Chapter2-ep 家族(3)
「私は、ゼクスさまのことをお慕いしております」
不意打ちだった。まさか、このタイミングで告白されるとは考えておらず、とっさに言葉が出てこない。
オレが固まっている間にも、彼女はセリフを続ける。
「すぐに返答をくださる必要はございません。どうしても抑え切れずに想いを口にいたしましたが、私はあなたさまの隣に立つ資格を有してはおりません」
「資格?」
かろうじて絞り出せた問い。
それに対し、シオンは首肯した。
「はい。私は今回の事件でご迷惑をおかけしてしまいました」
「オレは気にしていない」
「存じております。ですが、私自身が許せないのです。此度の清算を行わなくては、納得できないのです。たとえ、自己満足にすぎないとしても」
翠色の瞳でこちらを真っすぐ見つめ、彼女は言う。
「この告白こそ、ご迷惑をかけているのかもしれませんが、どうしても伝えたかったのです。私の身と心は、ゼクスさまに捧げられていると。私はあなたさまの味方であり続けると。それらを心の隅に留めていただけたら幸いです」
「どうして、そこまで……」
シオンがオレへ特大の愛情を抱いていることは理解できた。言葉だけではなく、告白した時より放たれている周囲一帯を満たす好意の感情が、如実に彼女の内心を表していた。抑え切れなかったとの発言も頷けるというもの。よくも今まで隠し通せたと呆れてしまうレベルだ。
しかし、永遠の忠誠を誓われるほどの何かをシオンにした覚えは、オレにはなかった。想像以上の愛の大きさに、驚きが隠せなかった。
対し、シオンは苦笑いを浮かべる。
「困惑されるのも理解できます。ゼクスさまからすれば、大したことではなかったのでしょう。ですが、私には大きな支えになりました。あなたさまが私を“家族”だと仰ってくださったことは、とても心に響きました。私には血の繋がりはあれど、決して私に目を向けてくれない家族しかいませんでしたから」
生まれた時よりシオンを冷遇してきたサウェード家。過去の境遇を想起したのか、彼女はどこか遠い目をした。
「力強い意志をもって私を家族だと断言してくださった時、私はゼクスさまに恋をしてしまったのです。不敬ながらも、この方と人生を共にしたいと考えてしまったのです。この一ヶ月、気持ちを押し留めるのに苦労しました。結局、こうして告げてしまいましたが」
シオンは照れくさそうに語った。その姿はとても可愛らしく、そして、想いを綴る声は火傷しそうなほどの熱量が含まれていた。
オレは額に手を当てつつ、事実確認を行う。
「シオンを家族としては好きだけど、恋人にしたいとは思っていない」
「はい、理解しております」
「もし、オレと恋人関係になったとしても、立場的にキミを正妻にはできない。もしかしたら――いや、聖王国の法律を考慮すれば、他にも側室を迎える確率は高い」
「正妻など私には過分すぎます。可能なら、あなたさまの愛の一欠片でもいただければ、望外の喜びです」
「オレは色なしだ。きっと、周りから後ろ指を差されるようになる」
「周囲の目など関係ありません。好いた方の隣にいられない方が嫌です。それに、私にはゼクスさまやカロンさま、フォラナーダ城の皆さまがいますから」
「……そうか」
オレを生涯のパートナーに選ぶことのデメリットを並べたが、すべてを容易く返されてしまった。
オレのどこに、シオンは惹かれたんだろうか。理由は先程語られたけど、いまいちピンときていない。たぶん、その感情は彼女にしか理解できないと思われる。
だから、正面より受け止めて答えるしかない。返事はしなくて良いと言われたが、忠告だけは必要だと判断した。
「オレには、やらなくてはならないことがある。それが叶うか判断できるのは、おそらく十年後の話だ」
カロンを死の運命から救い出す。それがオレの悲願であり原点。学園を卒業する日まで、恋に現を抜かす暇はないと思われる。
シオンが自信を持つことができ、オレへ返事を乞うたとしても、答えられない可能性は大いにあるんだ。
無論、気心知れた彼女がパートナーになってくれるのなら、オレとしても嬉しい。今は家族に対する愛情だとしても、そのうち気持ちが変わる確率は存在する。
だが、十年の月日は長い。シオンは三十三を迎えている。前世よりも婚期が早いこの世界において、その年齢による新たな恋は絶望的だった。
