Chapter5-4 鍛錬ときどき追跡(1)
ブックマークが3000件を超えました。ありがとうございます!
魔駒のトップクラブに試合を申し込んだ翌日。タイミングが良いのやら悪いのやら、学園は休みだった。
楽しみにしていたカロンたちには悪いけど、今日は自己鍛錬以上の何かをするつもりはない。期限が迫っているのは理解しているが、約一ヶ月半しか残っていない現状、一日程度休んでも何の影響も及ぼさない。まぁ、日々研鑽を積んでいるトップクラブなら違うんだろうが、オレたちは違うわけだし。
ということで、オレはカロンたちに自由にして良いと言い渡した後、シオンを伴って王都を離れていた。
あらかじめ言っておくとデートではない、仕事だ。
週の頭くらいに、違法薬物の売買で逮捕した商人を覚えているだろうか。捕縛したのはフォラナーダの暗部だが、身柄自体は王都の警備隊に引き渡していた。王都の取り締まりは、本来ならアチラの領分だからな。
しかし、アリアノート第一王女に指摘されたゆえに、状況は変わった。あの智謀の持ち主が『キナ臭い』と言うんだ。サラリと無視なんてできない。
よって、ウィームレイに許可を取って、例の商人――ゲッシュをこちらで尋問しようと試みた。
――が、それは叶わなかった。許可が下りなかったわけではない。ゲッシュは、看守の隙を突いて自ら命を絶っていたんだ。死人に口なしである。
一応、死体を検査させてもらったが、これといって情報は得られなかった。
結果、足りない人員を割いて、ゲッシュの素性を一から探る羽目になった。しかも、王都入りの際に同行者がいなかったせいで、なおさら情報収集は手間取った模様。
それでも、五日で身元を割り出せたのは、優秀な部下たちのお陰だ。何か、特別報酬を考えておこう。
ここで話は戻る。オレとシオンが王都を離れて訪れたのは、ゲッシュが暮らしていたという街だった。
人手が不足していること、たまたまオレの手が空いていたこと、オレもこの事件に興味があったこと。それらの要素が重なったため、こうして自ら調査に乗り出たわけである。
聖王国南部の伯爵領、その端にある小さな町だった。田舎というほど牧歌的ではないけど、のどかな空気が流れる落ち着いた場所だ。
「まずはゲッシュの家を探しますか」
「承知いたしました」
オレはシオンに声を掛け、目的地の探索を行う。ゲッシュの情報は、この街を拠点にしていた程度しか得られていないんだ。
ちなみに、今回は暗部の仕事のため、両者ともに【偽装】を施している。大衆に埋もれてしまいそうな地味な容姿に変貌しているので、町民が注目する心配はいらない。疑われれば、見た目を変えれば良い。
聞き込みの末に到着したのはボロボロの安宿だった。とても商いを生業とする者が住む家とは思えない。その日暮らしの底辺冒険者が借りるような場所だった。
「商人の肩書も嘘だったとはなぁ」
「所持していた商売許可書は偽造だったようですね」
オレの溜息混じりのセリフに、シオンが応じる。
聞き込みの過程で、ゲッシュが最低ランクの冒険者であると明らかになった。薬草採取等の低い報酬の依頼で食いつなぐ、真の意味での落ちこぼれ。商人とは対極の存在だ。
そんな彼が、容易には偽造できない領主発行の許可書を持ち、身元を怪しまれない程度の衣類を身につけていた。どう考えても不自然すぎる状況だった。
アリアノートの考えに賛同するのは気分的に嫌だが、この案件は相当キナ臭い。本腰を入れて調べた方が良いだろう。
「行くぞ」
「はい」
セキュリティの甘い安宿へ忍び込むのは容易い。手早く宿帳を確認し、他人の耳目に触れることなく、彼の生活していた部屋に足を踏み入れた。
まだ五日しか経過していないからか、宿の仕事が雑だからなのか。原因は判然としないけど、ゲッシュの荷物は片づけられていなかった。数は少ないものの、彼の私物が雑然と置かれている。
オレたちは手分けして捜索を開始した。何か、裏に繋がる手掛かりがあれば良いんだが……。
出てくるのはボロボロの衣類やゴミの数々。生活困窮者だったのは事実らしい。調べるほどに、商人を名乗れる素性ではないことが判明していく。
とはいえ、ヒントになりそうな情報源の発掘はできていない。オレの方は梨のツブテだった。
一方のシオンは、
「ゼクスさま、こちらを」
何やら発見したようで、手のひらサイズの丸い何かを見せてくる。
「紙のメダル?」
幼い子供が戯れに作るだろうメダルだった。破棄寸前の本を利用したものらしく、元の書籍の文章が透けて見える。加えて、かなり昔に作られたものみたいで、所々が破けていた。
何の変哲もない代物だけど、存在する場所が不自然だった。子持ちの家や孤児院ならともかく、貧困冒険者の借り宿に何故?
