Chapter3-2 護衛任務(1)
ミネルヴァとの顔合わせより一ヶ月。その間に、オルカの九令式は開催された。
これまで地道な活躍を積み重ねてきた彼だが、もっぱら内輪の作業が多かったため、他貴族に名声が轟くほどではない。養子であることも相まって、落ち着いた式となった。
本当は、オレの時も同様に終わるはずだったんだけどなぁ。遠い目をしながら、公爵の名代として出席したミネルヴァの相手を、オレは担った。
オルカの九令式が終了すると、ミネルヴァは自領へ帰っていった。終始ツンツンした感じだったけど、心配の裏返しや照れ隠しが大半だった。これほどまでにツンデレの似合う少女はいないだろう。
オレとしてはミネルヴァを割と気に入っているんだけど、カロンとオルカは違うようだ。彼女のオレへの態度が失礼すぎると不満を漏らしていた。
二人は感情を読み取れるほど精神魔法に精通していないし、仕方ないのかもしれない。今後も長い付き合いになるし、そのうちミネルヴァの真意を知る機会も巡ってくるはず。きっと仲良くなれると思う。
直近のイベントが片づき、ようやく通常業務に戻るフォラナーダ城。今日も今日とて、オレは執務室で書類の山と格闘していた。かなりの量が溜まっているが、これも例の計画を進めている影響。甘んじて受け入れるしかない。
まぁ、仕事が事務系だけというのは平和な証だろう。今日も平穏に一日が過ぎてくれるなら幸いだ。
ところが、その願いは儚く散ることとなる。
事態が急変したのは、【身体強化】に依る無駄に洗練された無駄のない高速サイン術を披露していた時。不意に【念話】の連絡が入った。
通信相手は、元子爵令嬢で現在はオレが匿っている奴隷のニナだった。
『シス、助けて』
その内容は、まったく穏便とは言えないもの。
オレは即座に行動を起こした。
【偽装】でシスの姿に変わり、ニナの元へ【位相連結】を開く。それから、その場にいた部下たちへ「行ってくる」とだけ告げて、事件現場へ向かった。
ニナは住居としている家の玄関付近にいるようなので、【位相連結】はリビングの隅に繋げた。家具の陰になっている場所のため、オレが転移してきたと敵にも露見されづらい。
玄関の方を見れば、ニナを囲むように成人男性が三人並んでいた。どいつもガタイが良く、立ち振る舞いより戦闘職の者だと判断できる。ただ、ガラは悪かった。とうてい堅気とは考えられない、すれた風貌をしている。
一人が彼女の腕を掴んでおり、今にも連れ去ろうとしていた。【身体強化】を使えるので力負けはしないはずだが、状況を考慮し、念のためにオレを呼んだんだろう。
考察も程々に、オレは事態の中心へ踏み込む。【身体強化】で強化された脚力によって、彼我の距離は一瞬でゼロに変わった。
ニナの隣に移動したオレは、彼女を掴む男の腕を手刀で叩き折って引き離す。そして、瞬く間にリビング側へと離脱した。
「いってぇぇぇぇぇええええええ!?!?!?!?!?」
「どうした!?」
「おい、ガキはどこだ!?」
一拍遅れて、三人の惑乱する声が聞こえる。オレの一連の動きは見えていなかったみたいだ。あの様子だと、しばらくはコッチに気づかないだろう。
「助かった。もう降ろして平気」
オレが賊を注視していると、抱えていたニナより声がかかった。
目を向けると、やや訝しげな様子でオレの方を見ていた。
訝しげ? ……あっ、やば。
今さらながら、現状の危険性に気づく。緊急時ゆえに致し方ないとはいえ、ニナと接触するのは些かマズイ対応だった。
彼女はオレの正体を知らない。【偽装】で誤魔化せるのは視覚情報のみのため、こうして触れ合っていると違和感を覚えてしまうんだ。
内心で慌てているのを面に出さないよう気をつけつつ、ニナを床へ降ろす。それから、彼女が余計なことを考える前に質問を投じた。
「あいつら、何なんだ?」
未だ慌てふためいている三人の賊を指さす。
対し、ニナは頭を横に振った。
「知らない。でも、一般人じゃない。アタシを尾行してきたみたいだし、『ニナ・ゴシラネ・ハーネウスか?』って訊かれた。答えずにいたら腕を掴まれて、返り討ちにはできそうだったけど、一応あなたを呼んだ」
淡々とした物言いに、含むところは一切感じられない。本当に彼らを知らないんだと見て取れた。
