Chapter2-2 勇者(2)
フォラナーダ領の辺境にある村。傍に大きな山がそびえる以外、特に見どころのない閑散とした場所に、リバーシを考案した少年が住んでいるらしい。
そう、少年だ。商人の調べ上げた情報によると、地元商店にアイディアを持ち寄ったのは、オレと同い年の子どもだという。
その少年についてフォラナーダでも調べ、以下のことが判明した。
名前はユーダイ・ブレイガッダ・クルミラ。狩人の両親を持つが、共に故人。今は村長宅にて世話になっている。顔こそ平凡なものの、明るい上に正義感が強い性格のため、友人は多い。そして、黒髪黒目という容姿を備えている。
前世の日本では平凡だった黒髪黒目は、この世界において破格の見た目である。というのも、五属性以上の魔法に適正を備えている証左なんだ。
そんな人間、めったに現れるわけがない。確率としては、無属性の人数と良い勝負をしているか。評価は天と地ほど違うけども。
ゆえに、黒髪や黒目の子どもは、領主の援助を受けられるケースが大半だ。養子にしたり、助成金を支給したり。フォラナーダだと後者を採用していた模様。
どうして、オレが知らなかったかといえば、過去の腐敗の影響だった。金銭の支給はされていたというのに、肝心の少年の書類が紛失していたんだよ。どういう手続きをすれば、こんな事態に陥るのか謎すぎる。
話を戻そう。
何故、オレがユーダイ少年の情報を集めたのか。それは、彼に転生者疑惑があるから――ではない。
リバーシ考案より転生者だと目星をつけたのは間違いないが、それだけがオレの注目した点ではなかった。
黒髪黒目という容姿にユーダイという名、リバーシを少年期に考案する流れ。これらの要素は、まさしく『東西の勇聖記』に登場する主人公と同一だった。
主人公といっても聖女ではない、勇者の方である。
実のところ、勇聖記は二大主人公のゲームなんだ。ゲーム開始時に選ぶ性別によって、主人公が変わる仕様だった。
ほとんど話は交差しないため、プレイヤーによっては『片方のシナリオを全然知らない』なんて状況もあり得たんだけど、オレはどちらも既知だった。
というより、元は勇者サイドのシナリオをやりたくて始めたんだよ。でなければ、女性視点の恋愛ゲームをやろうとは思わない。少なくとも、オレがやった乙女ゲーム要素のあるものは勇聖記のみだ。
正直、勇者側のシナリオが、この現実に絡んでくるかは未知数だった。勇者が存在するかさえ疑っていたほどだ。
理由は前述した通り、ゲームにおいて関連性がほとんどなかったから。聖女版だと学園長は老齢の男性なのに勇者版だとロリ婆になっているとか、聖女の親友枠が勇者のヒロイン枠だとか、片方で死んでいたキャラが生存していただとか。
まぁ、可能性がゼロでもなかったので、いくつか布石は打っていた。諜報に任せていた探し物もその一環。
とはいえ、さすがに今回は驚いた。まさか、勇者がフォラナーダ出身だったとは夢にも思わなかったよ。ゲームだと田舎町出身としか言わないからな。
それで、勇者と対面してオレが何をしたいのかというと、見極めたいんだ。
ここは現実である以上、ゲームと同じように、まったくの無関係とはいかないかもしれない。だから、現実の彼の為人を、事前に知っておきたかった。
土壇場で対処に慌てるのは、内乱の時に懲りた。もう二度と、何かの可能性を切り捨てるのは止めたんだ。
というわけで、表向きは査察と称して、オレは勇者の住む村を訪れた。同行者は騎士十人とシオンである。小さな村に大人数は連れて来られないので、最低限の人数だ。
カロンは最後までゴネにゴネたけど、何とか説得に成功した。帰ったらウンと構う必要はあるが、オレにとっても歓迎したい展開なので問題なし。
情報通りの村だった。良く言えば長閑、悪く言えば殺風景。標高八百はありそうな一つの山だけが見応えある。
騎士たちが珍しいんだろう。村人たちからの視線がずっと集中していた。
少し居座りの悪さを覚えつつ、オレたちは村長宅へ到着する。前触れは送っていたので、すぐに応接間へ通された。
人の好さそうな笑みを浮かべた初老の男こそ、この村の村長らしい。オレの許可を得て対面に座った彼は、揉み手をしながら挨拶の口上を述べる。
「ゼクス・レヴィト・ユ・サン・フォラナーダさま。我が村へ、ようこそお出でくださいました。本日はお日柄も良く――」
長々と言葉をつづる村長。
表面上は友好的な様相の彼だが、貴族として教育を受けてきたオレの瞳には、まったく別物に映っていた。
村長は権威主義の人間だ。目上に対しては阿り、へりくだり、追従する。自分より下の者には強気に出る。そういう類の人種だろう。言の葉の節々から、彼の欲望の片鱗が感じられた。
