Chapter2-3 魔法の教師(2)
時間がすぎるのは早い。二日という準備期間はあっという間に消費され、ついに宮廷魔法師との面談の日がやってきた。
伯爵は、すでに回収済みである。今朝、陽も上がらぬうちに【位相連結】を使って連れてきた。眠っている間に済ませたので、魔法のことはバレていない。
また、予想通り、馬車云々の嘘で誤魔化せた。無能の極みではあるが、こういう扱いやすいところは楽で良いと思う。
そして現在。オレは伯爵と二人きりで対面している。彼が久しぶりに息子と話したいと願ったためだ。宮廷魔法師との面談前に顔を合わせておきたかったので、こちらとしても願ったりの提案だった。
ちなみに、カロンとの対話も望んでいたけど、カロン本人が拒絶したゆえに、そちらは先送りとなっている。彼女は、実の両親に良い感情は抱いていないらしい。当然だとは思う。
今は伯爵の機嫌を損ねたくはないから、スケジュールが合わせられなかったと言いわけはしてある。二人の対話が実現するかは……今後の展開次第だろう。
場所は伯爵の私室。相変わらず趣味の悪い内装だ。ゴテゴテした装飾品が数多く輝き、彼の趣味の産物であろう代物――釣り竿やチェス盤、チェロに似た楽器などなど――が統一感なく並んでいる。
数年間も主が不在だったけど、清潔感は失われていない。使用人たちは掃除を欠かさず行ってくれていた模様。その仕事振りに称賛を送りたい。
さて、現実逃避をしていないで、いい加減に目前の伯爵へ目を向けよう。
この世の贅沢の限りを尽くしていそうな、恰幅の良い中年男性こそ我が父、ドラマガル・ヴァンセッド・サン・フォラナーダ伯爵だ。三十半ばにして海老色の髪はほぼ全滅しており、適温にも関わらず額には汗が滲んでいる。
この様子を見るに、保養地でも暴飲暴食の毎日なのだろう。同じ城で過ごしていた頃と、何ら生活態度が変化していないのは一目瞭然だった。
伯爵は、角砂糖を山のように入れた紅茶を一瞬で飲み干し、オレへ声をかけてくる。
「久しいな、我が息子よ。健やかに育っているようで何よりだよ」
一見、人が好さそうな笑顔を向けてくる伯爵。ふくよかな体型と相まって、温和な性格に思える。
だが、勘違いしてはいけない。彼は激怒することはないものの、“人が好い”なんてことは一切ないのだから。
瞳の奥を窺えば分かる。伯爵はオレと会話しつつも、オレに微塵も興味を抱いていない。彼が抱いているのは、『“息子の成長に感動している父親”を演じている自分は偉い』だ。
そう、ドラマガルという人物はナルシストである。自分と妻しか真に愛していない。その他へ向ける慈悲や愛情は、自分を良く見せるためのポーズにすぎず、自分を魅せるためなら伯爵領の利益なんて度外視で実行する。そういう、貴族にあるまじき人間だった。
まぁ、他者への興味が薄いゆえにオレは好きに動けたし、オレが伯爵領の実権を握っても気がついていないんだ。その点に文句はあまりない。
とはいえ、領主や父親として失格なのには変わりなく、『この人がもう少ししっかりしていれば、カロンの死の運命は存在しなかったのではないか』と考えなくもないが。
久々に顔を合わせたせいで、ふつふつと愚痴の数々が零れそうになる。それを必死に我慢して、オレは伯爵に言葉を返した。
「お久しぶりです、父上。お陰さまで、カロンともども無病息災に過ごしております」
「カロン……ああ、カロラインか。彼女と話せないのは残念だ。確か、光魔法を発現させたのだろう? ぜひとも、優秀な我が娘と談笑したかった」
「今や時の人ですから、カロンは。今回はスケジュールの都合がつきませんでした」
「うむ。教会の助力に出ているのだったな。それならば仕方あるまい」
娘の愛称くらい覚えておけやコラァと内心で思いながらも、笑顔の仮面をかぶって対応する。少し殺気が漏れてしまったが、鈍感な伯爵は気に留めていなかった。セーフ。
その後も神経を逆撫でする伯爵と雑談を交わし、三十分経過してようやく本題に移れた。
「父上。今回、わざわざお越しいただいた件なのですが」
「分かっている。魔法の先生との面会だろう? 何でも、宮廷魔法師の方にお越しいただけたとか」
