Chapter2-2 勇者(6)
マリナが落下した場所は、大きな洞窟の傍だった。地層のズレによって生じたもののようで、大地がせり上がった風な形状をしている。
マリナはすぐに見つかった。洞窟の出入口の前、石切り場にも似た岩の上に、仰向けで眠っていた。
その様子を見て、オレは眉根を寄せる。
彼女の状態は不自然だった。あんな固い場所に落下しておいて、ケガの一つも負っていないなんてあり得ない。周囲の木々が緩衝材になったとも考えたが、岩の直上は、ちょうど開けた空間になっていた。
とっさに魔法で対処した? いいや、ただの平民であるマリナが、魔法を扱えるはずがない。加えて、ゲームでの彼女は魔法の才能に乏しい設定だった。仮に魔法を使えたとしても、四百メートルにおよぶ落下を対処するなんて不可能だろう。
では、どうやって無傷で乗り切ったのか。
……答えは出ない。しかし、何らかの要因が、この辺に存在するのは確かだった。先より感じている妙な感覚こそ、その証左だと思う。
探知術に合わせて【先読み】も発動し、いざという時に備える。現時点では敵意は察知できないけど、オレがマリナへ接近した場合も維持されるとは限らない。
小さく息を呑み、満を持してマリナの元へと歩を進める。
そんな憂慮とは裏腹に、何の障害もなく、オレは彼女の傍に辿り着いた。若干、拍子抜けである。
「ん?」
僅かな魔力の騒つきを感知する。見れば、オレの魔力がマリナに流れていた。
ごくごく少量、それこそ一パーセントにも満たない量だったが、【魔力譲渡】もせずに流出しているのは事実。普通は起きない現象だ。
オレはマリナの状態を精査する。魔力を彼女に向けて放射し、いわゆるMRIのマネごとを行った。光魔法の【診察】までとはいかないけど、これなら余さず確認できるはず。
結果として、外傷はまったくなかった。ただ、魔力が限界まで枯渇しており、はては生命力も僅かに削っている傾向が見られた。現在も続く魔力流出現象は、極度の魔力枯渇のせいで発生していると推測できる。
やはり、魔法を使ったのか?
無傷の理由を再考するも、即座に棄却する。
今の精査で、よりいっそう魔法行使の線は否定された。何せ、マリナの魔力上限はとても低い。落下の衝撃を抑制できるほどの魔法は放てないんだ。たとえ、魔力どころか生命力のすべてを使い果たしても。
無傷であることと魔力枯渇が結びつかない。マリナの状態は謎しか残っていなかった。
とはいえ、しかと判明していることもある。それは、現状がゲーム通りの展開であるということ。
ゲームでのマリナは、このイベント後の一週間を昏睡して過ごす。然もありなん。睡眠が一番の魔力回復手段なんだもの、眠り続けるのも当然だった。
「さて、彼女を連れて帰るとしますか」
真相は解明できていないが、どうしても知りたいわけではない。ゲームでも謎のままだったけど、マリナはもちろん周囲に悪影響はなかった。カロンたちに被害がないのなら、放置でも構わない。
思考を切り替え、マリナを抱えようと腕を伸ばす。
ところが、オレが彼女に触れることは叶わなかった。
何故なら――
「うおっ」
突如として、オレとマリナの間に、石の壁が迫り出してきたんだ。
とっさにバックステップを踏み、石壁より距離を取る。それから、周囲の警戒を始めた。
今のは中級土魔法の【ストーンウォール】に似ている――が、何か微妙に異なる気配を感じた。警戒を怠れないため、しっかり石壁を観察できたわけではないが、直感的に別物だと分かる。
未知の魔法を扱う何者かが近くにいる。そして、その者はマリナを守護していると考えるべきか。おそらく、彼女の落下の衝撃を防いだのも、その“誰か”だろう。
マリナの魔力枯渇の謎や、どうして彼女を守るのかは判然としないが、おおよその的は射ていると思われる。
あちらより敵対行動を取られたわけだけど、こちらからも同様に返すのは悪手か。オレ自身はマリナの救出を目的としているが、攻撃を仕掛けてきた“誰か”はそれを知らない。謎の成人男性が少女に近づいた、という情景を思えば、事案だと勘違いするのも納得である。
すかさず、【ストーンボール】に類似した石礫が十数も飛来してきたので、横に飛び回避した。その後も、オレを狙って何度も石礫が発射されてくる。
正体は分からないが、相当土魔法の技量が高い。一度に二桁の【ストーンボール】――正確には別物だが――を撃てているし、コントロールも達者だ。何より、自身の居場所を悟られぬよう、隠れている場所とは別のところより魔法を発射している。そのような芸当、宮廷魔法師レベルにならないと出来ない。
宮廷魔法師と同等の使い手が、一介の村娘を守る? ますます謎が増える一方だった。
石礫の弾幕は途切れる様子もないため、オレは回避に徹しながら魔力を探る。いくら発射地点を偽装しても、術者より発せられる魔力は偽れない。
すぐに術者の居場所は特定できた。マリナの奥、洞窟の内部に潜伏している模様。
しかし、何か妙だ。さっきから妙なことばっかりだが、これは輪をかけて酷い。
魔力は全身を巡っているので、対象の姿形を大雑把に把握できるんだが、謎の魔法師はとても小柄だったんだ。いや、小柄どころの話ではない。手のひらサイズ、十センチメートルくらいの身長しかなかった。
「悩んでる場合じゃないか」
現状のまま、回答を導き出せるわけない。悩んでいれば、相手が攻撃を止めてくれるわけでもない。であれば、くよくよせず突撃してしまおう。
オレは意を決して、洞窟内部へと跳んだ。【身体強化】の恩恵によって、相手が魔法を放つよりも早く駆け抜ける。
肝心の魔法師は、洞窟に入ってすぐの岩陰に潜んでいた。
「なっ!?」
魔法師の正体を目撃したオレは絶句する。
彼女は探知情報の通り、十センチメートル程度の小人だった。茶色のショートヘアにクリクリした茶色の瞳、サイズ的に幼女然としていたけど、その顔立ちは大層整っている。ボーイッシュな様相の美少女だ。
ただ、ここまでの情報に驚いたわけではない。小人であることは事前に知っていたし、容姿うんぬんも絶句するほどの要素ではなかった。
では、何に驚愕したのか。それは、この美少女が実体を持たぬ魔力体だったからだ。
魔力体とは読んで字の如く、魔力で体を構成している事物を指す。通常、ゴースト化した魔獣に向ける呼称なんだが、目前の少女は明らかにゴーストではない。確かな生命力を感じる。
オレには一つ心当たりがあった。珍しいことにゲーム知識ではなく、この世界に転生してから得た知識の中に、該当する存在があった。
「精霊、か?」
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




