を打ち返してくるミレディに口をへの字に歪めながら、ジェシカは「はいはい、そーですか。そりゃ大変お忙しそうな所を邪魔しちゃって悪かったですねぇ~」とむくれていたのだが。
「……ミレディさんは、日頃、どんなお仕事をされているんですか?」
そう仕事中という言葉を使ったのが気になったのか、クロスはミレディに「いつもはどんな仕事をしているのか」と尋ねていたのだが、そんなクロスの言葉にミレディは薄く笑って、すぐには答えようとはしていなかった。
「どんな、か。……さて。こうしてお茶を飲んでくつろいでいる時間が、あるいは一番真面目に仕事をしている時間って事になるんだろうが……。それをどう説明してやれば凡人どもにも理解できるかねぇ?」
「なかなかミレディのような特殊な“お仕事”は常人には理解し得ないでしょう」
そう主從がウンウンとうなづきあっている横で、馬鹿にしやがってといった不愉快極まりない顔をしていたジェシカであったのだが。
「そんなに特殊な仕事なんですか?」
「ん~……。そうだね。しいて言葉にするなら発明家が一番近いのかね。もっと情緒豊かに、詩的に表現するなら、革命的発明家。ジャンルは文明開化から終末戦争までって所だね」
そんな訳の分からない説明を自信満々に口にするミレディに、ジェシカは呆れた風に答えていた。
「発明家ぁ……? 死の商人の間違いじゃなんじゃないの?」
それはとてつもなく挑発的で、まるで喧嘩を売っているような台詞だった。
「ほぅ? そりゃまた面白い意見だね。わたしゃ、自分のことを文化的貢献度が極めて高い偉人の筆頭格だと思っていたんだけどね?」
「あんなの作っておいてよく言うわよ」
「あんなの?」
「こないだの鉄製の缶よ」
「ああ、アレ。あの缶詰がどうかしたのかい?」
「アレってカンヅメって言うんだ?」
「金属製の缶の中に物を詰めてるから缶詰。分かりやすいだろう?」
アンタ達凡人にも分かりやすいだろう、キャッチーで直感的に理解しやすい上に覚えやすいなんていう中々に難しい注文をクリアして名前を付けてやるってのも発明者の責任ってやつなのさ。そうニンマリ笑ってみせるミレディの顔にひきつった笑みを向けながらも。
「えらく自信満々の割りには、あんな欠陥商品、よく平然と人様の目に触れさせたわね」
そうミレディの発明品を欠陥品と罵倒してみせるジェシカである。
「ほう、アレが欠陥品。……何処に問題があるってんだい?」
「うちの家で、アレを開けてみたのよ」
「ほうほう。それで?」
「中身は桃の実のシロップ漬け。とっても甘くて美味しかったわ」
「気に入ってもらえたようじゃないか」
アンタの好きそうな甘い果物……。黄桃の缶詰を選んで渡しておいたんだが、お気にめさなかったかね? そんなミレディにジェシカは苦笑を浮かべて答えていた。
「桃は大好物よ」
「だったら文句なんてなかっただろう」
「あるに決まってるじゃない」
そう平然と「問題だらけだ」と答えながら。
「従来の瓶詰めを鉄の缶に替える。その発想そのものは悪くないの」
「そうかい?」
「ええ。瓶詰めはどうしても運送中に、衝撃で割れたりフタが外れたりして、一定数が失われちゃうものなんだけど、ああいった鉄製の入れ物なら衝撃には強いだろうしフタなんて外れようもないし。万が一運搬中にケースごと床に落としちゃっても、中身に影響が出る可能性は殆どないでしょうね。運搬だけに注目するなら、あの形はまさに理想形と言って良いわ」
そう良い事尽くめだと肩をすくめながら認めても。それでも、と言葉を続ける。
「ただし、アレを仕事で使うとしたら、“今はまだ”瓶詰めのほうが楽でしょうね」
その言葉に面白そうに目を細めるミレディにジェシカは挑みかかるようにして尋ねる。
「……私にはどうしても分からないの」
「何がだい?」
「あれほどの発想に辿り着ける様な人が、あんな初歩的なミスに気が付かないはずがない」
じっと見つめ合う二人。その空気に耐えられなかったのか、徐々にミレディの顔に苦笑が浮かんでくる。その肩が小さく震えている所を見るに笑うのを我慢しているらしかった。
「……やっぱり。試してたのね」
誰を? 何を? そんな微妙な空気が流れる中で。ミレディは薄く笑ったまま横に座るケティに手を差し伸べて。その手にケティが無言でバックの中から取り出した手紙と金属製の棒のようなものを重ねて乗せると、ミレディは手に乗せられたソレを、ろくに見もしないでテーブルの上に置いて立ち上がっていた。
「お前さんからのファンレター、楽しく読ませてもらったよ。……多分、コレが答えになると思うんでね。こうして見せに来てやったのさ」