「はい。カロンの名声が想像よりも高まった影響で、普通の教師は仕事を引き受けてくださらなかったのです。ほとほと困っていたところ、王宮側より打診がございました」
「そうか。我が娘の成長は喜ばしいが、そのような厄介ごとも舞い込んでいたか。王宮には感謝しなくてはな」
「……そうですね」
感謝なんてあり得ねーだろ! と思いつつも、一切表には出さない。
貴族の情勢にも興味がない伯爵は、王宮側の思惑を読もうともしていなかった。こんな体たらくで、よくも今までフォラナーダが潰れなかったなと感心する。
いや、部下たちが優秀だっただけなんだけどさ。本当に、彼らには感謝の念が堪えないよ。よく、オレが引き継ぐまで伯爵領を維持してくれた。
「面会といっても、相手の身分は保証されています。多少雑談をして終了という運びになると思われます」
本来なら人柄を見極めたりするんだが、今回は王宮側の推薦のため、その辺りの審査は必要ない。というより、やること自体が失礼だ。王宮の見る目を疑うわけだからな。こういう面倒なしがらみがなければ、遠慮なく叩き出しているのに。
オレより段取りを聞いた伯爵は、鷹揚に頷く。
「そうか、そうか。難しく考えなくて良いのは気が楽だ」
「……それは良かったです。面会時間は昼餉の後となる予定です。カロンもオルカも多忙の合間を縫って同席いたしますので、よろしくお願いいたします」
「カロラインも同席するのか。多少の時間は貰えないのだろうか?」
「難しいです。彼女は午後も教会での仕事がございますので」
「それは残念だ」
引きつりそうになる頬を抑え、必要事項を淡々と伝えていく。
というか、伯爵はどれだけカロンと話したいんだか。どうせ、名声を手に入れた彼女と仲良くしておきたいとか、そんな下らない理由だとは思うけど。
ちなみに、オルカの名前にまるで反応しないのも想定通りだった。ゲームとは異なり、オルカの養子縁組に伯爵は関与していないから、彼に興味は注がれないんだ。
「時間ですね。私も面会へ向けた準備がございますので、そろそろ失礼いたします」
「もう時間か。やや物足りない気もするが、宮廷魔法師殿に無礼があったら事だ。下がって良い」
「はい、失礼いたします」
オレは慇懃な態度で一礼し、伯爵の私室から外へ出る。
部屋の外にはシオンが待機しており、無言で廊下を歩くオレに続いた。
歩を進めることしばらく。オレは大きな溜息を吐く。
それを見たシオンは、労いの言葉をかけてくれた。
「お疲れさまでした、ゼクスさま」
「本当に疲れたよ。あの人と話すのは、いつも胃に負担がかかる」
何度、立場を忘れてツッコミを入れそうになったことか。トンチンカンすぎるんだよ、伯爵は。
再度溜息を吐きつつ、オレは対話中ずっと手にしていた紙束をシオンへ渡す。
「必要なくなったから、処分しておいてくれ」
「これは?」
「今日面会する宮廷魔法師のプロフィール」
「えっ」
オレの答えに、シオンは固まった。
よーく理解できるよ、その反応。オレも同じ心境だ。
面会で審査を行わないとはいえ、相手の身辺を調査しないわけではない。王宮側に悟られないよう気をつける必要はあったが、宮廷魔法師の略歴程度は調査できた。
今シオンに渡したのはコピーで、本当は伯爵へ手渡すはずだった代物。いくら彼でも、面会相手の情報を求めるだろうと考えたため、用意していたんだ。
ところが、結果はまったくのノータッチ。そんなバカなと驚いてしまったせいで、完全に譲渡する機会を逸してしまったわけである。
「あの人の無能っぷりは、オレの予想の遥か上をいってたよ。これは、面会でも気を引き締めないとな」
「……他の者にも、情報を共有しておきます」
「そうしてくれ。オレは、このまま自室に戻るよ」
苦笑で言うと、シオンは真顔で返した。その後、彼女は情報共有のために去っていく。
味方側に立つ伯爵が今回最大の懸念なので、連携を密にしなくてはならない。安易な口約束やウッカリ発言は回避したいんだ。
オレは歩くのを再開し、その道中で願う。宮廷魔法師との面会を、どうか無事に終わらせてくださいと。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




