Chapter3-3 信頼(1)
護衛任務を遂げてから約一ヶ月後。夏の暑さが本格化し始めてきた時節。オレは領外へ出かけていた。というのも、婚約者であるミネルヴァの九令式に参加するためだ。
ミネルヴァを祝うという理由は無論、今回の式にてオレたちの婚約が正式発表される予定になっている。これは、双方の話し合いによって決定された計画だった。
同行者はシオンと世話係が数名、護衛の騎士が三十といったところ。今回は格上の貴族家のパーティーに参列するので、勇者の村へ赴いた際よりも規模が大きい。まぁ、見栄を張る輩に比べると少ない方だけども。
本来なら伯爵も同行すべきなんだろうが、病欠とさせてもらった。公爵令嬢の九令式には、たくさんの来賓が参加する。その子が優秀であるのなら尚更。そんな魔窟へ絶好のカモを連れ出す蛮勇を、オレやフォラナーダの面々は持ち合わせていなかった。というか、ロラムベル家の方からも連れて来ないようお願いされている。至当な判断である。
また、カロンやオルカもお留守番だ。義姉になるとはいえ、現時点での二人はミネルヴァと関係性が薄い。特に『陽光の聖女』として有名なカロンは、慎重に動かないと余計な風評を流される危険性があった。
この決定を伝えた当初、二人は大層荒れましたとも。久しぶりに、カロンたちの駄々をこねる姿を見たかもしれない。最近は大人になってきたと感じていたけど、まだまだ子どもの部分は存在するんだなと、少しほんわかしてしまった。
最終的には了承してくれたので、たぶんオレに甘えたかっただけなんだと思う。ホント、可愛い弟妹たちだ。
話を戻そう。
ロラムベルへは前述したメンバーで出向いている。移動手段は当然ながら馬車だ。公爵側には、オレの能力について話していないからな。
約一週間の旅程をこなし、いよいよロラムベルの領都へ入る。先触れは放っていたので、すんなりと都入りは叶った。
「問題はココからだな」
口内で言葉を転がし、気を引き締め直す。
それから、馬車内で同席しているシオンへ声をかけた。
「シオン」
「承知しております」
即座に返事があった。彼女の浮かべる表情は、やや疲れを含んだそれ。
「何度も仰られなくとも、我々は理解しておりますよ。現ロラムベル公爵は魔法狂と称されるお方。必然的に、周囲には似た価値観の輩が多くなるのでしょう」
魔法至上主義者の多い環境へ色なしが赴いたらどうなるか。その結果は想像に難くない。
まぁ、オレ自身は、周りに何と言われようが別に構わないんだ。問題は、オレではなく部下たち。オレを慕ってくれている彼らがオレの陰口を耳にした際、余計な行動を起こさないか心配だった。
口頭での注意程度なら、まだ良い。しかし、手を出したりしたら、ややこしい事態に陥るのは間違いない。今回の主催はロラムベルなので、彼らの顔を潰してしまう。
未だにソワソワするオレへ、シオンは言う。
「ご心配なのは分かりますが、もう少し私たち配下をご信用ください。我々もプロの従者です。いくら主人を貶されようとも、主人の不利益になる行動はいたしません」
「それはそうだけどさ」
彼女の言は正しい。普通の従者であれば、面と向かって侮辱されるなどの常識外れのバカを仕出かされない限り、大人しくしているものだ。下手なことをしたら、主人に迷惑がかかってしまうし、自分の首が物理的に飛ぶ可能性だってある。
ただなぁ……。
「キミら、ミネルヴァがウチに滞在してた時、何度も斬り捨てようとしてたよね?」
「……」
シオンは盛大に目を逸らした。オレ直伝の【身体強化】を用いて耳を傾けていた馬車外の騎士たちも、途端に周囲警戒へ熱を入れ始める。
オレは小さく溜息を吐いた。