わざわざ発明者自ら足を運んで見せに来てやったんだから感謝しなよ。そう言いたげなミレディに「どうせ見せびらかしたかったんでしょ~?」とばかりに鼻で笑ってみせるジェシカであったのだが、そんな傲慢不遜さではいい勝負な相手の事をじっと見つめながら、ミレディは不意にポツリと呟いていた。
「惜しいねぇ……。本当に」
「何よ、いきなり」
「なに、独り言さ。でも、本当に惜しいと思ってんだよ? ……かけがえのない大いなる才能ってヤツの持ち主は、多くの場合に夭逝するってのが定番ではあるんだけどねぇ。……まったく、何処の誰の采配だか思惑だか分からないが、随分と大人げない上に勿体ない真似をしてくれたものだよ。……全く。嫌だ嫌だ。これだから狭量なヤツってのは嫌いなんだよ」
わたしゃ気分が悪くなったんで、これで失礼するよ。そう言い残すとテーブルの上に二人分のお茶代を残して席を立つ。そんなミレディのことを無言で見送ると、ジェシカはその場でしばらくは黙ったまま立ち尽くしていたのだが、最後に「変な奴」とだけ言い残すとドスンと乱暴に椅子に腰を落としていた。
「クロスさん」
「はい」
「こないだ、あの変な女に貰った桃の缶詰を開けた時のこと、覚えてる?」
「え? ええ」
初めて二人がミレディの主從に遭遇した日の夜。商会に戻った二人は、おみやげにと貰っていた金属缶をクランクの立ち会いの元に開けてみたのだが、その時には慣れてない事もあって、硬くて随分と開けるのに苦労していた。それに、机や手は言うに及ばず道具類もシロップでベトベトになってしまって難儀したりもしたので「この品はまだまだ未完成品だな」という結論にたどり着いた所までは同席していた。なので、そういった答えに辿り着くまでの経緯というものについては、ある程度は把握していたのだが……。
「あのあとパパと二人で、あの缶の持つ可能性について色々話し合って見たの」
初見では、あの缶の取り扱いの難易度……。特に開封時の手間と苦労がやけに強く感じられて、このままだと使い勝手が非常に悪いという結論に辿り着いてしまった。今の形のまま、あるいは今の利用形態のままでは使い物になるかどうか怪しいという結論に辿り着いていたのだが……。
「開けるために金槌とある程度の刃の厚みがあるナイフが必要になるのでは、使い勝手が悪そうだし、使った道具類がいちいちシロップでベトベトになるし、シロップに濡れるから下手に得物の解体用とかの匂いが染みたナイフを使っちゃうと、刃の匂いが中身に移ったりして駄目になるかもしれない。確か、缶の開封に専用のナイフを用意しないといけないのなら面倒すぎるから、そう感じる人も多いかもしれないって結論だったと思いますが……」
その時には、それでもデメリットの大きさを利便性とかのメリットの大きさが超えるなら普及の可能性は十分にあるかもしれない、だったのだが……。
「あのあとね。夜にパパに呼ばれたの。パパは、その後も店の使用人とかの人達と議論を続けてたみたいで、真夜中までかかったけど、そこで一つの答えに辿り着いたわ」
ミレディに出した手紙には、その時のやりとりで出てきた疑問や提案、商品価値の大きさや秘めた可能性の巨大さに加えて、恐ろしさにまで言及していたのだが、そういった部分が気に入られて向こうから何かしらアクションが起こされたということなのだろうか。
「私達、商会の出した結論としては、あれはとても“良い品”だということになったわ」
それこそ世界に革命を起こせるレベルの発明品になるはずだ、と。
「勿論、まだまだ工夫は必要だけどって注意書き付きにはなるんだけどね」
「といいますと?」
「まず、従来の品との比較でいくと運搬面でのメリットの大きさは言うまでもないわよね。さっき聞いてたから分かると思うけど、従来の瓶詰めなんかより衝撃に強いし。特に割れないって部分が大きいのよね」
そういった部分のメリットの大きさはわかり易かったのかもしれない。クロスもウンウンとうなづいて見せていた。
「私達が問題にしてた開けにくさだけど、逆に考えてみればナイフ一本あれば開くんだから問題ないといえば問題ないのよね」
こういった保存のきく品を一番欲しがるのは旅をしたりする者のはずなのだが、そういった者達が日用品として頑丈なナイフや手斧を持ち歩かないはずがないし、そういった人達にしてみれば多少開けづらい程度の問題しかないと感じるかもしれないのだ。それを聞いたクロスは少し考えてみて当初の自分達は街の中、店で開封する時を基準に考えてしまっていた事に気がついたのかもしれない。
「……ああ、そういうことですか」
「ええ、そういうこと。ああいう長期保存を前提とした品って、携帯食料の入れ物として考えるべきなのよね。本来は……」
そして、その唯一といっていい問題点……。開けづらさに発明者が気が付かないはずもなかったのだろう。ミレディが残していった十センチ程度の金属の棒は何やら複雑な形をしたレンチに近い形をした道具であり……。