ゲームでは、素晴らしい育ての親だったとか語られていたんだけど、所詮は勇者視点ってことか。彼は黒髪黒目で将来有望そうだし、猫をかぶっていたに違いない。
益体もないことを考えて、村長のセリフを聞き流す。どうせ、阿諛追従のおべっかだ。記憶に残すまでもない。
いくらか話が進んだ段階で、オレは口を開く。
「ところで、この村の者がリバーシなる盤上遊戯を考案したと聞いた。何でも、私と同い年だとか」
あたかも道中で耳に挟みましたよ、といった雰囲気を出して尋ねる。こういう権威に流される輩には、正しい情報を与えない方が良い。
村長は「嗚呼」と柏手を打った。
「ユーダイのことですね! 我が家で預かっている子です。彼は頭がいい子でして、物書きや計算は独りでに覚えてしまいました。リバーシ以外にも、いろんな新しい発明をするのですよ」
自慢の息子だと言わんばかりの態度で語る。目は金銭欲に淀んでいたけど。
分かりやすい村長に呆れつつ、オレは続ける。
「そのユーダイとやらと話はできるか?」
「あなたさまがお望みになるのでしたら、すぐにでも連れて参ります」
「……いや、無理には誘うな。あくまで、彼が了承した場合のみでいい。頼めるか?」
「はぁ、そう仰いますのでしたら。今すぐお呼びしますか?」
「ああ」
強引に連れてくるなという発言に、村長は訝しげな表情を浮かべた。
無理もないか。貴族が平民の心情を慮るなんて、普通はしない。
でも、これで良い。ゲームでの勇者の性格を考慮すれば、ここで無理やり連れて来させると、彼との関係は悪化する。
できるなら直接会話したいが、最低でも、普段の生活の様子を覗ければ問題ない。
勇者を呼びに退室した村長が、しばらくして戻ってくる。後続はなく、彼一人だった。
村長は、心底申しわけなさそうな様子で頭を下げる。
「申しわけございません。ユーダイは、お貴族さまとお会いできるような礼儀作法を備えていないと申しまして……」
「構わない。無理を言ったのはこちらだ。今日は疲れたし、そろそろ部屋で休ませてもらうよ」
「かしこまりました。お部屋にご案内いたします」
勇者の返答はある程度予想できていたので、軽く手を振って許しを出す。まったく気にしていないと表現しなくては、あとで勇者が叱責されてしまうからな。オレへのネガティブなイメージを持たれる可能性は、できる限り排除しておきたい。
オレは応接室を出た後、シオンを伴って客間に入る。
「いかがでしたか?」
「まぁ、予想通りだな。嬉しくないが」
シオンの問いに、オレは渋い顔で返す。
ここまでの流れは想定した通りだった。
というのも、ゲームでの勇者の性格は公明正大な熱血漢。転生者とあって、現代日本の価値観で動く男だ。身分制度に忌避感を覚えており、ゲーム内でも横暴な貴族と度々対立していた。
つまり、貴族が会って話をしたいと聞けば、『無理難題を押しつけられるに違いない』と勝手に解釈してしまい、対面を拒絶するわけだ。
頭が固いというか何というか……。思った通りの反応すぎて呆れてしまうよ。
正直言うと、オレは勇者が嫌いだった。自分の価値観を、考えを、正義だと疑わない彼の精神性が苦手だった。ヒロインが魅力的だったからゲームは最後までクリアしたけど、それがなかったら途中で投げ出していたと思う。
「一応、これから直接見てくる。まだ、オレの感じた通りの奴だとは限らないし」
僅かな希望――なんて微塵もないけど、念のため、勇者の様子を直に確認しよう。【偽装】で村人に扮するか、【位相隠し】で隠密すれば、現時点での彼にはバレないだろう。
オレの発言を聞き、シオンは丁寧に腰を折った。
「承知いたしました。では、何名か騎士の者を……」
「いらないよ」
護衛を用意しようとした彼女を遮る。
「向こうにバレたくないんだ。一人で出る」
「しかし、危険です」
「今のオレに勝てる奴は、この近郊にはいない。安心してくれ」
部下として忠言するシオンだったが、譲れなかった。
勇者は嫌いだが、敵対はしたくない。性格はアレでも、将来的には強い影響力を持つんだ。敵対したせいで、カロンが死ぬ運命を覆せなくなったら、目も当てられない。
それに、オレに勝てる賊がいないというのは、慢心ではない事実だった。
アカツキとの訓練によって、オレのレベルは92まで跳ね上がっている。もはや、ラスボスとも単独で戦える強さだ。この田舎町に、そんな強敵は存在しない。
「……承知いたしました。ですが、何かございましたら、必ずご連絡ください」
「分かってるよ」
オレの翻意が望めないことを理解したようで、シオンは諦めてくれた。
悪いと思いつつも、オレは外出の準備を始める。
さてはて、現実の勇者はどういう人間なのかな。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