ミネルヴァは確かにオレを見下すような発言をするが、それは無属性という劣等生だからであって、オレ自体を否定しているわけではない。言葉の選択こそ過激だけど、彼女のまとう感情は慈愛に溢れていた。才能のないオレを心配している節があるんだ。
その辺の事情は周囲にも説明しているし、彼らも承知しているはずなんだけど、どうにも行動が一致していない。以前に誰が言ったか、『反射的に武器を構えてしまう』んだとか。
それほど、オレは大切に想われているんだろう。それはとても嬉しい。しかし、少しは穏当な手段に訴えてほしい。最初から一番苛烈な手法を取らないでくれと物申したい。
とはいえ、実際にミネルヴァへ攻撃を仕掛けたことは無論、その仕草が彼女にバレたこともないので、彼らなりのジョークなのかもしれない。今のやり取りも、オレの緊張を解そうとしたんだろう。……そう信じたい。
程なくしてロラムベル城に馬車は到着する。身分によっては門の前で降りなくてはいけないが、此度のオレはミネルヴァの婚約者の立場。城の出入口まで馬車で乗り付けられた。
馬車を降りるオレを出迎えたのは、荘厳なロラムベル城と数多の使用人たち、そしてミネルヴァだった。
「よく来たわね。面倒だけど、出迎えてあげたわよ。感謝しなさい!」
「ようこそお出でくださいました、ゼクスさま」
不遜に胸を張るミネルヴァとは対照的に、隣に立つ老齢の執事は慇懃に腰を曲げる。後ろに控える使用人たちも礼節を弁えた態度だった。
一見するとミネルヴァは嫌々顔を見せ、使用人たちは歓迎してくれているよう。そこには一分の隙もなく、普通なら額面通り言葉を受け取るだろう。
しかし、オレは漏れ出る魔力から感情を読めてしまう。彼女らの内心が、態度とは正反対だと悟れていた。
不機嫌そうなミネルヴァはオレたちの到着を喜んでいて、執事を筆頭とした使用人一同は非常に嫌そうにしている。酷い輩だと『死ね!』とか考えているぞ。ここまでの激情を抱いておいて、よくぞ顔に出ないものだ。
覚悟していたこととはいえ、実際に目の当たりにするとゲンナリする。ロラムベルに滞在する間は、あまり気が休まりそうになかった。
シオンにアイコンタクトを取り、警戒を強めるよう伝える。部下たちには単独行動の禁止を事前に命じてあるので、密かに襲われるなんて事態は起こらないと思う。
一通り観察を終えたオレは、一歩だけミネルヴァに歩み寄った。使用人たちの憎悪が増すけど、無視無視。相手にするだけ時間の無駄だ。
「わざわざありがとうございます、ミネルヴァさん。可愛らしい婚約者にお出迎えしていただけるなんて、私は幸せ者ですね」
「ふ、ふん。当然よ、私はロラムベルの至宝とも呼ばれてるんだもの」
オレがやや気取った感謝を告げると、彼女は頬を染めてソッポを向いた。声音こそ機嫌を損ねた感じにはなっているが、やはり溢れる感情は喜色一面。とても分かりやすかった。
こういうところが“可愛らしい”んだよな。教えると激怒しそうだから言わないけど。
「どうせ、色なし風情のあなたじゃ、城の中で迷子になってしまうでしょう。私の婚約者が情けなく狼狽えるなんて見過ごせないから、滞在中は私が付いててあげるわ」
言うや否や、ミネルヴァはズンズンと城の中へ歩いていく。
今の発言も、こちらを慮った内容だった。たぶん、『フォラナーダの面子のみで行動していると変なチョッカイをかけられるかもしれないから、公爵家の自分が守ってあげる』と言いたかったんだろう。
「ほら、早く来なさい!」
外見は不服そうに、中身は嬉しそうに、同時に相反する反応を示すミネルヴァ。
本当に面白い子だとオレは頬笑み、彼女の後を追う。
前途多難の婚約発表ではあるが、まったく楽しめないわけではなさそうだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




