Chapter1-5 内乱(6)
オレ、カロン、オルカの前に、一人の騎士が跪いている。三十中頃の大柄な男で、無精ヒゲを生やした粗野な風貌。態度こそ敬意を表したものだが、浮かぶ表情はどこか飄々としていた。
「騎士団長自ら、偵察を務めたのか」
オレは呆れた声を上げる。
そう。目前の男は、フォラナーダ騎士団の長を担う者だった。名をブラゼルダと言う。
貴族お抱えの騎士団長としては若輩の部類だけど、それには理由があった。
というのも、オレがフォラナーダの実権を掌握する際に、騎士団は一度解体したんだ。無能な父のせいで、かなり腐敗が進んでいたからな。
それで、コネで入団していた者の大半が汚職しており、しかも騎士団上層部ばかりだったので、結果として若輩のブラゼルダにお鉢が回ってきたわけである。
ブラゼルダは平民出身で、性格も見た目通りの大雑把な男だが、実力はピカイチだった。魔法は苦手なものの、剣の腕はすさまじい。レベルも45と結構高い。
オレの言葉を聞き、ブラゼルダは頭を下げたまま答える。
「俺が、今回の面子で一番偵察が得意だったもんでね」
「ブラゼルダさまッ!」
許可なく発言した上に、領主の息子に対する言葉遣いではなかったため、シオンが叱責しようとする。
だが、オレはそれを制止した。
「いいよ、シオン」
「しかし……」
「いいんだよ、彼は」
「……承知いたしました」
なおも食い下がろうとする彼女だったが、オレが繰り返し言うと、渋々引き下がった。
気持ちは分かる。貴族は、なめられたら終わり。部下からタメ口を使われるなんて、許してはいけない所業だろう。
でも、ブラゼルダに関しては許容する。彼ほど強い人材は、なかなか引き入れられないんだ。
フォラナーダの戦力は、正直言って弱い。今回同行させた精鋭は、ブラゼルダを除いてもレベル37から40程度はあるけど、それ以外は全員レベル25前後しかない。
聖王国は学園という制度を用い、優秀な人材を集めている。つまるところ、地方の貴族には質の良い人材が回りづらいんだ。自領を強くするには、各自で育成するしかなかった。
だから、騎士団の腐敗は手痛かった。以前の上層部が怠けていたせいで、後進が育っていなかったんだ。
現状のフォラナーダには、ブラゼルダのような強者が必要だった。自衛もそうだが、後進育成にも力を注ぎたい。
そのため、多少の無礼は許す。ブラゼルダ自身、言葉遣いが荒いだけで、根は真面目な人柄というのも大きいな。悪意もないし。
「それで、どうだった?」
ひと悶着挟みつつも、オレは偵察の結果を問うた。
ブラゼルダは小気味良く返す。
「劣勢だな。領城に生存者を集めて籠城してるが、まったく反撃できてないし、突破されるのも時間の問題だろうぜ。俺たちが助けに入ったところで、もう男爵領の維持は難しいんじゃねーかな」
「そうか。なら、生存者の救援を優先すべきか」
「それがいいと思うぜ。負け戦は確定してる」
「では、騎士団の者たちには、生存者らの避難を優先するよう命じておいてくれ」
「了解した」
迅速に行動したつもりだったが、それでもギリギリだったらしい。敵の侵攻が早すぎた。
この後の行動方針を決めた後、もっとも重要なことを尋ねる。
「ビャクダイ男爵は生き残ってそうか?」
旗頭である男爵の生死は、この戦の行く末を決めるのに大事な要素だ。
すると、ブラゼルダは眉根を深く寄せた。
「……分かんねぇ。そこまで調べるのは無理だった。だけど、他の家族はともかく、男爵自身は難しいかもしんねぇな」
「何故?」
「男爵陣営の士気が、おそろしく低かった。ありゃあ、助かる見込みが低いからって言うより――」
「リーダーが死んだことによるもの、か」
「嗚呼」
「そんな、お父さまが……」
男爵が死んだ可能性が高い。オレたちの結論を傍で聞いていたオルカは、目に涙を溜め、絶望した表情を見せる。
彼の心情を思うと助けたかったが……そうか、間に合わなかったか。
オレは眉間を指で揉み解しながら、まだ残っている希望について問う。
「しかし、男爵一家が全滅したわけではないんだろう?」
ブラゼルダは大きく頷く。
「それはねぇと思うぜ。士気は低かったが、諦めた感じゃなかった。指示も的確だったし、他のリーダーがいるのは間違いねぇ」
「となると、長男が引き継いでるのかもしれないな」
ビャクダイ男爵には三人の子どもがいる。三男は、知っての通りオルカ。彼の他に、二十歳になる長男と十六歳の次男がいるんだ。