家族と思っているからこそ、その結末は申しわけなさすぎる。オレを待つばかりに、自分の人生を棒に振ってほしくなかった。十年もあれば、新しい恋を見つけられるはず。サウェードより離れた彼女は、今や自由の身なんだから。
歳の差を明確に提示すれば、多少は納得もしてくれる。そう考えた。
ところが、シオンの反応はオレの想像の真逆だった。何せ、不敵な笑みを浮かべたんだ。
怪訝に眉を寄せると、彼女は笑んだまま言う。
「お忘れですか、ゼクスさま。私はエルフです」
「それがどうした――あっ」
疑問を投げかける途中、オレはシオンの意図する内容を察した。そして、この心配の仕方が悪手であったことも理解してしまう。
シオンはフフフと笑いながら返す。
「エルフの平均寿命は二百年、人間の二倍は長寿です。しかも、老化が始まるのは百五十をすぎてから。つまり、三十三歳など若造ですよ」
年齢による心配なんて無意味も良いところだった。むしろ、この理由を提示してしまったせいで、シオンは他の恋を探さなくなるだろう。確実に、オレの準備が整うのを待つと言い出す。
「私は、ゼクスさまを待ちます」
案の定だった。シオンは毅然とした態度でオレを見据える。
「たとえ、二十年先でも、三十年先だったとしても、私は待ちます。もちろん、ゼクスさまが本気でお嫌なのでしたら別ですが……」
「い、いや、本気で嫌がってはない」
オレのバカ。何で「嫌がってない」なんて言っちゃうんだよ。――うん、涙目で「お嫌ですか?」と問われたら否定したくもなる。ベクトルは違えど、彼女のことは好きなんだからさ。
「なら、問題ありませんね」
清々しい笑顔だ。一発殴りたくなる。
それに、とシオンは言葉を重ねる。
「達成しなければならない目的とは、どうせカロラインさまにまつわる何かでしょう?」
「それは違――」
「いえ、お答えにならなくて結構です。他を犠牲にしてまでゼクスさまが優先することなど、カロラインさま関連しかあり得ません」
「……」
一切の弁明をさせてもらえなかった。日頃の行いのせいか、何を言っても信じてもらえない雰囲気があった。
オレは溜息を吐く。
「で、それが事実なら、どうするんだ?」
「お手伝いいたします」
「はぁ?」
シオンの即答に、オレは間の抜けた声を上げてしまう。
彼女は構わずに続ける。
「カロラインさまからお聞きしましたが、仲の良い家族は支え合うものだそうですね。でしたら、家族と認められた私はゼクスさまをお支えいたします。今回の失態を挽回する良い機会でもありますし。また、カロラインさまの危機であれば、私もお救いしたいです。私などを姉と慕ってくださる方なのですから」
一人よりも二人いた方が効率的ですよ、と締めくくった。
オレはシオンを見据える。彼女もオレを真っすぐ見つめた。
二人の視線がしかと交差する。
「「……」」
沈黙が一帯を支配するが、長くはなかった。一分も経たないうちに、オレは盛大に溜息を吐く。
「分かった、分かったよ。オレの負けだ。事情を話すから、手伝ってくれ」
「ではッ!」
「だが、キミの気持ちに応えるかどうかは別の話だ。十年も期間が空く。その間に新しい恋が芽生えたら、オレのことは気にせず、そちらを進め」
これだけは譲れない。オレの使命に巻き込んだせいでシオンが幸せを逃すなんて、起こってはならないことだ。
オレの意志は固いと悟ったんだろう。シオンは渋々といった様子で頷いた。
「承知いたしました。ですが、お慕いすること自体は拒否なさらないでくださいね?」
「分かってるよ。そこまで無神経じゃない」
感情がままならない代物だというのは、よく理解している。
だから、シオンがオレを好きでいる限り、オレも極力は彼女の要望に応えよう。オレの都合に付き合わせてしまうんだからな。
「ふふっ。これから、よろしくお願いいたしますね、ゼクスさま」
「――よろしく」
コロコロ笑うシオンの笑顔は憎たらしいと同時に、普段はクールな彼女とは思えないほど可憐でステキなモノだった。
この話でChapter2は終了です。ここまでご覧くださり、ありがとうございました。
明日から幕間を挟み、18日よりChapter3開始予定です。引き続き、拙作をよろしくお願いします!




