Chapter2-2 勇者(8)
「人間、聞いているのか!」
マリナを眺めている間に、愚痴は終わったようだ。ノマの力強い声がかかる。
オレは彼女の方へ振り返りつつ、肩を竦める。
「オレの名前はゼクスだ。人間なんて味気ない呼び方はやめてくれ」
「フンッ。人間は人間だろう。ワタシは人間の作る料理は好きだが、人間自体は好かないのだよ。奴らは自然への敬意が足りん! ワタシたちの姿を見られないほど、魔力操作の技量も稚拙。魔力量も魔法を扱える最低限しか持ち合わせていない。まったくもって嘆かわしいッ」
ノマは不遜な態度で鼻を鳴らす。
彼女は人間を下に見る価値観みたいだが、それは精霊の基本観念なのかな?
その辺を尋ねると、「そのようなことも知らないのか!」と文句を垂れながらも、精霊共通の価値観だと教えてくれた。案外、面倒見の良い精霊なのかもしれない。
「精霊は、魔力関連を重視する傾向なのか。となると、獣人への認識は人間と同じくらいで、エルフは多少マシって感じ?」
「そうだ。ワタシたちは魔力の量、質、操作技術などを見て、相手が尊敬に値するかを判断する。エルフは多少見どころがあるが、他の種族は考慮にも値しない」
偉そうな態度を取っていても、やはり質問には答えてくれる。見下す相手にも対応してくれる真摯さは、ノマの真っすぐな心根を体現していた。初遭遇の精霊が彼女で良かったと思う。人間を見下すのが精霊の一般価値観なら、他者だと会話にすらならなかった確率があった。
しかし、精霊の価値観を聞けたのは僥倖だ。特に活かせる研究をしているわけではないけど、好奇心は満たせたし、今後の役に立つ可能性だってある。
魔力で体を構成しているがゆえに、その方面の価値が高いのかな。エルフの中には、精霊と契約を交わし、その力を行使する『精霊術師』が存在すると噂で耳にしたことがある。だが、ノマの言い方からするとエルフも下に見ているようだし、契約は契約でも護衛契約のような気がした。魔力を上げるから私を守って、的な。
そこまで考えて、ふと新たな好奇心が湧き出る。
はたして、そこまで豪語する精霊の魔力量や操作技術は、どれほどなのかと。
その二項目に関しては、オレにも多少の心得がある。というか、無属性という欠点を補うために、そこばかり鍛えたんだ。師匠との特訓以降、魔力量なんかは爆発的に増加しているし。
オレの力量を精霊がどう判断するか、かなり興味がそそられた。
「それなら、オレの技量を測ってくれないか? その辺は結構鍛えてるんだ」
気がつけば、そう口を衝いていた。減るものもないし、せっかくの機会に試してみたかったんだ。
すると、ノマは嘲笑気味に笑う。
「人間が何を言うかと思えば、自分を試せだと? 身の程を弁えたまえ」
「何か減るわけでもないし、別にいいだろう? それなりに自信はあるんだよ。少なくとも、エルフよりは上だって自負する」
操作技術は比べようがないけど、魔力量なら圧勝していると思う。何せ、裏ボスにお墨つきをもらったんだ。
三種いる人の中で、もっとも魔力関連に優れているのはエルフだ。人間を基準にすると二倍前後の差が存在する。現状のオレは平均的人間の千倍の魔力を保有するので、まず間違いなく人類最多魔力量を誇っていた。
あと、こっそりノマの魔力量を測ったところ、オレの方が五十倍ほど多い。人間に魔力量で負けていると知った時、彼女がどんな反応をするか楽しみだった。上手くいけば、今の言偉そうな態度を軟化させ、質問に答えてくれるようになるかもしれない。
「分かった、分かった。そこまで言うなら見てやろう」
オレの食い下がりを受け、ノマは測定を受諾してくれた。全面に『愚かな奴』みたいな表情を湛えているけど、精霊から見た人間の評価はそれほど低いのだと納得しておく。
「何か、オレがすることはあるか?」
「何もしなくていい。少し集中して見ればいいだけだ」
そう言ったノマは、眉間にシワを寄せてオレを凝視してきた。
ジィィィィィィと彼女の視線が突き刺さるのは居座りが悪いけど、オレから頼んだことなので我慢する。