まだ修行中の身とはいえ、ニナに悟られないよう尾行するなんて、確かに一般人ではあり得ない。少なからず、隠密の訓練を積んでいる証左だった。
加えて、もう一つ。
「名前を確認したのか」
「うん。でも、認めたらヤバそうだったから、何も答えなかった。意味なかったけど」
「いや、それで正解だ」
たぶん、賊はニナより言質を取りたかったんだ。彼女の腕を掴んだのは、沈黙に焦れたからだと推察できた。要するに、急いでニナを回収する必要があったということ。
いよいよキナ臭くなってきた。これは空き巣の類ではなく、明らかに彼女を狙った犯行だった。
「お前は自分の部屋に引きこもってろ。この先はオレが対処する」
「アタシも――」
「いいから行け。ここにいても役に立たない」
同行を願おうとしたニナの言葉を遮り、オレは問答無用で命令を下す。
この一件、ただごとでは済まない気がする。念を入れてオレだけで拷も――尋問を行いたい。
「……分かった」
尋問において役立たずなのは事実であるため、彼女は渋々ながら命令を受け入れた。やや気落ちした様子で私室に入っていく。
それを認めたオレは、早速行動に移る。
まずは賊の無力化からだな。一人の腕を折ったとはいえ、三人とも普通に動き回れる状態だ。軟体生物化とまでは言わずとも、芋虫にはなってもらおう。上達した【異相世界】を展開して、いざ尋常に襲撃ッ!
――よし、制圧完了。喚き声がうるさいから【鎮痛】で痛みを和らげて、と。
三人仲良く芋虫になってもらったところで、オレは問いかけた。
「で、お前たちは何者?」
【恐怖】と軽い【威圧】を込めた声は、さぞかし恐ろしいものだっただろう。彼らは色々な汁を垂れ流しながら、ペラペラと喋り出してくれた。
うん、手間が省けて助かるよ。でもさ、この惨状は誰が掃除すると思ってんだ、こら。
尋問の結果、三人は闇ギルドの組員だと判明した。最近、感情の動きで嘘発見器のマネゴトができるようになったため、この程度の輩なら真実を暴ける。
闇ギルドとは、前世でいうところのマフィアみたいな組織を指す。基本的に大都市にはどこでも存在し、潰しても潰しても後を絶たない“ゴから始まる害虫”にも似た連中だ。
といっても、このフォラナーダの領都の闇ギルドは根絶していた。カロンやオルカが街で安全に遊べるよう、オレが全力を尽くしたんだから間違いない。
つまるところ、ニナを狙った三人は領都外より来た賊だった。諜報部より報告が上がってきた覚えがないので、かなり小規模な組織に違いない。
実際、新興のギルドかつ総人数十程度で、有する技術も多少の隠密のみという情けなさだと三人は吐いた。部下たちが危険判定をしないのも納得だった。
だが、しかし、疑問が残る。どうして、そんな弱小闇ギルドがニナを標的にしていたのか。
ニナは元子爵令嬢ではあるものの、現在は一介の戦利奴隷にすぎない。元実家も消失しているため、確保しても金にはならないだろう。
必然、私情の関わる理由があると推察できた。ニナに思い入れのある何者かが、こいつらにニナの身柄確保を依頼したんだ。
この予想は正しく、一ヶ月前にニナの誘拐を依頼されたらしい。報酬は前払い五百万で達成時に一千万。弱小ギルドなら飛びつくのも無理ない金額だった。
しかし、判明した情報はここまで。肝心の依頼主は明らかにならなかった。
三人より得た情報を元に、闇ギルドおよび依頼を出した人物を部下たちに襲撃させたんだが、そいつも雇われた人員だったんだ。その後も複数の痕跡を辿ったものの、全員業者にすぎなかった。ニナを欲する輩は、かなり用心深い人物らしい。
諜報員曰く、大元が判明するまで時間がかかるとのこと。例の計画の方に人員が割かれているのも影響していた。あちらを疎かにするわけにもいかないので、多少の時間経過は我慢するしかない。
正体不明の人探しとなると、さすがのオレも役には立たない。人海戦術で地道にやっていくしかない。
ニナの危機は、そう簡単に解決されないようだ。とりあえず、今回の襲撃犯である闇ギルドは潰し、ニナにしばらくの単独行動の禁止を言い渡す。
何とも歯がゆいところだけど、現状は手詰まり。部下たちの尽力に期待しよう。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