「やっぱり。……多分、コレ、あの缶のフタを楽に開けるための道具だわ」
柄の部分にもご丁寧にも『缶切りオープナー』と刻んであるので間違い様もなかった。
「どうやって使うんでしょうね」
「分かんない。でも、多分、この変なくぼみの部分に缶のヘリの部分を引っ掛けて刃をフタに当たるようにしなくちゃいけないはずだし……」
奇妙な形状をした金属のフック部分を金属の缶のヘリの部分に引っ掛けて、フタの端のあたりに刃の部分が来るようにして使い方を想像してみるが、こればっかりは実物で試してみるのが分かりやすいのだろうという結論にたどり着いた。ただし、今の段階でも分かることはあったのだろう。
「たぶん、コレ、テコの原理ってヤツを使って刃の部分でフタのヘリに押し込んで切っていく道具なんだと思うわ。……うん、間違いないはず。これなら、多分、子供でも切れるわね」
嫌になっちゃう。こっちの一歩も二歩も先に行ってるじゃない。……それに、こんなのがなくても最悪、ナイフ一本、あるいは手斧でもあればフタをこじ開けるくらいは出来そうだから、それならそれで問題ないはず。そう結論付ける。
「恐ろしい女。……あれが両方とも……。缶詰だけでも本格的に実用化され始めたら、戦争の様式が今とはだいぶ変わるかもしれない」
思わずため息が漏れた。今はまだ瓶詰めが主流であるが、缶詰は上手くやれば密封することも可能である構造をしているので、上手いことやって内部に空気を入れないようにすることも出来るのかもしれない。それが出来るならという条件付きにはなってしまうのだが、自分達の予想が正しければ今の瓶詰めの比ではないくらいに保存期間が伸びるはずであるし、何よりも瓶詰めよりも日光に強いという特徴を持っているはずなのだ。流石に熱にどれほど強いかは未知数ではあるが、少なくとも瓶のような日光を透過してしまう素材でないだけに色々な意味で耐久性と保存性に優れた品になるはずだった。そして、唯一の問題点として考えられていた開封の面倒臭さもオープナーをすでに開発し終えている以上は日常使いの点から見ても利便性を損なう要素はなく……。
「何よりも恐ろしいのは、缶。金属だって点なのよね」
その言葉は多少、寒気を感じさせていたのか、自らの肩を抱きながら言葉を続ける。
「瓶と違って金属なのよ。……金属は溶かせるわ。ゴミになる金属を溶かせば結構な量の廃棄物になるけど、場合によってはソレを上手いこと再利用するのを前提にしてる可能性もあるんじゃないかって、パパがね……」
たとえば戦場での矢の先の金属部……。矢尻などの現地製造の原料になることも見越しているのではないか。例えそうでなくとも、単純に溶かしたり潰したりしてサイズを圧縮した状態で持ち帰ったり出来るのは回収して再利用を前提とした場合にはなかなかに便利な点でありゴミになったときに処分が楽という点もメリットとして考えも良いはずだった。
「……そこまでして金儲けしたいの? 権力者の野心を刺激すんなっての」
それを聞いてキョトンとしてるクロスにジェシカは苦笑を浮かべてみせる。
「コレが本格的に実用化、商品化されて……。いつかもっと実用的な保存食の入れ物になったて、軍用品としての携帯食料缶になったら……」
遠い、空の彼方を見て。
「最初は大森林。その次はきっと海の向こうね」
それはいつか王国が戦を仕掛ける可能性があるという示唆であり……。
「王国が魔族に戦争を仕掛けて大陸の覇権を奪い取ったのは、もう随分と前の事よ。そろそろ次の行動を起こしても良い頃なんじゃないかって思っても不思議でも何でもないって。……一番の懸念材料だったはずの兵站の供給能力がクリアされたら……」
可能性は決してゼロではないはずなのだ。少なくとも大森林の向こう側への侵攻は何時か必ず行われるはずなのだから……。
「……私が何故、あの女のことを死の商人……。武器とか軍用品を扱う連中の蔑称なんだけど、なんでそう変な呼び名で呼んだか、これで分かって貰えた? あの女は自覚なしで王国に戦争の火種を埋め込もうとしていたの……。ううん、もしかすると全てわかってる上で、アレを世に解き放とうとしてるのかも知れない」
そして、その過程で自分の発明品の先見性、あるいは可能性に気がついていち早く行動を起こせる“使える逸材”をおびき寄せるための撒き餌として、あんな形でばら撒いて周囲の反応を見ていたのかもしれないのだ。
「胡散臭い女。……ああいった独善的で傲慢で自分勝手な輩は、下手に関わったら不幸になるだけなんだから。……私が居ない時に声をかけられても、絶対にホイホイついてったら駄目なんだからね?」
そう気をつけなさいよと忠告された言葉にクロスも小さくうなづいて見せたのだった。




