Chapter1-5 内乱(2)
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内乱の知らせを聞いた夜。自室のベッドに寝転び、オレは懊悩していた。
ビャクダイ家への決断は、あれで良かったんだろうか。もっと最適な答えがあったんではないか。そういった思考がループする。
無論、フォラナーダの利益や合理性、将来のカロンのことを考えれば、手を出さないのが正しいに決まっている。オルカも覚悟を決めていたと納得しているんだから、これ以上の異論を挟む余地はないはずだった。
それでも悩んでしまうのは、オルカの力のない笑みが、脳裏に過ってしまうためだ。
あの顔を思い出す度に、胸の奥に強い引っかかりを覚えてしまう。どうしても、すんなりと次へ踏み出す気力が起きなかった。
とはいえ、彼の憂いを払拭するには、フォラナーダ家が内乱に直接介入する他ない。
用意周到に内乱の準備を進めてきたフワンソール伯爵陣営を出し抜くのは、とてもではないが、なし得ないことだった。よって、いくら隠蔽しようとも、こちらの介入はいずれ発覚する。そうなれば、いくつもの不利益を被ってしまう。
いくら考えても堂々巡りだった。あちらを立てれば、こちらが立たない。当然のことだけど、実際にその状況へ陥ると遣る瀬ないものだ。
結論の出ない考察を続ける中、大きく息を吐く。
「何を悩んでるんだ。ずっと前から分かってたことじゃないか」
そう。今回の内乱はゲーム通りの流れ。つまり、前もって知っていたことだ。
この世界がゲームと類似していると判明してから、内乱にはノータッチで通すと決めていた。それを今さら、『想定よりも彼との仲を深めすぎて罪悪感を覚えるから』と翻すのは虫が良すぎる。
最初から、内乱に介入するつもりで動けば良かったって?
――考えたことはある。今のフォラナーダなら、多少の難事は払いのけられるだろう。一神派の妨害を受けても、ある程度は捌ける自信もある。
でも、万が一の可能性だって存在した。その万が一のせいでカロンが害されるかもしれないなんて想像してしまうと、どうしても要らぬ危険へ首を突っ込む気力は湧かなかった。
目の前で最愛を取り溢す後悔だけは、二度と味わいたくないんだよ……。
そうだ、頭では決断できている。オレに救える命は限りあると理解できている。
だが、感情が上手く制御できなかった。精神的には良い大人だっていうのに、この体たらく。自分の情けなさが嫌になってくる。物語の万能主人公なら、こんなにもウジウジしないというのに。
コンコン。
眠れずにベッドを転げ回っていたところ、部屋のドアがノックされた。
オレは動きを止め、扉の方を注視する。
しかし、一向にノック以外の変化は起きなかった。
おかしい。夜番のメイドであるなら、ノックの後に声をかけてくるはずだ。
侵入者の可能性が頭をかすめる――が、それこそあり得ないだろう。不届き者ならば、わざわざ自分の存在を知らせないし、囮だとしても、その後の動きがないのは不自然すぎる。
よって、侵入者の線は消えた。メイドもないとなれば、残された選択肢は限られている。
「カロン、どうかしたのか?」
夜遅くにオレの部屋を訪ねてくる人物は、カロンとオルカくらいのもの。残るは二択だったが、そこは勘で導き出した。
はたして、オレの直感は正しかったのか。
「「…………」」
無音が続く。誰も口を開くことなく、静寂のみが流れる。
だが、その帳は、そう長くなかった。
「……お兄さま、入っても宜しいでしょうか?」
ためらいを含んだ、カロンの声が聞こえてきた。どうやら、勘は当たっていたらしい。
オレはベッドより起き上がり、自らの手で扉を開ける。
すると、目の前には寝間着姿のカロンが、うつむき気味に立っていた。すぐ傍には夜番のメイドがおり、こちらに黙礼してくる。
「とりあえず、中に入ってくれ」
「はい」
カロンを促し、部屋に入れる。
これが年頃の男女ならメイドに止められただろうけど、オレたちは七歳の子ども。雰囲気が暗かったこともあり、特に注意は受けなかった。
カロンへ椅子に座るよう勧めてから、オレも対面の席に着く。それから、もう一度問うた。
「どうかしたのか?」
「……」
対し、彼女はうつむいたまま無言。入室時と同様の躊躇が、彼女からは感じられた。
非常に珍しいことだった。いつものカロンなら、オレの問いかけには即座に応じている。このように躊躇う場面なんて、記憶にある限りだと存在しなかった。
だが、ずっと沈黙しているわけにはいかないと、カロンも自覚しているみたいだった。彼女は幾度か呼吸を繰り返すと、おもむろに言葉を発し始めた。
「……オルカの実家、ビャクダイ男爵家の件でお話があります」
「だろうね」
彼女がためらう直近の話題といえば、かの内乱のこと以外はあり得ないだろう。
オレは適度に相槌を打ちつつ、カロンの言葉に耳を傾けた。
「此度の内乱に、援軍を送ることは叶いませんか? お兄さまの決定に否を申し上げるのは大変心苦しいのですが、どうしても今回ばかりは納得し切れないのです」
そう語るカロンは、肩を震わせていた。よく見れば、膝の上に置いた両こぶしを、強く握り締めてもいる。