次男は学園に通っているから、次期男爵の長男が指揮権を引き継いでいる確率は高かった。
「カイセル兄ならあり得るよ! 兄弟で一番頭がいいんだ」
長男の存在を思い出したオルカは我に返る。
彼による長男の評価は良好のようだった。頭脳方面に秀でているのであれば、籠城もそれなりに保てると思われる。
オレはビャクダイ家側のデータを修正しつつ、ブラゼルダとの話を続ける。
「敵勢力は?」
「歩兵三十、騎士二十、専業魔法師が五ってところだ。この辺はオレたち騎士団やゼクス坊ちゃんなら問題ねぇ。だが、敵の大将がやべぇんだよ」
「誰だった?」
「フェイベルン。ヴェッセル・アイルール・ガ・サン・フェイベルンだ」
「……マジか」
ブラゼルダが語った情報に、オレは思わず素の声が漏れる。
フェイベルンの名は有名だった。一神派に属する武門の伯爵家で、彼らは鬼のような強さを誇る一族だ。聖王国最強の称号『剣聖』も、現在はフェイベルン家の人間が保有している。
ゲームでも、フェイベルンは何度も敵として登場した。ほとんどがレベル45超えで、中盤のボスから終盤の中ボスを務める。
しかも、基本的に戦闘狂なせいで、死ぬまで攻撃を止めないのが厄介なんだよなぁ。最後の方は雑魚敵としても出てくるんだけど、複数人を相手にする時が一番面倒くさかった。
そして、肝心のヴェッセルも知っていた。ゲームにおいて、学園三年目の序盤に登場するボス級キャラだ。フェイベルンの分家の当主で、レベルは53だったか。練度の高い剣術を中心に、火と風の魔法で攻めてくるパワーアタッカー。
ゲームの登場時より時間軸は前なので、レベルは多少低いとは思うけど、厄介な敵なのには変わりなかった。
できれば戦いたくない。だって、風魔法で増強した火魔法を剣にまとわせて、自滅覚悟で攻撃してくるんだぞ? しかも、いくらダメージを与えても怯まないから、否応なく接近戦を強制される。恐怖以外の何ものでもなかった。
ゲームは画面越しだったけど、今は現実。直接相対さなくてはいけない。勘弁してほしい。
しかし、戦わない選択肢はないだろう。敵軍の大将なら潰さなくてはいけないし、実力的にもオレが適任だ。
経験豊富なブラゼルダも良い線行くと思うけど、経験に関しては相手も同じ土壌。ここは、相手からしたら未知の魔法を扱うオレの方が勝算は高い。
まぁ、最悪の場合は生存者を連れて逃げれば良いんだ。気楽に行こう。
オレは溜息を吐きつつ、ブラゼルダに言う。
「敵将のフェイベルンはオレが相手をするよ」
「本気か?」
ブラゼルダは驚いた表情で問い返してきた。
彼とは何度か手合わせをしているため、オレの実力を知っている。相手の方が強いのを理解しているんだろう。
とはいっても、他に手段はない。
「オレが、もっとも勝てる見込みがある。それとも、騎士団長が火あぶりにされるかい?」
「冗談じゃねぇ。分かった分かった。敵将は任せるわ」
オレが意地悪げに笑むと、ブラゼルダは肩を竦めた。
彼もそれなりの場数は踏んでいる。状況次第で、ちゃんと退路を用意してくれるはずだ。
オレは一つ息を吐き、声を上げた。
「この場で作戦を伝える。まず、騎士三名はオレと共に敵兵の攪乱を行う。基本的にオレの魔法で一掃するから、騎士たちは取りこぼしを任せる」
敵将以外はオレでも対処できると、ブラゼルダは語っていた。となると、【威圧】の効果がある公算が高い。オレ一人で仕留められるだろう。騎士三人を連れ添うのは、万が一に備えた保険だった。
「オレたちが場を乱している間に、騎士の残りとカロン、オルカ、シオンは男爵の領城へ忍び込んでくれ。生存者の手当てや避難の誘導を任せたい。戦闘は極力避け、生存者との撤退を最優先にすることを留意しろ」
「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
皆が異口同音に返事するのを認め、オレは大きく頷いた。
「注意点として、敵将はヴェッセル・アイルール・ガ・サン・フェイベルン。かのフェイベルンの一族だ。遭遇した場合は、全力で逃げるように。アレの相手はオレが率先して受ける。他に質問はないか? ………………よろしい。決行は三十分後、解散!」
全員が沈黙で肯定し、作戦が決定される。
いよいよ、本格的な内乱への介入が始まった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