どれくらい時間がかかるのだろうと疑問が浮かんだが、すぐに結果は現れた。――ノマの絶叫という結果が。
「ひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?」
「な、何ごと!?」
突然の悲鳴に、オレは体を跳ね、周囲を警戒する。彼女が敵襲を感じ取った可能性を考慮したんだ。
しかし、オレの警戒は無駄に終わった。ノマは敵襲を知らせるために声を上げたのではなく、オレに恐怖して悲鳴を上げたのだから。
その証拠に、彼女は土下座を敢行していた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
しかも、延々と謝罪を口にしている。表情は見えないが、あの様子だと青ざめているのではないだろうか。
「ち、ちょっと……」
「ひぃぃぃぃぃ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
声をかけようものなら、さらに怯えてしまう始末。まったく手に負えなかった。
まさか、魔力を見せただけで発狂するとは思わなんだ。まだ訊きたいことは山ほどあったというのに、これでは会話さえ成立しない。
好奇心は猫をも殺す――とは些か状況は異なるが、もっと別のことを優先するべきだった。反省しよう。
とはいえ、この怯え切った精霊をどうしたものか。マリナを村に帰す都合、ここに長居はできない。かといって、醜態を晒すノマを放置するのも後味が悪い。
「仕方ない」
オレはノマを【位相隠し】へ放り込む。こうすれば、落ち着くまで安全なところで放置できる。そのうち顔を合わせ直さなくてはいけないが……まぁ、未来のオレに期待しよう。
疲労を湛えた溜息を吐きながら、オレはマリナを抱えて山を下りるのだった。
その後の展開は、おおむね望んだ通りに進んだ。
まず、マリナを含む子どもたち三人は、無事に村人たちの元へ帰れた。引き渡しはシオンに任せてしまったけど、上手く誤魔化せた様子。面倒が発生しても、冒険者シスに押しつけられるので、さほど問題はなかった。
重傷を負った狩人たちも一命を取り留めた。カロンの手腕は見事なもので、一瞬でケガを完治。翌日には普通に生活を送れるほど回復していた。そのお陰で、彼女の名声はさらに高まった。良い傾向である。
ただ、ユーダイとカロンが接点を持ってしまったのは、失敗だったかもしれない。直接相対したわけではないんだけど、村人たちよりお礼を言われるカロンを、ユーダイが遠巻きに眺めていたんだ。
その時の彼の瞳に宿っていた感情は、微かな恋心だった。どうにも、カロンに一目惚れしてしまったらしい。気持ちは分かる。だが、お兄ちゃんは許しません! 絶対に、あいつには嫁に出さんぞッ。
ちなみに、ユーダイや狩人たちを襲った山の魔獣に関しては、やはり異常事態だったようだ。部隊を派遣すると村長には約束しておき、翌日にはオレが狩り尽くした。
最後に、回収した精霊ノマについて。発狂こそ収まったものの、未だ【位相隠し】より出てきてくれない。
というのも、オレを完全に怖がってしまっているんだ。オレの魔力量は、彼女の予想を遥かに上回る化け物レベルだったみたいで、トラウマになってしまった模様。震える声で「貴方さまが怖い」とだけ話してくれた。貴方さまって……。
時間を置けば慣れるとのことなので、しばらくは放っておくことにした。【位相隠し】内は魔力が豊富で、精霊にとっては食糧庫と変わらないらしいし、いつの間にか死んでいたなんて事態は起こらないと思う。
まだまだ問題は山積しているけど、当初の目標は達成できた。今後は部下にユーダイを監視させつつ、適宜対処していきたい。できるなら、このまま二度と関わりたくないが……無理くさいんだよなぁ。
とりあえず、何が降りかかってきてもカロンたちを守れるよう、今日も鍛錬頑張りますかッ!
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




