Chapter3-5 始動(2)
カロンの九令式は、グレイが終始不機嫌という部分にさえ目をつむれば、つつがなく進行した。以前に体験した公爵家のパーティーには及ばないかもしれないが、フォラナーダに可能な精いっぱいの持てなしは出来たと思う。
もっとも反響を呼んだのは、やはりカロンとグレイの婚約発表時か。王族と『陽光の聖女』の縁談への注目度は相当高く、発表後に二人へ殺到する貴族は多かった。無論、オレの部下たちが冷静に捌いたとも。
現在は、式終盤の歓談タイム。呼び寄せた一流の音楽団の演奏をBGMに、各々自由に談笑を楽しんでいる。立食形式だから食事に集中している者も一部いるけど、そちらは少数派だな。
パートナーが公爵令嬢のミネルヴァゆえに、オレたちの元へ訪ねてくる貴族もいた。というより、大半が彼女目当てだった。色なしに興味を持つ輩なんて普通はいない。
まぁ、カロンとオレの仲が良いことは有名なので、邪険にされることはない。あからさまに礼を失した態度を取られなければ良しとする。
ただ、そんなオレの対応を、ミネルヴァはあまり気に入らなかった模様。遠回しに嫌味を言う輩に対して笑顔で受け流していたら、ちょこちょこ陰で脇腹を突かれた。その後、相手へ嫌味を言い返していたところから察するに、オレの代わりに怒ってくれていたらしい。ええ子や。
貴族らの対応に一段落ついた辺りで、ミネルヴァは小言を溢す。
「あの程度の連中をまともに相手したくない気持ちも分かるけど、言い返せる時にはキチンと言い返しなさい。いざという場面でナメられるわよ。あなたは次期当主なんだから、そういうサジ加減はしっかり覚えておきなさい」
へぇ、結構ちゃんと考えているんだな。公爵家のご令嬢なだけはある。
オレとしては適当に聞き流していれば問題ないと踏んでいたけど、確かに彼女の言い分は一理あった。面と向かって敵対するのは愚行に違いないが、相手のイチャモンを許すのもまた障害になるか。
内心で感心しつつ、オレは礼を言う。
「ありがとうございます。心配してくれたんですね」
「べ、別にあなたのためじゃないわ。私はあなたの家に嫁ぐんですもの。嫁ぎ先の評判が落ちるのが許せないだけ。ええ、これは私のための指摘よ!」
ストレートな謝意が照れくさかったようで、プイっと顔を逸らすミネルヴァ。見事なツンデレムーブだ。
前々から感じていたけど、公爵令嬢という立場にしては、彼女は賛美や謝辞といったポジティブな言葉に慣れていない。
……あー、いや、違う。その立場だからこそ、か。周囲の言葉は全部おべっかに聞こえるのかもしれない。
となると、オレの言葉は純粋に受け止めてくれているみたいだ。どうしてなのかは判然としないけど、それはとても嬉しいことだと思う。
「……なによ」
「いえ、何でもありません」
ニコニコ笑っていると、ミネルヴァは唇を尖らせて問うてきた。
何だかんだ言ってオレを信用してくれていて嬉しい。そんなこと言ったら、この少女は十中八九怒るだろう。見えている地雷を踏む趣味はなかった。
このような感じで九令式を過ごしていると、不意に【念話】が届いた。シオンよりフォラナーダ陣営すべてへ向けた連絡だった。
『これよりお化粧直しのため、カロラインさまは会場外へ離脱します。各自、持ち場の再確認を。また、会場外の騎士は警備の強化をよろしくお願いいたします』
カロンは一旦休憩を挟むらしい。スケジュール通りだな。
カロンとシオンが会場を後にする様子は、探知術にて捉えている。出入り口には同行する手はずの護衛の騎士も控えており、この布陣なら問題なく対処できるはずだ。
ところが、カロンとは別の場所で、不穏な動きが見られた。探知術を会場全域に広げていたからこそ、それは判明した。
『第二王子が会場外へ移動を始めました』
監視役の一人より、オレが確認したことと同様の報告がなされる。
オレを含むフォラナーダ陣営全員に緊張が走った。
カロンが外へ出たタイミングでの移動。はたして、どのような意図による行動なのか。
今まで、グレイがカロンに直接手を出した試しはない。ゆえに、これが偶然の出来事だと片づけられる確率は存在した。
一方、そうはならない――何かを仕出かす可能性も大いにあり得た。グレイのカロンに対する態度を考慮すると、穏便に事は運ばない予感を覚えさせるんだ。
『オルカ』
念を入れて、義弟のアシストを乞う。兄妹であれば、彼女の傍につく理由としては十分だった。
しかし、オレの計画は不発に終わる。
『ごめんなさい。他の貴族たちに囲まれてて、すぐに動けそうにない』
なんだって?
声が漏れそうになるのを、何とか堪える。
カロンの方に集中していて気がつかなかったが、確かにオルカは十数の貴族らに囲まれていた。しかも、どれも王宮派の連中。
あまりにも露骨すぎる。断言するには証拠不足だけど、仕組まれたモノであると考えるには十分だった。
オルカの実力なら、無理やり突破することも容易いだろうが……。
あらゆる想定を思い浮かべ、オレは努めて冷静に判断を下す。
『警備部隊は至急カロンの元へ。オルカは相手にケガを負わせないよう、人混みから抜け出すんだ。小柄なキミならできる』
カロンは囮で、フォラナーダへの攻撃材料作りが目的の可能性は否めなかった。であれば、手荒なマネは避けた方が良い。オルカの助力は遅れてしまうけど、こればかりは仕方がなかった。
「ミネルヴァさん。少し席を外すよ」
「えっ、ちょっと!」
オレも動き出す。ミネルヴァには悪いが、今はカロンの方が優先だ。
前述した理由から、人混みの中を全力で走り抜けるわけにもいかない。上手く体を捌けば抵抗なく移動はできるが、通常よりも移動速度が落ちてしまう。
もどかしい気分のまま先を急ぐ中、ついにカロンとグレイが接触してしまった。やはり、彼の目的はカロンだったんだ。
幸い、周囲に部下たちは展開し終わっているので、最悪の事態には陥らないとは思う。
ただ、気になることが一点。グレイは一人だった。付き人を誰も従えず、何をする気なんだろうか。
移動しながら、そんなことを考えていた次の瞬間、オレは目を瞠る。
同時に、会場内に大音声が響き渡った。広い部屋全体を揺らすほどの爆発音。貴族たちは動揺をあらわにする。
しかし、この場でもっとも混乱していたのはオレに違いなかった。何故なら、この爆発の元凶はグレイであり、それを食らったのがカロンたちだったため。
たった今、グレイがカロンたちへ火魔法を放ったんだ。それも、かなり強力な一撃を。
オレの脳裏には、かつてのカーティスの一件がよみがえっていた。泣きわめくカロンと瀕死のシオンの姿が思い浮かぶ。
魔法を使いたい衝動に駆られる。だが、なけなしの理性によって堪えた。
爆発の直前、傍には優秀な部下たちが控えていた。であれば、彼らがしっかり対処してくれているはず。現状、オレが周囲へ魔法を公開してしまうことの方が問題だ。
精神魔法の【平静】も併用して、何とか湧き上がる感情を抑え込んだ。
とはいえ、駆け出す足は止めない。群れをなす貴族たちを掻き分け、一秒でも早くカロンたちの元へ急いだ。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




