Chapter2-5 サウェードとクロミス(4)
街中が朱に染まり、多くの商店は店じまいを始める。街を行き交っていた人々も数を減らし、まばらな人影が揺れていた。
オレとシオンは、そんな郷愁の念を抱かせる景観を、公園のベンチに並んで座りながら眺めている。デートの締めとして、ゆったりと雑談を交わしていた。
「遊んだなー」
「そうですね」
「ここまで呑気にすごしたのは、久々な気がするよ」
「ここ最近は、色々と解決しなければならない案件が多かったですからね」
「そうそう。オレは、のんびり過ごしたいだけなんだけどなぁ。周りが許してくれないんだよね」
「ゼクスさまは真面目なお方ですから。もっと気を抜いても、バチは当たらないとは思いますよ」
「今よりも気を抜いたら、あっという間に陰謀へ巻き込まれそうだ」
カラカラと笑う。
オレとしては、雑談の延長にある冗談のつもりだった。だが、シオンは違う意図に捉えた模様。急に沈黙してしまい、小さく唇を噛んでいた。
そして、声を若干震わせながら呟く。
「……申しわけ、ございません、でした」
「何を謝ってるんだ?」
突然の謝罪に、オレは首を傾ぐ。
シオンが何を考えているのか分からない、と全力で惚けてみたんだが、通じなかったらしい。彼女は沈痛な面持ちのまま、首を横に振る。
「今日のデー……お出かけが、私を励ますための企画だったことは理解しています」
まぁ、露骨な誘い方したし、分かるよな。
シオンの言う通り、意気消沈した彼女を元気づけるために、オレは今回のデートを催した。
直前までは上手くいっていたと考えていたけど、今の様子を見るに、不十分だったかな?
「ゼクスさまのデー……お出かけは、とても楽しかったですし、私の心を晴れやかにしてくれました。それは間違いありません」
顔に出ていたのか、シオンはそうフォローを口にし、話を続ける。
「その上で、昨日の――いえ、これまでの背信を謝罪したいのです」
「背信、か」
物騒な言葉を口の中で転がす。
カーティスが城に滞在してからは、諜報より城内の情報を逐一報告させている。その中に、シオンの裏切り行為は存在しなかったはず。すべてを完璧に把握しているとは断言できないけど、それでも、彼女の背信は信じ難い内容だった。
とはいえ、戯言だと切って捨てるには、あまりに重大すぎる話題。詳しく聞き出す必要があった。
オレはシオンを真っすぐ見つめて問う。
「どういうことか、話してくれ」
「はい」
対する彼女も視線を返し、それから語り始める。シオン・シュヒラ・クロミスの人生を。
○●○●○●○●
聖王国の暗部には、百年前よりエルフで構成された部隊が存在した。シオンから二つ前、祖父の代より仕えているという。
エルフとは犬猿の仲である聖王国が、どうして彼らを従えているのか。それはお互いに理由が存在した。
聖王国側は、当時台頭してきた帝国に対抗するためである。実力主義を掲げる帝国の力は計り知れず、かの国に呑まれないよう、学園制度をはじめとした色々な制度を打ち立てていた。その一環として、人間よりも魔法の腕に優れたエルフを身内へ引き入れたんだ。
エルフ側の理由は、祖国である森国に彼らの居場所がなくなってしまったから。というのも、彼らは森国で貴族の地位だったんだが、政争に敗北し、冤罪を吹っかけられてしまったんだ。そのせいで、一族全員で国外に逃げ出すしかなくなり、安住の地を求めて聖王国の傘下に加入したわけである。
つまり、両者の利害が一致したからこそ、聖王国とシオンの一族は手を組んでいた。シオン曰く、祖父や父の世代は聖王家へ多大な恩義を感じているようなので、単純な利害関係とは言えないかもしれないが。
そんな家系に生まれたシオンは、物心ついた頃よりスパイの訓練を受けていた。情報収集の技術やそれらを理解するための高度な勉学、万が一に備えた戦闘訓練。ありとあらゆる状況に対応できる情操教育を施された。
ただ、彼女の立場は些か複雑だった。何せ、頭目の妾の子だったんだ。頭目の子どもなら優秀に違いないというプレッシャーがかかる一方、正妻側の者らからは相当疎んじられていたという。陰湿なイジメも受けていたとか。
決して良い環境とは言えない場所にも関わらず、シオンは腐らずに努力し続けた。母を早くに亡くし、もう父の元しか居場所がなかったこともあり、彼らに認められるよう必死に訓練した。
しかし、現実は残酷だった。
知っての通り、シオンはドジである。いくら数多の技術を高水準で修めても、肝心なところでミスを連発してしまう。そのせいで、彼女は一族より落ちこぼれのレッテルを貼られた。どうしようもない不出来な子として扱われた。
所詮は妾の子。そう後ろ指を差される毎日。それでも、シオンは努力するしかなかった。逃げる場所なんて存在しなかったゆえに。彼女は、一族以外に身を置けるところを知らなかった。
初任務でフォラナーダに訪れた当時は、かなり張り切っていたらしい。このチャンスをモノにすれば、みんなを見返せると気合十分だったとか。
……まぁ、結果はご覧のありさまだけど、そこは置いておこう。重要なのは、シオンと彼女の本家の関係は、あまり良好ではないという事実である。
そして、その本家というのが、サウェード子爵家だった。
「カーティス・フォルテス・ユ・タン・サウェードは、私の腹違いの兄です」
そう、シオンは明かした。
エルフは二百年前後の寿命と百五十まで保たれる若さを誇るため、正体がバレないように【偽装】で姿を偽っているんだとか。老いの演出はもちろん、世代交代したと見せかける場合もあるらしい。
彼があの魔法を使っている理由が、ようやく判明した。ちなみに、全身を【偽装】しているのは、その方が調整しやすいからだ。
前述した通り、正妻側――サウェード家はシオンの存在を疎んでいる。従って、フォラナーダに到着して早々、カーティスは彼女に接触してきたらしい。そんな報告は受けていないが、廊下ですれ違う際に手紙を渡されたという。
内容は想像に難くない。シオンの力不足を糾弾するものや情報収集に協力しろという命令、あとは罵詈雑言だった。
それに対し、シオンは震えるしかなかった。フォラナーダへ来る前のイジメやイビリを思い出し、彼女は強烈な恐怖を感じてしまったんだ。それこそ、布団に包まって現実逃避をしたくなるほどに。
ただ、彼女の立場上、それは許されない。必死に恐怖を押し殺し、その後も通常業務を続けた。幸い、仕事の最中は他のことを忘れられたようで、何の支障もなかったらしい。
シオンは肩を震わせながら、深く深く頭を下げる。ベンチに手を付け、土下座に迫る勢いで頭を垂れた。
「口頭での謝罪では不十分なのは理解しております。ですが、それでも謝らせてください。重要な内容を秘していたこと、誠に申しわけございませんでした」
「……」
オレは、黙って彼女の後頭部を見つめる。
『オレたちの関係は、オレやカロンの秘密を守る程度のものだろう』だなんて言えなかった。そういう空気ではなかったし、オレ自身も僅かにショックを受けていたから。
一分、二分、三分と、たっぷり思考に時間を費やした。その間、シオンは頭を下げたままだった。
五分を過ぎた辺りで、一つの質問をオレは投じる。
「昨日の一件は、どういう経緯で発生したんだ?」
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




