Chapter2-5 サウェードとクロミス(5)
一つの質問をオレは投じる。
「昨日の一件は、どういう経緯で発生したんだ?」
どうにも話が繋がらない。
シオンはカーティスより協力を命じられていたのは事実として。それなら何故、篭絡した使用人を通じて、彼女は食堂へ誘導されたのか。協力関係なら、普通に呼び出せば良い。
また、昨日のカーティスとシオンの様子は、どう考えても協力者には見えなかった。シオンがカーティスに恐怖心を抱いていたとしても、あの態度はあまりにも不自然すぎた。
「……あれは、カーティスさまが私に再度協力を命じられ、その返答を私が渋ったせいで発生した事態です」
どこか躊躇いを含んだ調子で、シオンは説いた。
オレは首を傾ぐ。
「再度? ってことは、それまで一切協力してなかったのか?」
「……はい。返答はせず、彼との接触も避けていました」
「どうして?」
話の流れより、シオンはカーティスへ情報を流していると思い込んでいた。幼少のトラウマを植えつけた人物だし、彼女の王宮への忠誠心は高かったはず。加えて、彼女の悪癖を考慮すると、命令に従わない理由はなさそうだった。
「それは……」
シオンは、先程以上の躊躇を見せる。できれば語りたくないという心情が透けて見えた。
しかし、それを許せる内容ではない。オレは念を押す。
「教えてくれ、シオン」
ジッと彼女の瞳を見据え続ける。
程なくして、シオンは諦観を湛えた息を吐いた。
「……私は“甘い”人間なのです。卑怯者なのですよ」
甘い、か。
かつて、オレがシオンを評した言葉だった。そして、克服してほしいとも助言した。
頭を下げている彼女の表情は窺い知れないけど、おそらく自嘲気味な笑みを浮かべていると思われる。
「カーティスさまと出会って、ゼクスさまの仰っていた『優しさと甘さは違う』という意味が真に理解できました。私は確かに甘いです。自分に酷く甘い。他人を慮っていると見せかけて、その実、自分を甘やかしているにすぎませんでした」
彼女は、ベンチに置いていた手を強く握り締める。
「カーティスさまの命を受けた際、私はこう思ってしまったのです。『自分がつらい目に遭わないためには、裏切るしかない』と。この思考に気づいた時、愕然としてしまいました。私は何と意地汚い人間なのかと嫌悪しました。それから、理解しました。私が今まで優しさだと思っていた行動は、すべて甘さだったと。ゼクスさまとの契約を良しとしていたのは、私が子どもを殺めたくなかったから。スリの少女を許したのは、私が彼女の人生に影響を与えるという責任を負いたくなかったから。あの時もそう――」
つらつらと、シオンは今までの行動を振り返っていく。その声は震えており、声音には嫌悪を湛えていた。
「でもッ!」
彼女は声を張り上げる。
「でも、そんな卑怯な自分のままではいたくなかった。今度こそは、誰かのための優しさを見せたかったッ!」
「だから、カーティスの命令を無視したのか?」
オレが問うと、シオンは顔を少し上げ、苦笑いを浮かべる。
「はい。何を大事にしたいかと自問した時、思い浮かんだのはフォラナーダでの日常でしたから。結局、彼への恐怖のせいで、中途半端な行動になってしまいましたけどね。本当にゼクスさまたちのためを思うなら、すべてを打ち明けるべきでした」
間違いなく正論だな。シオンの抱えていた情報があったら、もっと具体的な対策を練れたはずだ。中途半端という評価は正しい。
だが、
「シオンは、王宮よりもオレたちを選んでくれたんだな」
オレたちか王宮か。どちらかの利を選択しなくてはいけない状況で、彼女は前者を取った。その事実は、素直に嬉しかった。オレが楽しんでいた日々を、シオンも同じく楽しんでいてくれたことは、とても喜ばしかった。
オレはシオンの肩に両手を置き、瞳を覗く。涙を堪えているのか、彼女の翠色の目は、ウルウルと揺らめいていた。
「シオン。キミとは契約を結んでる、いわゆるビジネス的な繋がりが発端だった。でも、オレはキミのことを家族のように想ってるんだよ」
「え?」
「疑いようもなく、シオンは甘い。それを克服してほしいとも以前に伝えた。ただ、こうも言ったはずだよ。『キミの甘いところも嫌いじゃない』って」
「ッ」
シオンは目を見開き、オレに視線を合わせた。
オレは頬笑み、続ける。
「オレはシオンのことが好きだよ。オレの人生の半分以上を一緒にすごしてるんだからな。もはや家族といっても過言ではないだろう? それとも、オレの一方的な片思いだったかな?」
「い、いえ、決して、そんなことはありません! 私も、ゼクスさまをお慕い申しておりますッ」
最後、オレが茶化し気味に尋ねると、彼女は顔を真っ赤にして慌てた。そこに、先までの悲痛な様子は含まれていない。すっかり、オレのペースに呑まれていた。
「じゃあ、両思いになった記念に、サウェードの秘密を黙っていた件は不問としよう」
「えっ、それは――」
「みなまで言うな」
「ですが、それでは周囲に示しがつきません」
お堅いシオンならではの反論だった。
オレは肩を竦める。
「このことを知るのは、オレとシオンの二人だけ。オレたちが黙ってれば問題ないぞ」
「ですが……」
なおも言い募ろうとするシオン。
自らを追い詰める意見を述べる彼女は、自身の甘さを乗り越えつつあるのかもしれない。
「いいや、もう決定だ。反論は認めない」
「そんな横暴な」
「そうだよ、オレは横暴なんだ」
呆れ返る彼女に、開き直るオレ。
横暴ついでに、オレは一つのアイディアを口にした。
「じゃあ、罰の代わりに約束してもらおうかな」
「約束、ですか?」
「嗚呼。今後もオレを支えてくれって約束だ」
王宮への忠誠ではなく、家族としてオレを助けてほしい。そう告げる。
すると、何を勘違いしたのか、シオンは爆発でもしそうなくらい、顔を真っ赤に染めた。
「え、いや、あの、その……」
「言っておくけど、家族って兄妹とか、そういう意味だからな?」
「えっ……わ、分かっていますよ! これからもゼクスさまの助力を承りますともッ」
半眼で指摘すると、彼女は大声で返事をした。本当に理解していたんだろうか?
少し釈然としなかったものの、もはや意気消沈していたシオンは存在しなかった。この調子なら心配はいらないと思う。
とりあえずの着地点を見出せたことに、オレは安堵の息を漏らすのだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




