Chapter1-4 冒険者(3)
冒険者としての活動を始めて一週間、シオンの監修の元で幾度と依頼を受けていった。相変わらずドジを発揮する彼女だったけど、教えてくれる冒険者の心得や知識はタメになるものが多かった。必ずや、オレの今後を支えてくれるだろう。
そして、オレの冒険者ランクがEに昇格した。
レベルにしては遅かったと考える人もいるだろうが、誰でも一週間はランクアップできないんだ。冒険者を始めて一週間は試用期間みたいなもので、向き不向きを確かめる段階に当たる。そも、Fはその試用期間のために設けられたランクだ。
そういうわけで、オレはようやく、本当の意味で冒険者になった。これからはシオンの付き添いなしで依頼を受ける運びとなる。
「ゼクスさま、準備は万端でしょうか? チリ紙やハンカチは持ちました? 冒険者カードは、紛失しないように内ポケットにしまっていますか? 嗚呼、武器の手入れは行き届いているでしょうか? 肝心な時に得物が壊れては、あなた様の命に関わります」
一人で冒険者ギルドへ向かう直前。領城の入り口前で、シオンが念入りに準備確認を行っていた。それはもう、念入りに。かれこれ、三十分は確認し続けている。
何ていうか……子どもを初めてのお遣いに送り出す、母親みたいな反応だな。心配なのは分かるが、いくら何でもしつこすぎる。
オレはおざなりに手を振る。
「分かった、分かった。ちゃんと準備はできてるから、そろそろギルドに行かせてくれ」
「本当に大丈夫でしょうか? 何か見落としはございませんか? 一つのミスが大きな問題に発展することだってございますし……」
「そんなものないから。シオンがこれでもかってくらい確認してくれたお陰で、不備は一切ないよ。本当に、もう出発させてくれ」
送り出してくれる気配が微塵もないシオンに、オレは呆れ果ててしまう。
彼女を放って出立してしまえば良いんだが、そうすると同行しそうな気がするんだよ。満足させるまで付き合うしかない。
ハァと溜息を吐き、「あと一時間はかかりそうだ」なんて呆然と考えていると、不意に領城が少し騒がしくなった。ほんの些細な変化だが、確かに慌てた気配を感じる。
それはシオンも感じ取ったようで、準備確認を止め、城の方へ振り返った。
「何があった?」
「私は存じ上げません。確認して参りますね」
そう言って、彼女は城の中へと戻っていこうとする。
だが、彼女が門を潜る前に、騒動の原因がオレたちの目の前に現れた。
「お兄さま!」
「ゼクス兄!」
それは果たして、我が最愛の妹カロンと、親愛なる義弟オルカの二人だった。よほど急いで駆けつけたのか、二人とも肩で息をしている。
――で、息を切らしている理由は、彼らの背後にあった。
「「「「お嬢さま、お待ちください!」」」」
「「「「お待ちください、坊ちゃま!」」」」
カロンたちが到着して数秒後。二人同様に息を切らした使用人たちが、領城より出てきた。顔には見覚えがある。カロンやオルカの身の回りの世話を任せた者たちだ。
……何となく、状況の察しがついてきた。
オレは微かに頭痛の気配を感じつつ、カロンとオルカへ問いかける。
「そんなに急いで、どうしたんだ?」
すると、オレのそんな質問が気に食わなかったようで、カロンたちはクワッと目を見開いた。
「どうしたもこうしたもありませんよ、お兄さま!」
「そうだよ、ゼクス兄。いくら何でも酷いよ!」
地団太を踏まんばかりに詰め寄ってくる二人。あまりの勢いに、思わず後退りしてしまう。
オレは両手をドウドウと振りながら、再度問い直した。
「落ち着けって。いきなり言われたって何も分からないよ。後ろの世話係から逃げてきたのは察しがついたけど、その意図が分からないんだ。順序良く説明してほしい」
本当は大体の理解が及んでいるが、あえて一から答えるよう促した。それは、予想が外れてほしいという願望が多分に含まれている。
しかし、現実は無情だった。
