Chapter2-5 サウェードとクロミス(2)
「使用人をけしかけてシオンを連れ去ろうとするなんて、どういうおつもりですか?」
そう。この場に居合わせていた三人の使用人こそ、シオンとカーティスを引き合わせた張本人だった。彼女らがカーティスに篭絡されているのは報告されていたため、容易に推理できた。
三人の状況を報告する際、セワスチャンは自らの力不足を猛省し、謝罪の言葉を口にしていた。
まぁ、最末端の人材ゆえに、教育が行き届かなくても致し方ないと思う。大した情報も握らせていないし、セワスチャンの失態はその場で許した。
閑話休題。
逆に篭絡された状況を利用してやろうと考えていたんだが、まさかシオンを標的にするとは驚きだ。カーティスは彼女を味方だと認識しているはずなのに、どうして強硬手段に打って出たのだろうか。
こちら側に引き込んだことがバレた?
――いや、それはあり得ない。オレやカロンの情報を漏らさないよう、シオンとは契約しているが、それ以外は普通にスパイをして良いと伝えている。過去に、彼女が当たり障りのない情報を流している場面を目撃したことがある。ゆえに、裏切ったと認識されるはずがない。
ともすれば、スパイとは別の理由が存在する?
すぐに結論を下せる内容ではなかった。それに、今は原因について考察している場合ではない。問題の解決に注力しよう。
オレの発したセリフに対し、しばらく睨み返していたカーティスだったが、小さく息を吐いて脱力した。それから普段通りの、嘲りの混じった笑みを浮かべる。
「人聞きの悪いことを仰らないでいただけますか? 私は使用人をけしかけてはいませんし、そのメイドを連れ去ろうともしていません。先程もカロライン嬢に申し上げた通り、同意の元でしたよ。それとも、何か証拠でもございますか?」
オレは目を眇めた。
彼の言うように、確たる証拠はない。たぶらかされた使用人を吐かせることは可能だが、対外的に彼女らはフォラナーダ側の人間。口裏を合わせたと思われかねないため、証拠能力はなかった。現状は、状況証拠しか存在しないんだ。
カーティスを始末するのは簡単だ。先の理屈で言えば、この場には味方しかいない。口裏は合わせられる。
だが、理屈なんて、どうでも良いんだ。この伯爵領で彼が姿を消せば、真相はどうであれ、王宮は必ず文句をつけてくる。『危険な領であるというレッテルを貼り、それから身を守る名目でカロンを確保する』といった、マッチポンプ上等のデタラメ話をでっち上げる可能性もあった。いくらカロンの名声が高いとはいっても、国の正義である王宮が発表した内容を、そう簡単には覆せない。
オレ一人の手の回る範囲には限りがある。どれだけ強くなって上限を伸ばしていこうと、絶対に無限にはならない。そのために部下たちの力を借りるんだが、まだ王宮側に抗うには力不足だった。どれほど怒りを抱こうとも、今は雌伏の時なんだ。
とはいえ、シオンの連行を黙認するわけではない。
オレは溜息を一つ吐き、断言する。
「シオンは連れていかせない」
「同意は得られて――」
「関係ない。シオンは、オレの直属の部下だ」
言葉を募ろうとしたカーティスだったが、言い切る前に遮った。そして、彼を真っすぐ見つめる。
おそらく、これで伝わっただろう。上司のオレが拒絶するんだから、部外者のお前の意見なんて知ったこっちゃない、と。
あまりの暴論だけど、この世界は封建社会。貴族かつ雇い主であるオレの言葉が、何よりも優先される。カーティスも貴族ではあるが、所詮は部外者だ。他家の事情に口を挟む権限はない。
オレの思惑通り、カーティスは言外の意図を察したようだった。笑顔はそのままだが、先までまとっていた嘲りの雰囲気は消えている。相当不愉快なのか、読み取りづらいはずの感情まで透けていた。
数秒ほど無言で睨み合った後、彼は静かに返す。
「直属の上司に物申されては、引き下がるしかありませんね。承知いたしました、この場は大人しく踵を返しましょう」
そう言って、カーティスは食堂より去っていく。
彼の後ろ姿が見えなくなると、カロンとオルカが喜色を含んだ声を上げた。
「さすがお兄さま!」
「あいつをアッサリ撃退するなんて、ゼクス兄はやっぱりスゴイ!」
よっぽどカーティスに不満を溜め込んでいたのか、二人は小躍りしながら喜びを表現する。オレの周囲をクルクル回る姿は、本当に愛らしい。
ただ、状況は宜しくなかった。見下していたオレに言い負かされたカーティスがどう動くか、一応の警戒は必要だろう。彼の自制心を期待するのは間違っている。
程なくして、使用人たちが食堂へ駆けつけてきた。本来なら、もっと早くに到着していたんだけど、出動を遅らせるよう、あらかじめ【念話】で伝えていたんだ。あの中に巻き込まれてしまえば、怒髪天を衝いていたカロンたちの魔力に当てられていたからな。被害がさらに広がっていただろう。
使用人たちがボロボロの食堂の片づけを始めると、その惨状を作り出してしまったカロンとオルカも、彼らの手伝いに向かった。自分の後始末を、すべて人任せにしないのは偉い。
すると、今まで呆然としていたシオンが、ようやく再起動を果たした。
「申しわけ、ございません」
腕の中にいる彼女の第一声は謝罪だった。
顔色は悪いまま。腰が抜けているようで、起き上がる気配のないシオン。彼女は深呼吸をしてから言葉を紡ぐ。
「大変ご迷惑をおかけしました。申しわけございません、ゼクスさま。この不始末の罰は、如何様にも下してください」
目を伏せ、シオンは粛々と語る。
しかし、感情を見抜けるオレには、彼女の内心が筒抜けだった。悲嘆、懺悔、恐怖、逃避などが混在している。
一言で表すなら、シオンは絶望していた。それより逃れたい一心で、彼女は罰を求めていた。
……彼女の悪い癖が出ているな。
このまま普通に罰を与えても、事態は好転しないと思われる。むしろ、悪化する危険性を孕んでいる。であれば、オレはどう対処すれば良いだろうか。
見捨て、何もしない。それも一つの選択肢だった。元々彼女は敵陣営の人材であり、脅迫によって一時的な契約を結んでいるにすぎない。ここで足を引っ張るようなら、無駄な労力を割かずに切り捨てるのも正しい手段だ。
だが、オレはその札を選ばない。
確かに、シオンとの関係は一見するとドライなものだ。でも、共にすごした数年によって、それだけの仲ではないことも証明されている。
端的に言って、オレはシオンを気に入っているんだ。普段はクールぶっている癖にドジなところとか、紅茶の淹れ方が抜群に上手いところとか、誰よりも努力家で人知れず訓練を重ねているところとか、甘さゆえにオレたち兄妹へ人一倍の思い入れを寄せているところとか。
欠点は多いかもしれないが、シオンは魅力的な部分も多い女性だ。ここ数年の生活を経て、もはや家族と評しても過言ではない存在になっている。
だから、見捨てない。かつてカロンに言った『兄妹は支え合うもの』という言葉を嘘にしないためにも、オレは“家族”に手を差し伸べる。
「じゃあ、罰を言い渡そう」
「……はい」
オレの言葉に、シオンは『覚悟はできている』といった表情を浮かべる。
ところが、それは一瞬にして崩れ去った。
「明日、オレとデートをすること。それが今回の罰だ」
「へ?」
この時のシオンの顔を写真に残せなかったのは、割と後悔している。
次回の投稿は明日の12:00の予定です。




