Chapter3-1 婚約者(4)
数日後、オレの誕生日が巡ってきた。今年はただの誕生日ではなく、九令式が控えていたため、例年よりも慌ただしい。誠に遺憾ながら伯爵も同席させなくてはならず、式の準備も相まって、部下たちは当日まで忙しそうに仕事をしていた。
とはいえ、オレの九令式は盛り上がらないだろう。表向きは『弟妹の後ろに隠れる意気地のない色なし』と評価されている。周辺貴族に招待状は送ったものの、大半は代理人を立てるに違いない。伯爵の失言にさえ気をつければ良いはずだ。
その予想はほぼ的中していた。フォラナーダと格が同列以上の家は、ことごとく代理人の出席だった。
ところが一点だけ、オレや部下たちの度肝を抜く事態が発生していた。
それは果たして──
「九令式を迎えたこと、誠にめでたい。おめでとう、ゼクス殿」
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます、ロラムベル公爵」
オレと握手を交わす中年の男。黒髪と朱殷色の瞳を携え、厳めしい顔立ちと筋骨隆々の体を持つ御仁。
容姿に違わぬ軍人然とした厳格な雰囲気をまとう彼の名は、ジョーバッハ・ステムホルス・カン・ロラムベル。先にオレが口にした通り、公爵の称号をいただく方である。
公爵家の現当主が、悪名高い伯爵子息の九令式に参列する。驚異の珍事だった。
確かに、ロラムベルは三領ほど隣のご近所のため、招待状は送った。しかし、まさか、寄子でもないフォラナーダのボンクラ息子の九令式に顔を出すなんて、誰が予想できたか。
当然ながら、参列者の全員が狼狽している。前触れによって事前に知らされていたオレたちでさえ動揺している。どのように対応して良いのか判然としない、そんな様子だった。この場で呑気に笑顔を浮かべているのは、伯爵くらいだろう。
結局、緊張感を孕んだ空気のまま九令式は終了する。祭事ならぬ災事のような、気まずい時間だった。
式中は、これといった行動は起こさなかったロラムベル公爵だが、何も祝うためだけにフォラナーダへ足を運んだわけはあるまい。
果然、オレの推測は正しかった。式が終わった後に伯爵を自室へ送り届け、シオンを伴って移動している最中、一人の使用人が公爵の言伝を告げに来た。
曰く、二人きりで話をしたいという。怪しすぎる誘いだった。特に、伯爵を同席させないところに、そこはかとなく向こうの思惑を感じる。
オレはできるだけ早くセッティングするよう指示を出し、再び足を動かした。
断る選択肢はない。相手が格上の貴族というのもあるが、純粋に興味があった。当主自ら出向いてきて、悪評の付きまとうオレと何を話すつもりなのか。
それに、ロラムベル公爵は聖王家の血筋にも関わらず、聖王家と同じ派閥――聖王の絶対政権を唱える王宮派には参列していない。むしろ、対立関係にある貴族派の筆頭だった。
まぁ、政治的思惑が多分に含まれているんだろう。今は重要ではないので、その辺の経緯は隅に置いておく。
ここで重視すべき点は、王宮と対立する派閥に属していること。つまり、上手く話を運べば、王宮を牽制できるかもしれないんだ。罠だと理解していても、それだけで彼の話を聞く価値はあった。
「ゼクスさま」
「大丈夫だよ」
シオンの憂いを帯びた声がかかる。
二人きりで対面することの危険性を説きたいんだろうけど、それは重々承知している。当然、しっかり警戒はする。
だが、十中八九、問題はないはずだ。公爵より敵意は感じ取れなかったし、何よりも、彼はオレなんかに姑息な手段を使わないと断言できた。
鬼が出るか蛇が出るか。
ロラムベルとの会談は、十分後に開かれる。
ジョーバッハ・ステムホルス・カン・ロラムベルがどのような人物なのか、ここで整理しておこう。
ロラムベル公爵は、その地位だけでも十二分に有名な人物だが、もう一つ俗世に広まる異名があった。
それは『魔法狂』。魔法に造詣が深いという意味を込めた魔法卿と、何よりも魔法に価値観を置く魔法狂いという意味、両方を含んだダブルミーニングである。
彼の魔法至上主義は筋金入りだった。魔力適正が少ない者は、いくら他の能力が優秀でも雇い入れないし、話にも耳を傾けない。魔法が苦手というだけで格下と見なす。自らの子どもの友人や結婚相手は、魔法能力の如何で決定する。その他にも書ききれぬほどのエピソードが存在した。
これらは、嫌というほどゲームで味わった。
そう、ロラムベル公爵はゲームでも登場するキャラクターである。というのも、彼の娘が聖女の親友であり、勇者の攻略対象なんだ。前者はまだしも、後者では結構頻繁に出番がある。
ここまで聞いて、一つ疑問に思ったかもしれない。何故、ロラムベル公爵がオレに声をかけてきたのか。
色々と不自然なんだ。魔法至上主義を掲げる公爵が色なしのオレに接触してくるのは、あまりにも彼の行動理念より外れすぎている。それほど重要な思惑があると考えて良いだろう。
それを明らかにするためにも、オレは気を引き締めて会談に臨む。
会談の開催場所は、フォラナーダ城でも一番格式高い応接室だった。事前の通達通り、オレと公爵以外に人はいない。使用人は、お茶を入れさせて即座に下がらせていた。
大きなソファに対面しながら腰かけるオレたち。茶を啜り、幾許かの時間が経過した。その厳格な雰囲気も相まって、場には重苦しい空気がはびこっている。
不意に、ロラムベル公爵が口を開いた。
「私は言葉を飾ることが苦手だ。多少は貴族らしく振舞うこともできるが、貴殿に対しては不要に思う。如何か?」
「もちろん、構いませんよ。私も簡潔を好む性分です」
単刀直入に発言して良いかというセリフに、オレは首肯した。元一般市民のオレとしても、もったいぶった言い回しは回避したいところである。
しかし、この返答は次の瞬間に後悔へと変わった。
「我が娘を、貴殿の婚約者に推したい」
「ぶふぉっ」
衝撃的な発言に、タイミング悪く口に含んでいた紅茶を吹き出す。き、気管に少し入った。
オレの反応なんて気にも留めず、公爵は続ける。
「これが私の娘の資料だ、目を通してくれ。返答は、できるだけ早く願いたい」
そう言った彼は、どこからか取り出したA4サイズの紙束をテーブルの上へ置く。
対するオレは、ゴホゴホと咳を込みながらも必死に頭を回した。まったくもって予想外の問いに、どこから対処すべきかを思案する。
幸い、ロラムベル公爵は、こちらが落ち着くのを待ってくれるようだった。腕を組んで、泰然と沈黙している。
何とか呼吸を整えたオレは、まず問うべき言葉を投げた。
「どうして、私にその話を持ち込んだのでしょうか?」
これは『娘の婚約者にオレを推した理由』を尋ねているのではない。婚約者を決める大事な話し合いに、対外的には一介の伯爵子息にすぎないオレのみを何で呼んだのか。そこを訊いているんだ。普通なら、伯爵や外務担当の部下を同席させる。
大方の察しはついているが……しっかり確認を取るべき案件だった。
公爵は軽く鼻を鳴らし、何てことない風に返す。
「貴殿に持ち込まずして、誰に持ち込むと言うのだ。この伯爵領の真の支配者は貴殿だろうに」
やはり、オレが実権を握っていることを、この男は把握しているみたいだ。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