「お兄さまが外で魔獣を狩っていらっしゃると耳にしました」
「冒険者なんて楽しそうなこと、一人でやってるなんてズルいよ。ボクたちも一緒にやりたい!」
幾分か冷静になった彼らが口にしたのは、懸念していた問題の発露だった。
実は、オレが冒険者を始めたことは、カロンとオルカには内密にしていた。理由は、目前の状況が物語っている。
オレとしては、二人に冒険者をしてほしくなかった。
カロンたちはオレと一緒に訓練しているだけあって、年齢にそぐわない実力を有している。カロンは言わずもがな、半年前より訓練を始めたオルカも十分に強い。
でも、あくまで『同年代と比較したら』なんだよ。無茶を重ねているオレと違って、二人は安全重視して鍛えている。だから、おおよそ下位の騎士に勝てるほどの実力しかない。ゲームで例えるなら、序盤くらいの中ボスと同格か。
たぶん、今のまま冒険者をやっても、それなりに良い成績を残せるだろうが、所詮はそれなり止まり。思わぬ強敵に対面して手酷くやられてしまう機会が、きっと巡ってくる。
失敗経験はそのうち必要だけど、それを冒険者なんて危険な職業で得る必要はない。今は地道に自己鍛錬を行い、着実に実力を伸ばしてほしかった。
オレが冒険者になったと知られれば、こういう状況に至ることは想定できていた。ゆえに、一部の部下にしか伝えていなかったんだが、誰かがうっかり漏らしてしまった模様。
こうなっては、翻意を促すのは難しい。貴族教育のたまものか、大人びた面を擁しているカロンたちだけど、実際は六、七歳の子どもにすぎない。どうしても好奇心が勝る時はある。
まぁ、普通の子どもは「冒険者をやりたい」なんて言い出さないんだけど、二人は年不相応の武力を持っているので、通常の枠には収まらないところ。
オレは諦観混じりに言う。
「冒険者は危険な仕事なんだよ」
「その危ないお仕事を、お兄さまは請け負っているではありませんか。私たちが協力すれば、お兄さまのご負担が減ります!」
「カロンたちよりもオレは強いから大丈夫。二人にはもっと鍛錬をしてもらいたいな。実戦はまだ早いと思うんだ」
「戦いに絶対はないよ。ボクたちはゼクス兄が心配なんだ! 確かに、実戦は早い気もするけど、その空気に触れておくのも大事じゃない?」
懸念事項を挙げると、カロンとオルカは次々に反論を述べる。ただのワガママではなく、妙に得心のいく内容だから困りものだった。
言葉を重ねていけば、次第に反論を封じられるだろうが、二人の中に不満が残るのは間違いない。
下手に実力がある分、勝手に動かれる可能性もあるし、ここは妥協した方が賢明かもしれない。今ならランクEのため、そこまで危険性の高い依頼はないはずだから。
「ゼクスさま、ここはお引きになった方が宜しいかと」
「……それがベターか」
傍で成り行きを見守っていたシオンも同じ結論に至ったようで、そう進言してきた。
彼女も同意見となると、もう他に選択肢はなさそうだ。大人しく諦めよう。
オレは盛大に溜息を溢し、期待した目で待っている二人へ告げる。
「いいだろう、同行を認める。ただ、オレが許した時だけだ。ダメと言った場合はついてこないでくれよ?」
「ありがとうございます、お兄さま!」
「そうこなくっちゃ!」
せめての条件はつけさせてもらう。難度の高い依頼で、カロンたちを守り切れる自信はないのだから。
「やりましたね、オルカ!」
「良かったね、カロンちゃん!」
オレの言葉を聞き、こちらとは対照的に大喜びするカロンとオルカ。二人でハイタッチまで交わしており、実の兄妹のような気安さがあった。
……本当に仲良くなったな。それ自体は嬉しいんだけど、今のタイミングだと素直に喜べなくて複雑な気分だ。
こうして、オレの初めての単独依頼はご破算となり、同行者二人がついてくる運びとなった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