「私は悔しいのです。オルカにあのような表情をさせてしまうことが。つらくて、悲しくて、苦しくて仕方がないと心で嘆いているのに、それらを無理やり抑え込んで笑んでいる彼が見てはいられないのです」
沈痛な面持ちで心情を吐露するカロン。
気持ちは理解できるし、共感もできる。オレだって、叶うことならオルカの悩みを払拭してあげたい。先程まで、そのことで悩んでもいた。
しかし、貴族社会はそう甘くはないんだ。
「ここで感情に任せた行動をすれば、フォラナーダ家の味方は僅かしか残らないだろう。隣領でさえ怪しい。オルカの実家へ戦を吹っかけた貴族の派閥は、それほど強大なんだよ」
しかも、諜報員よりもたらされた情報によると、フワンソール伯爵側の根回しは完璧。この内乱がどう決着しようとも、かの陣営は一切のお咎めを受けない。だからこそ、堂々と内乱は起こしたんだと今さら思う。
もはや、ガルバウダ伯爵の陣営は詰んでいた。奇跡的に生き延びたとしても、何かしらの罪状の用意があるらしいし、いくら足掻いても無駄なんだ。
そのような無謀の地に飛び込む決断はできない。オレには、最優先で守るべきものがあるんだから。カロンを目前にして、その意思は強くなった。
「「…………」」
お互いに一歩も譲らず、オレたちは無言で見つめ合う。
そういえば、こうして兄妹で対立するのは初めての経験だ。カロンが周囲から影響を受けて成長しているという証左なんだろうけど、状況が状況だけに素直に喜べなかった。もっと別のことで成長を実感したかったよ。
沈黙の末、ふとカロンが呟く。
「お兄さまは、以前に仰いましたよね」
「何をだ?」
急な話題の振り方に、オレは怪訝に問い返した。
対し、彼女は落ち着いた様子で続ける。
「私が初めて城の外に出た日の帰り道。はしゃぎすぎて疲れ果ててしまった私は、恥ずかしながら、お兄さまに背負っていただいて帰参しました」
「そんなこともあったな」
よく覚えていたなと感心しながらも、記憶を想起する。確かに、彼女の言った出来事は存在した。
だが、それが今までの話と、どうやって繋がるのか。
オレは疑問が深まるばかりだったが、カロンは構わずに言葉を紡ぐ。
「あの時の私は、申しわけない気持ちでいっぱいでした。私が至らないばかりに、尊敬するお兄さまのお手をわずらわせてしまったのですから。申しわけなくて、申しわけなくて。何度もお詫び申したと思います」
「そうだな。だけど、オレは――」
「――そう。お兄さまは仰いました。『仲の良い兄妹は支え合うもの』だと」
「……」
オレは息を詰まらせる。
彼女が何を示したいのか理解してしまったために、言葉が続かなかった。
次に出てくるセリフは察しがつく。それを言われてしまえば、オレは決断を翻すしかなくなる。
だが、それを止める術も、気力も、オレの中には存在しなかった。
カロンは想像通りの言葉を吐いた。
「私とお兄さまとオルカ。私たち三人は、『仲の良い兄妹』ではないのでしょうか? もし、その通りであれば、悩み苦しんでいる彼を、私とお兄さまで支えるべきではないでしょうか」
「……カロンの言う通りだ」
反論はない。できるわけがない。それを行えば、オレはカロンへ嘘を吐いたことになる。カロンは今後、オレを頼ろうとしなくなる。結果、彼女が死ぬ可能性が生まれてくる。それだけは絶対に避けたい結末だった。
それに、思い出したんだ。昔、オレはオルカへ『三人だけの兄弟なんだから、オレたちはオルカの味方だ』と発言したことがある。
当時は、オルカとの仲を改善したい一心ではあったが、そこに偽りはなかった。本心より彼の味方であると語った。
であるなら、今のオレの決断は、どうしようもない裏切り行為に違いない。
まさに、カロンの言葉が正しい。仲の良い兄弟同士、お互いに支え合って当然だ。
実利とか敵を増やすとか、そういう問題への対処は後で考えれば良い。今はただ、もっとも義弟のタメになる決断を下すべきだったんだ。
オレは一つ深呼吸してから、カロンへ頬笑みかける。
「まさか、カロンに諭されるとは……。成長したな、兄として誇らしいよ」
「お兄さまの妹なのですから当然です!」
えっへんと胸を張るカロンは、大変愛らしかった。
本当に、カロンは素晴らしい人間へと成長している。貴族としては落第なんだろうが、人として大事なものをしっかり理解していた。
自らの不利益を厭わずに他者の幸せ願う姿は、まさしく聖女のように映る。
我が愛しの妹をこれでもかと褒めながら、オレは出入り口前に控えているメイドを呼び出す。
「重役たちを集めろ。これよりビャクダイ男爵および、その家族の救出作戦会議を行う。事態は一刻を争う。急いで集めるんだ」
「は、はい!」
面を食らった表情をするメイドだったが、領城勤務だけあって優秀だった模様。すぐさま部屋から退室していった。
「これから忙しくなるぞ」
「オルカのためです。頑張りましょう!」
オレの軽口に、カロンは気合十分だと答える。
両こぶしを掲げるその姿は、天使のように可愛かった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