「裏に記載があります」
そう言って、彼女はメダルをひっくり返す。
そこには、つたない文字で大きく『フェアーリール孤児院 ゲッシュ』と書かれていた。
どうやらゲッシュは孤児院の出身で、当時の自分が作ったモノを後生大事に持っていた模様。
このメダルに直接の意味はなさそうだけど、ゲッシュの足跡を辿る良いヒントにはなりそうだった。
「この街に、孤児院はあったか?」
「いいえ。小さな街ですので」
「ってことは、また探さないといけないのか」
ハァと一つ息を吐く。
実際に労働するのは部下たちだが、彼らに負担をかけすぎるのは避けたかった。まぁ、状況的に諦めるしかないけどさ。
オレは片手をシオンへ差し出す。
それを見て、彼女は首を傾いだ。
「ゼクスさま、そのお手は?」
「メダルはオレが預かるよ。シオンが持ってると、うっかり破りそうだし」
ふとした拍子にドジを踏むシオンのことだ。唯一の手掛かりを持たせておくのは、正直不安が残る。
すると、彼女は不服そうに頬を膨らませた。
「さすがの私でも、証拠品を欠損させる失態は犯しませんよ……たぶん」
だが、発言の途中で自信がなくなってきたのか、最後に頼りない一言を追加した。
うん、自覚があるようで何よりだよ。だから、渡したまえ。
オレがニコニコと手を差し伸べたままでいると、シオンは複雑な表情のままメダルをこちらへ手渡した。
その刹那――
「あっ」
「おっと」
案の定と言うべきか。床に散乱したゲッシュの私物に、シオンは足を取られてしまう。
目前で盛大に傾く彼女の体を、オレはとっさに支えた。お陰で、転倒は回避することが叶った。多少の物音が鳴った程度で済む。
オレは安堵の息を吐く。
「言わんこっちゃない。ヒヤヒヤさせないでくれ」
「も、申しわけございません」
対するシオンは、顔を真っ赤に染めていた。指摘された傍からドジを発動してしまったのもそうだが、今の彼女はオレの胸元に抱きかかえられている状態。男女の触れ合いに免疫のないシオンなら照れて当然である。
もう良い歳なんだから、いい加減慣れてほしいと思わなくもないけど……これがシオンの味みたいなところもあるし、悩ましい問題だな。
まぁ、おいおい克服してもらうとしよう。この程度で真っ赤になっているようでは、将来に迎えるだろう色々が実行できない。
オレはシオンの淡い青紫の頭を撫でた後、彼女の体を離す。名残惜しそうな表情をしても、今は仕事中なのでダメです。
「撤収しよう」
「宜しいのですか?」
「嗚呼。これ以上は得るモノもなさそうだ」
この部屋で細かい情報収集をするよりも、ゲッシュの故郷である『フェアーリール孤児院』とやらを訪ねた方が有意義だと思う。二人で捜索したのに、ほとんどガラクタばかりだったからな。一旦調査を切り上げ、孤児院の所在を調べてから再開がベストだろう。
オレは未だ頬の赤いシオンを引きつれ、王都へと帰還するのだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




